ドナルド・トランプは、ある有名なホラー映画の主人公と酷似しています。その人物は誰でしょうか(写真:ロイター/アフロ)

南北戦争以来の「内戦」は起こるのか。ウクライナは見放されるのか。日米安保は破棄されるのか。

アメリカ・ウォッチャーの第一人者である会田弘継氏が、共和党全国大会を直前に迎えた今、『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』を上梓した。アメリカ政治に起きている地殻変動とは何か。

作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開している評論家・作家の佐藤健志氏が読み解く。

自国の正当性を否定した「救世主」

ドナルド・トランプはどうして政治生命を保っているのか?

これは真面目な検討に値するテーマです。

粗野で攻撃的、ついでにしばしば差別的。

2016年の大統領選挙で、共和党候補となるべく動き始めたころから、トランプの主張にはこのような特徴が見られました。


普通なら、まともに相手にされないまま終わりそうなところ。

実際、予備選挙が始まった時点では泡沫扱いされていたのです。

けれども結果はご存じの通り。

トランプは候補指名を勝ち取ったばかりか、ヒラリー・クリントンを破ってホワイトハウス入りを果たします。

しかも、話はここで終わらない。

2020年の大統領選挙でジョー・バイデンに敗れた後、トランプは不正があったとして結果を受け入れず、権力の座にしがみつこうとしました。

2021年1月6日、支持者が連邦議会議事堂を襲撃した際も、暴力行為にこそ反対してみせたものの、「君たち(注:襲撃に加わった人々)はとても特別な存在だ。愛している」と呼びかけ、「この日は永遠に記憶されるべし!」と言い切ったのです。

大統領は合衆国の元首。

そして元首たるもの、自国の正当性を擁護する責務を負っている。

ところがトランプは退陣を迫られるや、アメリカの政治制度の正当性を否定、反乱をあおったと受け取られても仕方のない振る舞いを見せた。

いよいよ再起不能となって当たり前でしょう。 

駄目押しというべきか、2024年5月には刑事裁判で有罪の評決まで受けました。

ところがどっこい。

トランプは消え去るどころか、2024年7月の共和党大会でも、大統領候補の指名を楽勝で獲得。

その直前、選挙集会において発生した暗殺未遂事件を、右耳の負傷だけで切り抜けたこともあって、今や支持者の間では「神の加護を受けた救世主」のごとく崇める風潮すら目立つと伝えられます。

なぜ、トランプはかくも支持されるのか?

この点を解明しようとするのが、会田弘継氏の新著『それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史』です。

会田氏の議論は多岐にわたるものの、要点はいたって単純。

トランプはアメリカの正当性を否定する「にもかかわらず」支持されるのではなく、正当性を否定する「からこそ」支持されるのです!

見捨てられた人々の逆襲

どうして、そういうことが起きるのか。

この理由も明快です。

自国のあり方に絶望したあげく、正当性を見いだせなくなったアメリカ人が増えたため。

背景にあるのは、新自由主義型グローバリズムを長らく推し進めたことによる格差の恐るべき拡大です。

これにより自由民主主義の基盤となってきた中間層が崩壊、大勢の人々が貧困に追いやられました。

とくに追い詰められたのが、白人の労働者階級。

音楽評論家デイヴ・マーシュの表現にならえば、「際立った人種的特徴や文化的特徴を持たない、どこにでもいる無名のアメリカ人」です。

社会の主流派と見なされつつも、彼らはずっと、豊かで華やかな「アメリカ的生活」から締め出されてきました。

マーシュいわく、「ロマンティックに美化され、民主主義の屋台骨と讃えられるが、自己主張の機会などほとんど与えられたためしがない」。

裏を返せば、何かのきっかけで激しく爆発する可能性をはらんでいます。

すでに1970年代、これらの人々は「ミドル・アメリカン・ラディカルズ」(急進的な不満を抱えた中間層)と位置づけられていました。

それが困窮したうえ、格差の固定化が進んだせいで「いつかはこの状態を抜け出せる」という希望までなくしてしまう。

近年の白人労働者階級では、自殺や薬物中毒、過度の飲酒による肝疾患など、自暴自棄になったとしか思えない死に方をする者が増えており、「絶望死」という呼称まで生まれています。

しかるにトランプは2014年、こう語っているのですよ。

「アメリカの問題を解決する方法がわかるか? 経済が崩壊し、地獄さながらになって、すべてがメチャクチャになればいいんだ。そうすれば暴動が起きる。こうしてわれわれは、国が偉大だった頃の状態に戻るのさ」(英「インディペンデント」紙、2020年6月2日付配信記事)

今の社会の正当性を否定すれば、古き良き時代に戻れる!

