7月31日に行われた日銀による金利引き上げが為替相場を大きく動かした理由と、その影響を解説(撮影:黒崎亜弓)

経済の教養が学べる小説きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」著者である田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。

「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会を作ることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」

今回は、7月31日に行われた日銀による金利引き上げが為替相場を大きく動かした理由と、その影響を解説してもらう。

「物価高が収まる」「含み益が消えた」さまざまな反応

7月31日、日本銀行が政策金利を0.25%に引き上げることを決め、外国為替市場では一時1ドル150円を割り込んだ。


1カ月前まで160円を軽く超えて推移していたドル円相場がここまで動くとは、誰が予想しただろうか。

この急速な円高にSNS上の反応はさまざま。物価高が収まるとの声がある一方、「NISAで積み上げた含み益が消えてしまった」という投稿も目立った。

消費者からも投資家からも、ドル円への注目は高まっている。

食料やエネルギーなどの大部分を外国からの輸入に頼る日本では、近年の円安が大幅な物価高をもたらしており、消費者の財布を直撃している。

また、今年から始まった新NISA枠を利用して「オルカン」などの外貨投資をはじめる人も増えている。1月時点では141円だったドルは、半年で161円まで上がり続けたので、1月から外貨投資を始めた人にとっては、居心地のいい相場だった。ところが、150円を割り込んだことで、投資を始めたタイミングによっては、含み益がすべて吹き飛んだ人もいる。

今回、これだけ大きく為替が動いているのは、0.25%への利上げだけではなく、その裏側にある政府や日銀の円安退治への強い姿勢がうかがえたからだろう。

金利が為替レートに影響を与えるしくみ

ご存じの方は読み飛ばしてもらってかまわないが、金利は為替レートと密接な関係がある。簡単な例で説明するために、日本の金利を0%、アメリカの金利を5%とし、1ドルが160円とする。

いま、あなたは160万円を持っている。それをドルで保有するか、円で保有するか。ドルを選んだ場合、160万円は1万ドルに交換されて、1年後には利息込みで1.05万ドルになる。一方で、円は160万円のまま。

1ドル160円と言われると高そうだが、1年後に1ドルが152.4円(160万÷1.05万=152.4)よりも高ければ、ドルを選んだほうがよかったことになる(実際の為替市場でも1年後決済でドルを購入できる。その場合のレートは通常のレートに比べると金利差の分だけ安く購入できる)。

つまりアメリカと日本の金利差が大きい場合はドルが魅力的に見えるのだが、その差が縮まるとドルは買いにくくなる

アメリカでは、9月にドルの金利が下げられるとの見方が強い。そして、一方の円金利においては、日本銀行が利上げを決めた。

為替市場への影響が強かったのは、この0.25%への利上げが予想外だったうえに、植田日銀総裁が「(0.5%の壁を)特に意識していない」と述べ、利上げに対して積極的な姿勢を見せたからだ。7月には5兆〜6兆円規模で円買いの覆面介入が行われていたと見られており、政府日銀の円安退治への本気具合がうかがえる。

外貨投資を始めたばかりの人々にとって、この急速な円高は為替リスクの現実を突きつけるものとなった。1月から6月までに6兆円以上という大量の資金が外貨投資に回っている。

これまでの円安局面では「外貨投資をしないと損」かのような風潮があり、「オルカン」という言葉が当たり前のように使われるようになった。しかし、外貨投資は必ず儲かるものではなく、大きな為替リスクをとっていることを認識したほうがいい。

あくまでインフレへの備えとして外貨を保有していると考えたほうがいいだろう。日本ではGDPに対する輸入額が20%程度だから、単純計算すると年間支出が500万円の家では食料やエネルギーなど100万円程度輸入に頼っている。10%円安になれば10万円ほど出費が増える。外貨資産を保有していれば、その値上げ利益によって出費を補填できるという考えだ。

