猛暑の中で行われる夏の甲子園。熱中症対策が甘いと筆者は指摘します(写真:danny/PIXTA)

気象庁が7月の平均気温が26.22℃だったと発表した。過去最高だった昨年(25.96℃)を上回り、2年連続で記録を更新した。

午前と夕方に分ける2部制を導入

8月7日、全国高校野球選手権大会が始まった。

高校球児に対する熱中症対策は喫緊の課題だ。主催者である日本高校野球連盟などは、3日間限定ではあるが、試合を午前と夕方に分けて行う2部制を導入するなど、対応に余念がない。

筆者はこのような議論を聞いていて、医学的に重要な視点が欠けていると感じる。それは“熱曝露による疲労の蓄積”を考慮していないことだ。

このことを考えるうえで示唆に富むケースがある。それは、2007年の夏の甲子園に出場した報徳学園のエース近田怜王投手の経験だ。

近田氏はその後、ソフトバンクホークスに入団し、現在は京都大学野球部の監督を務める。ホークスファンならずともご存じの方も多いだろう。

6月21日、朝日新聞が「熱中症で降板した甲子園 『申告できる人に』京大監督の教訓と指導」という記事で紹介しているので、ご興味がある方はお読みいただきたい。

この年、近田投手の前評判は高く、報徳学園は優勝候補の一角に挙げられていた。ところが青森山田高校に敗れ、1回戦で姿を消した。敗因は近田投手の不調だ。

近田投手は4回頃から足がつりはじめ、7回には両足のけいれんが止まらなくなり、立っていることもできなくなった。結果、青森山田高校打線に打ち込まれ、途中降板となった。最終的に5―0で敗れている。

敗戦から3日後、体調は十分に回復していなかったが、近田投手はトレーニングを再開した。午後のランニングを始めたところ、意識がもうろうとしはじめ、やがて意識を失った。

周囲の人の助けにより、救急車で最寄りの病院に搬送された。医師の診断は重度の熱中症で、そのまま集中治療室に入院となった。

致死率10〜50%のヒートショック

この状態は医学的には「ヒートショック」と呼ばれ、致死率は10〜50%程度とされている。筆者もこうした患者を何人か担当したことがあるが、全員亡くなった。

並外れた体力があった近田氏は、幸いにも一命を取りとめたが、ヒートショックによる筋肉をはじめとしたさまざまな臓器への障害は、その後の近田氏のキャリアに負の影響を与えたはずだ。

朝日新聞の記事によれば、近田氏の体調不良は青森山田高校との試合から始まったものではないらしい。7月の兵庫県予選が終わったあとに微熱が続き、倦怠感を自覚していたという。

ところが、「チームが勝つために、自分が投げなければいけない」と考え、監督にも報告せず試合に出続けたらしい。これが重度の熱中症へとつながった。熱疲労蓄積の典型例である。

医学界ではこのことは古くから指摘されている。

1996年にアメリカのハワード大学の研究者が発表した、新兵訓練期間の海兵隊員を対象とした研究が有名だ。彼らは熱中症と診断された1454件のケースで、熱疲労の蓄積の影響を評価した。

具体的には、“Wet Bulb Globe Temperature Index (WBGTI) ”という指標で75〜80の環境に暴露されたケースと、熱曝露がなかったケースの熱中症の発症リスクを比較した(念のために記すが、アメリカのWBGTIは日本の「暑さ指数」とはまったく別物だ)。

研究結果は驚くべきもので、前日にWBGTIで75〜80の熱曝露があった場合、コントロール群と比較して、熱中症の発症リスク(頻度)が約40倍増加したという。

WBGTI とは気温や湿度、日射など熱環境など、いくつかの指標を考慮して決められる。気温32℃、湿度42%などいくつかの基準を満たせば、WBGTIは80を超える。夏の甲子園はまさにこのような環境だ。

炎天下で連戦すれば、熱中症患者が続出してもおかしくない。近田投手の例は、おそらく氷山の一角なのだろう。

熱疲労の蓄積のメカニズムとは?