生きる気力をなくすほど絶望した貧しい白人に、この言葉がどう響くか。

わが意を得たりと、喝采したくなって当然でしょう。

彼らの生活は、現に崩壊してメチャクチャになっているのです。

会田氏は関連して、重要な指摘をしています。

過去2回の大統領選挙において、トランプが制した地域には、さびれて停滞しているという顕著な特徴が見られたとのこと。

繁栄から取り残され、見捨てられた人々の逆襲こそ、トランプ人気の本質だと評さねばなりません。

われわれはアメリカに打ち勝たねばならない

同時に注目すべきは、アメリカという国のあり方をめぐるタテマエとホンネのギャップも、かつてなく拡大したこと。

これを思想史の立場から考察しているのも、会田氏の本の特色です。

自由と民主主義、個人主義の理念のもと、世界中の人々を受け入れ、万人に平等なチャンスを与える国。

アメリカの一般的なイメージは、このようなものでしょう。

けれども同国は本来、白人のキリスト教国家であり、当初は奴隷制も容認されていた。

20世紀半ばになってなお、多くの州では異人種間の結婚が法で規制されていたのです。

世界の他の地域と関わらない「孤立主義」の伝統もあれば、地域の共同体を重視する傾向も根強く見られた。

男性優位主義も当然、つけ加えねばなりません。

まさにタテマエとホンネ。

アメリカの正当性は、両者のバランスの上に成り立っていたのです。

ところが過去数十年、タテマエがホンネを圧倒してゆく。

理由は例によって単純明快。

新自由主義グローバリズムを推進したうえ、冷戦の勝利を受けて世界の一極支配までめざしたからです。

とはいえこうなると、ホンネの部分をよりどころとする人々、つまり保守的な白人のキリスト教徒は「アメリカの理想に反する偏狭で排他的なヤカラ」という話になってしまう。

進歩的な立場からの文化的規制、いわゆる「ポリコレ」や「キャンセル・カルチャー」にしても、タテマエによってホンネを圧殺する動きにほかなりません。

しかも2045年には、人口構成の変化により、白人は文字通り少数派に転落すると言われます。

われわれは祖国によって滅ぼされようとしている!

庶民、わけても貧困層を中心に、白人がそう思っても不思議はありません。

トランプの大物サポーターとして知られた「オルタナ右翼」の論客、リチャード・スペンサーなど、次のように述べました。

「アメリカの理想には非常に複雑な思いがある。白人は自分たちこそアメリカだと思ってきたが、そうではないことに気づかされた。われわれはアメリカに打ち勝たなければならないんだ」(スティーブン・マーシュ『新たなる内戦 近未来からの緊急警告』、アヴィッド・リーダー・プレス社、アメリカ、2022年、202ページ。拙訳)

アメリカの思想的状況については、中野剛志氏らとの共著『新自由主義と脱成長をもうやめる』でも論じましたので、ぜひ、あわせてご覧ください。

とまれ、トランプが根強く支持されるのには、経済と思想の両面において相応の理由が存在するのです。

トランプはゴジラではなく「ダミアン」だ

『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』の冒頭、会田氏はトランプをゴジラになぞらえました。

何度撃退しても、繰り返し現れるからというわけですが、なぞらえる対象としてより適切なのは、1976年に大ヒットしたホラー映画『オーメン』の主人公ダミアンでしょう。

ダミアンは悪魔の子。

世界を滅ぼす使命を負っており、アメリカのエリート外交官ロバート・ソーンの家庭に入り込む。

しかるに幼少期から、周囲では人々が無残な死を遂げます。

事の真相を知ったロバートは、ダミアンを倒そうとするものの、土壇場で逆に殺されてしまう。

そして映画は、悪魔の子が大統領夫妻に引き取られる(つまりホワイトハウス入りを果たす!)ことを暗示して終わります。

これはトランプの名誉を貶めるものではありません。

世界を滅ぼすから邪悪だというのは、既存の秩序の正当性を擁護しようとする者の発想であり、くだんの正当性を否定する者にとっては、ダミアンこそ賞賛されるべき英雄なのです。

だいたいダミアンの勝利にたいし、観客がどこかで共感しなければ、映画が大ヒットするはずがない。

カナダの評論家ロビン・ウッドのコメントをどうぞ。

「悪魔の子がエリートの世界を着々と滅ぼすさまを、観客はひそかに楽しんでいるのだ。『社会が滅びるのを見たい。本当に滅んだって構うものか』という気持ちが人々になければ、『オーメン』は意味をなさない」(ロビン・ウッド『ハリウッド──ベトナムからレーガンまで』、コロンビア大学出版部、アメリカ、1986年、88ページ。拙訳)

だがお立ち会い。

アメリカの政治コメンテーター、タッカー・カールソンはこう喝破します。

「幸せな国がドナルド・トランプを大統領に選んだりするものか。そんなことをするのは絶望した国だけだ」

トランプはアメリカを滅ぼすからこそ英雄なのです。

国の正当性が破綻をきたし、絶望した人々が大勢いるからこそ支持される。

むろんそれは、アメリカが機能不全の瀬戸際にあることの表れ。

きたる大統領選挙の結果がどうなろうと、この点は変わりません。

そして戦後日本が、アメリカへの従属を一貫して決め込んできたのを思えば、これはわが国も機能不全の瀬戸際にあることを意味するのです。

(佐藤 健志 : 評論家・作家)