大統領選挙で戦うカマラ・ハリス副大統領を攻撃するドナルド・トランプ前大統領。もし就任ならマーケットはどう動くだろうか(写真:ブルームバーグ)

アメリカの大統領選はジョー・バイデン候補が辞退し、カラマ・ハリス副大統領にバトンを渡すという、数カ月前にはほとんど誰も想定していなかった状態にある。

もっとも、賭けサイトのオッズなどから判断すると、民主党の勝利確率は小幅に高まってはいるものの、ドナルド・トランプ氏(共和党)の優勢に大きな変化はないようだ。そこで今回の記事では、いわゆるトランプ相場について、日本株および為替市場に与える影響を考えてみたい。

トランプ氏の円安進行への不満ポーズの背景にあるもの

日本経済全体への影響は別として、急激な円高は「大企業製造業の塊」とも言うべき日経平均株価にとって、株価の下押し要因である。その点、ブルームバーグ通信が報じた、6月下旬実施のトランプ氏に対するインタビューは、一見すると不気味であった。

インタビュー内でトランプ氏は「対ドルでの円安や人民元安が甚だしい」「(アメリカの輸出企業にとって)すさまじい負担」としたほか、「(日本に対して)不作法だ」と言及した。こうした趣旨の発言は前政権期から引き継いでいるもので今回が初めてではないが、歴史的な円安が進む中、アメリカ内の製造業を意識してそのように発言したとみられる。

もっとも、ドル安はインフレ再加速という結果を招きかねないため、現状のアメリカ経済に対して好ましいとは思えない。トランプ氏が「輸入品に対する10%の関税」を画策していることに鑑みればなおさらであろう。トランプ氏はインフレが政治的に受けの悪い事象であることを理解しており、だからこそインフレの責任をバイデン政権に押し付けることで、これまで民主党から浮動票を手繰り寄せることに成功している。

そう考えると、トランプ氏が真にドル安を望んでいるかは微妙である。今回の発言はあくくまで為替を「政治利用」したと考えるのが妥当ではないか。トランプ氏はドル安志向が強いと言われているが、必ずしもそうとは限らないだろう。

なお、筆者がアメリカ出張で面談したアメリカのエコノミストは「為替?いや株価がすべてですよ」と言っていた。日本人は1985年のプラザ合意など歴史的経緯もあって為替に敏感だが、アメリカ側からみればさほど重要な問題ではないのかもしれない。

7月中旬から8月にかけて半導体関連銘柄が世界的に調整する場面があった。指数の構成において半導体製造装置銘柄の存在感が大きい日経平均株価は、あっさり4万円の大台を大きく割りこんでしまった。半導体関連銘柄の急落のきっかけとなったのは、バイデン政権が半導体製造装置の対中輸出規制を同盟国に対して強化するとの報道だった。

そこで半導体などハイテク製品を巡る対中規制についてトランプ氏の考えが気になるところだが、筆者の答えは「共和党政権であろうと民主党政権であろうと大きな流れは変わらない」である。そもそも対中規制の強化は共和党と民主党にとって数少ない政策的合意事項であり、どちらの政権でも対中規制に日本株が翻弄される展開は今後も続くことになるだろう。

ここで半導体製造における中国の需要度を確認するために、日本の貿易統計で半導体製造装置の地域別輸出を確認すると、中国向けは全体の約5割を占める重要な仕向け地となっている。アメリカの規制強化を念頭に置いた駆け込み需要によって輸出が一時的に押し上げられている面もあることから、直近の存在感は割り引く必要があるが、それでも対中規制が本格的に強化された場合は相応の下押し圧力が働きそうだ。

日本経済に恩恵のある政策も

もっとも、こうした規制強化は中長期的にはサプライチェーンの再構築を通じた新たな需要を生み出すことから、決して悪いことばかりではない。「中国向け輸出」と言っても、そこには中国国内に工場を有する台湾や韓国の企業が含まれていることから、仮に輸出規制が著しく強化された場合は中国の国外に新たな工場が必要になり、そこで需要が発生するためだ。日本における半導体工場の新設もその一環と見なすことができるだろう。このような投資案件が多く生まれれば、それはそれで半導体需要の増加につながる。

また、トランプ氏と言えば、やはりエネルギーであろう。同氏が掲げる政策は、拡張的な財政政策、関税、移民抑制(安価な労働力が減少)などインフレ再燃を懸念させるものが多い中、エネルギー政策はインフレ沈静化に貢献しうる。現在、アメリカの原油生産量は日量1300万バレル強とコロナ禍前の水準を回復し、すでに世界最大となっている。こうした環境下、トランプ政権が誕生すればさらなるエネルギーの増産が考えられ、エネルギーコスト低下が実現する可能性はある。

トランプ氏はエネルギー政策について、天然ガス採掘やパイプラインの整備・拡大をするために各種規制を緩和して生産量を増やし、エネルギーコストを一段と引き下げると繰り返している。こうした政策の実現可能性はともかく、トランプ氏の誕生がより強く意識されれば、それだけで原油価格(国際価格)が下落しても不思議ではない。

実際、前トランプ政権時には任期後半にかけてアメリカの原油生産量が急増する中、原油価格が下落する傾向にあった。

もちろん今回もそうなるかは不透明だが、トランプ政権がエネルギー価格抑制に力を注ぐことが確実視される状況で、「トランプ=インフレ再燃」と直接結び付ける思考には距離を置いた方が良いかもしれない。言うまでもなく、エネルギー価格低下は日本経済にとって恩恵が大きい。交易条件改善によって企業収益は押し上げられ、日本株に好影響を与えるだろう。

トランプ政権誕生での中長期的なリスク要因とは?

最後にトランプ政権が誕生した場合に想定すべき中長期的なリスク要因に触れておきたい。それは移民の抑制によるインフレの再燃だ。CBO(アメリカ議会予算局)の試算によると、移民流入数は2023年と2024年にそれぞれ年間330万人程度となった後、2025年以降は漸減し、第一生命経済研究所の試算によれば2027年には110万人程度になる。

また同研究所は、トランプ政権が移民抑制に動いた場合、2027年における移民の純流入はプラス50万人と第1次トランプ政権(2019年:プラス42万人)と同程度まで低下すると試算している。

さて、こうした移民の減少が為替にどういった経路を通じて波及してくるのだろうか?その点、筆者は「安価な労働力」という視点に重きを置いている。現在も続くインフレの根幹にあるのは、人手不足に起因する労働コストの高止まりだが、それを快方に向かわせているのは移民という労働力である。すなわち移民の流入は労働市場の逼迫を和らげ、賃金上昇圧力を減じ、インフレ沈静化に貢献していると考えられる。

したがって、移民抑制は「労働供給の減少→賃金上昇→インフレ再加速→引き締め的な金融政策の長期化→アメリカ株下落」という結果をもたらすだろう。その場合、世界的な株価下落に発展する可能性がある。

(藤代 宏一 : 第一生命経済研究所 主席エコノミスト)