余談だが、最近の研究で、熱疲労の蓄積のメカニズムについても多くのことがわかってきた。

主要なメカニズムは炎症の連鎖反応だ。炎天下でハードトレーニングをしたあと一晩休息するぐらいでは、体内に炎症反応は残っている。翌日に同じような活動をすれば、炎症反応は一気に拡大し、重症化のリスクが高まる、というわけだ。

その際、筋肉の収縮を制御するのに重要な役割を果たす遺伝子(RYR1遺伝子)や、人体の熱制御に関わるヒートショックタンパク質を作る遺伝子などの多型(個人差)や異常が、熱疲労に関係しているようだ。

つまり、熱中症の発症のリスクには、個人差があるというわけだ。将来的には、ハイリスクの人は炎天下の屋外で行う競技を避けるように指導するなど、個別対応ができようになるだろう。ただ、それにはもう少し時間がかかりそうだ。

話を戻そう。

現在よりずっと気温が低かった1990年代に海兵隊を対象として、熱中症対策の研究が発表されているのは、彼らのトレーニングが熱中症のリスクが高いと判断されていたからだろう。

海兵隊の新兵訓練は「ブートキャンプ」として、日本でも広く知られている過酷なトレーニングだ。そのなかには、炎天下でのランニングや長距離の行進も含まれる。

軍隊との関係が密接なことで知られるハワード大学の研究者が、ブートキャンプでの熱中症対策に興味を抱いたのももっともなことだ。

ちなみに、熱中症対策の観点からは「ブートキャンプ」以外に2つの競技が注目を集めていた。アメリカン・フットボールと長距離走だ。

オクラハマ大学のランディー・アイシュナー医師は「1995年以降、毎年3人のフットボール選手が熱中症で亡くなっている」と言う。長距離走が危険なのはいうまでもないだろう。 2001年のシカゴマラソンでは、マラソンに初挑戦した若い男性が26マイル地点で熱中症で倒れ、亡くなった。

1984年のロサンゼルス五輪でマラソン競技に出場したスイスのガブリエラ・アンデルセン選手のエピソードは、あまりにも有名だ。

意識がもうろうとして、真っ直ぐに走れない状態でゴールした姿が世界に映し出された。このときアンデルセン選手は、「最後の給水スポットでは水を飲めませんでした。(中略)確実にそのことが最後の数マイルに影響を及ぼしました」とコメントしている。

確かに、当時の五輪ではマラソンの給水所は4カ所しかなかったが(今は改善されている)、問題は脱水だけではないだろう。

前述したハワード大学の研究などが示すように、熱疲労の蓄積が大きな影響を与えた可能性が否定できない。ところが、筆者が探した範囲で、この点に言及した記録はない。当時は、五輪選手に対してですらこうだった。

「熱疲労の蓄積」どんな対策が必要か

熱疲労の蓄積という概念は、夏の高校野球の安全性を高めるうえで重要だ。猛暑のなか炎天下で連戦を経験するため、熱中症のリスクが高まるからだ。

だが、選手も指導者も無理をしてでも試合に出たがる(出したがる)。それは高校球児や指導者にとって、甲子園は人生の晴れ舞台だからだ。

近田投手のケースのように県予選からの疲労が蓄積していても、「少しふらふらしたが、宿舎で休んだら元気になった」と、試合に出場しようとする球児もいるだろう。「少しふらふらする」程度では、周囲も試合への参加を止めることはできない。

現時点で何ができるだろうか。

夏の甲子園のような炎天下で競技を行う場合、軽症の熱中症でも医師の診察を受けるようにすることだ。アメリカ家庭医学会(AAFP)は、「軽度の熱中症でも、24〜48時間は暑さにさらしてはいけない」と言及している。

彼らの意見を尊重すれば、少しでも熱中症の症状がある球児は、少なくとも翌日の試合への出場は制限すべきということになる。近年の猛暑を考えれば、筆者もこの考え方に賛成だ。

では、どうやって出場を制限するかだ。選手と監督に判断させるのは酷だろう。主催者が医師の力を借りて制度化すべきだ。このような議論はまだなされていないが、球児の命を守るため、最新の医学研究を踏まえた合理的な議論が必要である。

(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)