主力ブランド「ポール・スチュアート」のウィメンズ売り場、夏物も多くそろえた(写真:三陽商会)

すでに最高気温が40度を超えた地域もあるなど、危険な暑さが続く今年の夏。直射日光を避けるため、街中には日傘の花が咲いている。

エアコンや飲料、アイスクリームなどが「猛暑効果」で伸びる一方、頭を悩ます業界もある。その1つがアパレルだ。アパレル業界は小売業でもとくに季節を先取りして商品や売り場を展開する。酷暑かつ夏が長期化したことで、秋物衣料を先取りするのはもはや現実的ではない。

「われわれはコートやジャケットなどアウターが得意な会社だが、そうも言っていられない。本格的に猛暑対策をしなければいけないのではないか」。そう話すのは、アパレル大手・三陽商会の加藤郁郎副社長だ。

1年は「四季」から「五季」へ

冬に稼ぐ会社の代表格である三陽商会は今年3月、6〜8月に投入する新商品の展示を行う「盛夏展」を10年ぶりに開催した。

近年、同社の展示会は春夏と秋冬の年2回が基本だったが、夏商材に特化した展示会を追加した形だ。「通常、7月はクリアランスセールを行う時期。夏物の新規投入は6月でほぼ終わっていた」(加藤副社長)。

しかし、今年は夏こそ力を入れて新商品を投入するのが三陽商会の考えだ。同社は1年を四季ではなく「五季」と捉え、長い夏を商機に変えようと意気込む。

具体的には、5〜7月を「初夏・盛夏」、8〜9月を「猛暑」として、計5カ月が夏シーズンになる。冬は3カ月のまま、春と秋は各2カ月として商品構成を組み立てる。カレンダーの変化に合わせ、今年は夏物の生産量が従来比で20%増える見込みだ。

今年7月は、主力ブランドの「マッキントッシュ フィロソフィー」や「ポール・スチュアート」において、裏地がなく通気性のいいジャージー素材のジャケットやキシリトールなどの成分を特殊プリントした接触冷感生地のカットソーなどが売れた。

8月は以前なら秋物の早期展開をしていたが、今年は盛夏シーズンと同様の夏向け素材を使った商品を投入する。これは長引く暑さの中で夏物商品が不足し、販売機会ロスに苦しんだ昨年の反省が生かされている。


夏から秋口まで着用できるような素材や色の商品も投入している(写真:三陽商会)

夏物の中でも、秋をイメージした色のジャケットや薄手の羽織物、5〜7分袖のトップスなど、秋にもそのまま着用できるデザインを狙っている。

夏物を増やすことで、収支改善も期待できる。アパレル企業にとって、コートやジャケットなど高単価の商品が多い冬は一番の稼ぎ時。一方で、商品の単価が比較的安く、重ね着の需要も少ない夏は、稼ぎにくい季節だ。

それは三陽商会も同じで、以前は上半期(3〜8月)の赤字を下半期(9〜翌年2月)で挽回する傾向が強かった。だが今年は「今すぐ着られる夏物の色・サイズのバリエーションが豊富なため、定価での販売が順調」(広報)という。今後、季節間の収益力の差がどう変化するか注目だ。

猛暑を過ぎても「暖かい冬」がやって来る

もっとも、問題は夏の暑さだけではない。年々暖冬傾向が強まっていることもアパレル業界の逆風となっている。2023年の冬は、業界にとって“短く、厳しい”冬だった。

三陽商会はミドル〜ロングの丈が比較的長いコートや、中綿ダウンなど防寒力の高いアウターを多く用意したが、暖冬で苦戦を強いられたという。

大江伸治社長はこう振り返る。「前期(2023年度)の上半期はリベンジ消費もあり、極めて好調に推移した。しかし、下半期は暖冬の影響で非常に厳しかった。基礎的な商品力や販売力についても、一度立ち止まって見直す必要があると考えた」。

そこで今年は、短い丈のコートを昨年より多く投入。綿入りの薄いブルゾンなど、アウターのバリエーションも増やす。商品数を絞りつつ、より季節に合わせた商品を展開していく。


接触冷感素材のドライタッチワンピース(左・カーキ色)、軽さや肌触りのよさが特徴のリバティプリントのワンピース(右)など、暑い時期にも着やすい服を拡充した(記者撮影)

こうした気候変動や温暖化に対応した商品戦略を進めるのは、全社横断の商品開発委員会だ。

8〜9月に売り出す盛夏商品の開発や、季節の変わり目の端境期向けのジャストシーズンの商品の開発も、同委員会における重要施策に盛り込まれている。

並行して、同委員会はブランド戦略にも注力する構えだ。例えば、マッキントッシュ ロンドンのコートやポール・スチュアートのパターンオーダースーツといった人気商品は、早い時期の先行受注も好調で、売り切れることもある。

【2024年8月04日14時58分追記】初出時のブランド表記️に誤りがあったため修正しました。

苦手な夏商戦こそ、業界の「伸びしろ」に

「欲しい商品を確実に先行して入手したい」という意識は、とくにブランドの固定ファンやファッション好きの間では揺るぎないものがある。看板商品を磨き上げ、適正な在庫量を確保することはブランドにとって大事な戦略だ。気候の変化に対応し、実需を捉える商品開発と両立させていくことも、商品開発委員会の重要な任務になるだろう。

「(コロナ禍以降に在庫削減を進め)品番数がおよそ半分になったので、デザイナーたちが1つの商品にかけられる時間は単純計算で倍になっている。革新的な商品の開発と今すぐ着られるジャストシーズンの商品の両方に注力したい」(加藤副社長)。

気候変動、温暖化が進めば、アパレル業界が得意としてきた秋冬商戦での逆転はますます難しくなる。苦手な夏商戦を克服していくことは、今後の業界にとっての伸びしろになりそうだ。

(山粼 理子 : 東洋経済 記者)