「保守派の星」高市早苗氏の苦しい総裁選戦略
高市早苗氏(写真:時事)
かねて「戦わせていただきます」と総裁選出馬を公言してきた高市早苗・経済安保担当相(63)が、ここにきて勢いを失いつつある。前回総裁選で故安倍晋三元首相の支援を受けて善戦した高市氏は、「自民保守派の星」として存在をアピールしてきたが、人脈の偏りなどで支持議員も限られ、20人の推薦人確保も不安視されているからだ。
というのも、高市氏を支える党内人脈は「名うての保守派が中心」(閣僚経験者)で、党内多数派の「保守中道」勢力とは距離が際立つ。もちろん、前回総裁選では安倍氏の全面支援で大健闘したのは事実だが、安倍氏死去後は、今も同派の仕切り役とされる森喜朗元首相が高市氏を毛嫌いしていることもあって、同派の支持獲得は困難視されているのが実情だ。
そうした状況下、岸田文雄首相が再選出馬に踏み切った場合、「現職閣僚としては出馬が困難視されるうえ、辞めて出馬するための推薦人確保にも不安がある」(高市氏周辺)のは否定できない。それだけに、今後も「すべては岸田首相の決断次第という受け身の状況」(同)を余儀なくされるのは間違いない。
安倍氏命日に「後継者の覚悟」を繰り返す
故安倍氏の三回忌前日の7月7日、安倍氏を悼む式典が、同氏が会長だった議員連盟「創生日本」と日本会議国会議員懇談会の共催で、都内で開催された。その中で高市氏は「安倍総理から残された宿題がある。憲法改正を必ずやり遂げましょう。安倍総理の思いを受け継ぎながら、頑張っていきましょう。それが恩返しです」と安倍氏の後継者としての“覚悟”を繰り返しアピールした。
これに対し、同式典の約600人の出席者は、岸田文雄首相(総裁)や茂木敏充幹事長よりも高市氏のあいさつに大きな拍手を送った。これも踏まえ、高市氏は翌8日の安倍氏命日に『日本の経済安全保障』を出版。その中でも安倍氏との思想信条の近さを繰り返した。
そもそも高市氏は、2021年秋の総裁選に出馬した段階では「泡沫候補扱い」(政治ジャーナリスト)だった。しかし、安倍氏が「最高実力者」の立場から当時の最大派閥・細田派に高市氏支持を働きかけると党内保守派の支持が急拡大。結果的に国会議員票を全体2位(114票)にまで積み上げた。これを受け高市氏は「結果報告会」で「身に余る結果を残すことができた」と胸を張る一方で「選挙は勝ち負けだから、結果は結果として重く受け止める」と語った。
最大の敗因は、「党員・党友票での大苦戦」(高市氏周辺)。高市氏が都道府県別で1位を獲得したのは地元の奈良県のみで、安倍氏の地元・山口県でも岸田氏に負けるなど、地方組織での支持の低さが際立った。高市氏自身は「党員票が足りなかったのはすべて私の不徳の致すところ」と自戒したが、「一般国民に近い感覚を持つ党員・党友の多くは、保守派の星を自認する高市氏を受け入れなかった」(自民幹部)のが実情だ。
弱点克服目指し「地方巡業」に精出すが
そうした中、安倍氏は結果報告会で「私たちは高市氏を通じて、本来自民党はどうあるべきか、しっかりと訴えることができた。他の候補にも影響を与えた」と高市氏の戦いを評価し、高市氏も「私は歩みを止めない。政策を磨き上げ、また次に向かって一緒に歩んでくださることをお願いする」と再挑戦への決意を示した。
そこで問題となるのは、「現在の高市氏の総裁候補としての力量」(自民長老)だ。「前回総裁選での敗因となった地方票での弱さをどう克服するか」(同)が最大のポイントで、高市氏は7月後半から8月下旬まで、講演を中心に全国を飛び回って地方議員や党員・党友への支持呼びかけの活動を展開する構えで、陣営幹部は「これまでの地方講演は大入り満員で手ごたえは十分」と胸を張る。確かに、岸田政権への国民的反発が収まらない中、「岸田首相のアンチテーゼとしては、石破氏と高市氏が双璧」(同)であることは間違いない。
その一方で、肝心の自民議員の支持は「保守派以外への広がりに欠けるのが実態」(無派閥若手)とみられている。しかも、ここにきて党内若手などの間での支持が拡大している小林鷹之・前経済安保相は高市氏の前任で、「保守派として高市氏と支持者がかぶる」(自民幹部)ことは否定できない。それもあってか、高市氏は「保守的な主張をこれまで以上に先鋭化させて、小林氏との差別化を狙っている」(政治ジャーナリスト)とされるが、「そのこと自体が支持議員を減らす悪循環に陥っている」(同)との指摘もある。
ここにきての株価の乱高下で大混乱となった日本経済への現状については「アベノミクスがもたらした金融政策の歪みが原因」(経済アナリスト)との見方が広がる。このため、「総裁選では安倍氏と黒田東彦前日銀総裁が推し進めたアベノミクスの光と影の検証も争点となる」(自民長老)とみられており、「高市氏の経済・金融政策も厳しく問われる」(同)ことは避けられそうもない。
「出馬惨敗」や「断念」なら“次の次”もなくなる?
63歳の高市氏は、「年齢的には働き盛りで、次の次の総裁選出馬も可能」(周辺)とみられている。しかし、「今回出馬して前回より票が激減したり、不出馬に追い込まれた場合、“次の次”もなくなりかねない」(政治ジャーナリスト)との不安も抱える。
そうした中、総裁選の日程を決める総裁選選管委員会のメンバー構成にも党内の注目が集まる。同管理委はこれまで、派閥のバランスに配慮して均等に人選されてきた。しかし、今回は派閥裏金事件を受け、無派閥から最多の5人を選出し、最大派閥だった安倍派から3人、麻生、茂木、二階派から各1人を選び、岸田派の起用は見送られた。
そもそも、管理委メンバーは、中立性の観点から総裁選候補者の推薦人になれないが、11人の中には、前回2021年総裁選で高市氏の推薦人だった黄川田仁志氏と、片山さつき氏が選ばれたため、党内保守派や一部メディアから「高市氏の『出馬封じ』の人選」との指摘も出ている。「ただでさえ限られる高市氏支持議員が2人も減ったら、推薦人確保はさらに困難になる」(高市氏周辺)からだ。
そうした状況を見透かしたかのように、ここにきて「岸田首相は党や内閣の人事も含め、総裁選までは何もしないで現体制のまま再選出馬を宣言する」(側近)との見方が広がる。その場合、ポスト岸田の有力候補の石破氏や高市氏は「推薦人確保という壁にぶち当たる」(自民長老)ことは間違いない。
しかも、岸田首相が土壇場で再選出馬を断念すれば、茂木幹事長をはじめ立候補者が相次ぐのは確実だ。その場合「議員票と地方票の両方に不安を抱える高市氏は、決選投票に残ることも困難」(同)とみられており、永田町では「高市首相への道筋はまったく見えてこないのが現状」(政治ジャーナリスト)との見方が支配的だ。
(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)