今回、利上げによってある程度の円安が解消され、さらなるインフレへの懸念は遠のいた。しかし、金利と為替レートだけ見て、問題が解決したと思うのは早計だ。金利を上げ続ければいずれ景気が冷え込む。

「外国のために何ができるか」が大切

日本の根本的な問題は、円安という恩恵があったにもかかわらず、これまでのように日本製品が売れなかったことにある。その背景には、少子高齢化により労働力人口が減少しており、生産力を伸ばせないといった構造的な問題がある。

小説『きみのお金は誰のため』の中でも、日本経済が直面している問題について、先生役のボスが警鐘を鳴らしている。

最近になって日本は大幅な貿易赤字に転落しているという。かつて、その品質の高さから飛ぶように売れていた日本製品だが、外国も技術的に追いつき、輸出を増やすのは簡単ではないらしい。加えて、高齢者人口が増える中、医療や介護の分野で働く人手を確保する課題も抱えている。

「輸出が増えないからといって、輸入をおさえるのも難しいですよね」

と七海もしぶい顔をする。食料やエネルギーの自給率の低い日本は、小麦などの食料品や、発電に必要なエネルギー資源を海外に頼っているそうだ。

「七海さんの言うとおりや。食べ物や電気は生活必需品やから、輸入をがまんするわけにもいかへん。これが高級ブランドのバッグなら、がまんすればすむ話やけどな」

しかし、貿易赤字が増えると本当に困るのだろうか。優斗の頭に疑問が浮かんだ。

「貿易赤字って、外国にお金が流れるのが悪いんでしょ。だったら、お金を印刷しちゃえばいいんじゃないですか」

「おもろいアイディアやな。せやけど、問題は国内にある日本円が足りなくなることやない。外国が日本円を大量に持つことや」

日本円を使うことで、外国の人たちは、日本製品を買ったり日本を旅行したり、さまざまな形で日本の人に働いてもらえる。もし、外国の人たちが大量に日本円を保有するようになって、それを使い始めたら、日本にいる僕たちは、自分たちの生活だけでなく、外国のためにもたくさん働かなければいけなくなる。

それこそが将来のツケになるとボスは言う。

「でも、それって、ふせげませんか」

優斗は、その話を自分の国に置き換えて考えてみた。

「僕の国で発行したサクマドルを外国の人たちがたくさん持っているのと同じなんでしょ。サクマドルを使わせなくしたらいいじゃないですか」

その反論に、ボスは首を振った。

「そうは問屋がおろさへんで。日本円が使い物にならへんと、外国の人たちは日本円を欲しがらなくなる。日本円の価値が下がって、誰も食料や石油を売ってくれへんやろな。そうならんためにも、貿易赤字は無視でけへん」

『きみのお金は誰のため』191ページより

食料、エネルギー、資源など生活に必要な商品を外国に頼っている日本は、国際市場を無視できない。外国のために何ができるか(外国にどんな製品を売れるのか)を真剣に考える必要がある。それが難しいのならば、自給率を高めることを考えないといけないだろう。

さきほど、外貨投資で円安に備えられると書いた。新NISAは岸田政権が掲げる「資産所得倍増プラン」の一環だが、それだけでは資金に余裕がある人しか救われない

また、新NISAによって上半期だけで6兆円以上の資金が外貨投資に回っているわけだが、それ自体が円安を進めている一面もある。

結果だけ見ると、個人の外貨購入によって押し上げられたドルを、政府日銀が高値で売って(5兆〜6兆円規模のドル売り介入)儲けたように見える。もちろん、政府が意図的に行っているとは思わないが、やっていることがチグハグに感じられる。

利上げによる円安回避はただの時間稼ぎにしかならないだろう。利上げを続けて景気が冷えこむ前に、何らかの方策を打たねばならない

くれぐれも、総選挙までの時間稼ぎという意味ではない。

(田内 学 : お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家)