東京都内でインタビューに答える南果歩さん(撮影:今井康一)

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南果歩さん自身が手がけた絵本『一生ぶんのだっこ』が、能登の読み聞かせでは子どもたちの間でひときわ人気があった。「この本を読んで『だっこしてほしい人〜?』と聞くと、『きゃ〜』『早くきて〜』という反応が返ってきてすごく面白かったですね。私にとっても、かけがえのない時間になりました」(南さん)(写真:筆者撮影)

能登半島地震から7カ月が経ったが、今も震災の爪痕は深く残ったままである。その地で、保育園や幼稚園に通う小さな子どもたち、その親御さんや関係者の皆さんに読み聞かせを行う人の姿があった。俳優・南果歩さんだ。なぜボランティアで被災地に赴き、読み聞かせをするようになったのか。

南さんが読み聞かせを始めたきっかけ

石川県七尾市にある田鶴浜こども園。「東京から来ました。絵本を読んでもいいですか?」南さんがそう尋ねると、「は〜い!」と割れんばかりの声で子どもたちが答える。

「みんな、何歳〜?」南さんが聞くと、「4さ〜い!」「5さ〜い!」と年齢の本数の指を掲げながら、元気よく子どもたちが反応する。

そんな中、南さんが最初に選んだ絵本は『みんなうんち』。題名を聞いただけで、子どもたちはキャハハーッと大笑いし、つかみはバッチリ!

2冊目、3冊目と読み聞かせが進むに連れて、子どもも大人も南さんのあたたかく、やさしい肉声に吸い込まれるように、物語にくぎ付けになっていった。


東京都内でインタビューに答える南果歩さん(撮影:今井康一)

【写真】南果歩さん、被災地での読み聞かせの様子やインタビューを受ける様子など(6枚)

今回能登では、田鶴浜こども園のほか、七尾幼稚園、能登島小学校の3カ所を訪れた南さんだが、どのようなきっかけで読み聞かせを始めるようになったのだろうか。

「私は兵庫県の出身ですが、阪神・淡路大震災が起きたとき、自分の仕事は、こういうときにいちばん役に立たない仕事ではないかと落ち込むことがありました。また、当時は妊娠中で思うように動けず、支援物資を送るぐらいしかできなかったのが心残りでした。

ですから、東日本大震災が発生したときは、すぐに動きたいと思い、自分にできることは少ないかもしれないけれど、息子が小さい頃にボランティアで行っていた読み聞かせならできると思ったんです」

東日本大震災のときに教えられたこと

南さんは東日本大震災から1カ月後、まだまだ避難生活が続いていた頃に、数日かけて避難所など、22カ所を巡った。そこで、南さんは現地の人たちからあることを教えられたという。


南果歩(みなみ・かほ)/俳優。1964年1月20日、兵庫県尼崎市生まれ。NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」やNHK大河ドラマ「麒麟がくる」、ドラマ「定年女子」などに出演。東日本大震災、熊本地震、能登半島地震などの被災地で読み聞かせのボランティアを続けている(撮影:今井康一)

「被災された皆さんが私に『ドラマに出てね』と何度もおっしゃるんです。こんな大変なときに(テレビでは)ニュースが求められていると思っていたので、『ドラマが観たいんです』とうかがって本当にびっくりしました。

あの寒い体育館の中で、皆さんと膝を突き合わせて会話する中で、自分の仕事は人が生きていくために必要なことだったんだと、初めて気づかされました。どんな状況に置かれても、人は非日常の物語を必要としているんですね」

避難所から仮設住宅に移り、少しづつ日常を取り戻そうとしている被災地で、次にできることは心のケアだと確信し、以来南さんは、東北や熊本、そして能登、13年以上にわたって、被災地を訪れ、読み聞かせ活動を続けている。

「読み聞かせ」が持つ力を信じて

困難なときにこそ、人は物語を求めている。東北の人たちからそう教わった南さんは、読み聞かせが持つ力についてこう語る。

「人間は日々物語を求めています。小説を読んだり、映画を観たり、舞台を観たり、ドラマを観たり、音楽を聴いたり。物語に触れることによって、想像力をふくらませるわけです。

今回能登で被災された方々は、いつになったら元の生活に戻れるのか、この状態がいつまで続くのか、毎日出口が見えない不安の中で生きられていると思います。

そんなつらさや行き場のない怒り、怒りを通り越した悲しみと向き合わなければならない状況にあって、物語は一瞬でも日常から離れ、想像の世界に身を置く時間をくれるものだと思っています」

さらに、人々に物語を届けるうえでも、読み聞かせだからこそできることについて、南さんはこう続ける。


南さんは、読み聞かせも演劇と同じく人前で行う「ライブ」だと言う。取材した会場でも、みんなが南さんの読み聞かせライブに夢中になっていた(写真:筆者撮影)

「もちろん、黙読もすばらしいのですが、文字を目で追わずに耳だけで取り込めるのは、すごく贅沢なことです。それを肉声で聴くのは、人の心に直接訴えかけるものがあると感じています」

被災地で読み聞かせを行うと、子どもたちはキャッキャとはしゃいでいるが、大人の方々は涙ぐんで聞いているという。復興が思うようにいかず、ストレスを抱えている人たちにとって、たとえ一瞬でも癒やしにつながればと南さんは願う。


読み聞かせが大人の心にも響くものだと実感する一方、一度に大人数に向けて届けられないもどかしさもある。しかし、たとえ直接出会える人数が限られていても、現地に赴き、読み聞かせを続ける理由について南さんはこう語る。

「保育園や幼稚園はすごく小さな空間かもしれませんが、そこで経験したことは確実に人の心に残っていくと信じています。好きな読み聞かせを続けていけたら私も楽しいし、その場にいる皆さんも楽しいと思っていただけたら、なおうれしいです。

そして、つらい日常を一瞬でも忘れることで心は少しずつ回復していくと思います。そのために、私は読み聞かせを続けています」

読み聞かせをより多くの人のもとへ

東日本大震災以来ずっと、被災された方々や困難な状況にある方々のもとへ足を運び、活動を続けている南さんだが、今後はさらに多くの人に読み聞かせを届けていきたいと考える。

「やはり実際に顔を合わせるのが一番だと思います。ただ、どうしても一度にお会いできる人数は限られるので、今後も現地に訪れることを続けながら、動画の読み聞かせチャンネルもつくれないかと思っています。

私のお気に入りだけでなく、皆さんのお気に入りをうかがいながら読み聞かせ動画を増やしていきたいです。『これを観たら、眠れます』というコンセプトで、子どもも大人も、みんなうとうとしてほしい。

読み終わるまで起きていないでほしい(笑)。そんな癒やしのチャンネルをつくれたらうれしいです」


インタビューに答える南果歩さん(撮影:今井康一)

南さんの活動は国内にとどまらない。今年5月には、カンボジア・プノンペンの日本語学校や孤児院を訪れて読み聞かせを行った。

「孤児院を訪れたときには、私が日本語で読んで、現地の通訳の方がクメール語に訳してくれました。言語が違ってもみんなよく聴いてくれて、『もっと読んで』『もっと読んで』と言ってくれました。

カンボジアは、もともと行きたかった国で、たまたまチャンスがめぐってきましたが、ぜひまた海外で読み聞かせをやってみたいです」

動画の読み聞かせチャンネルの検討、海外での読み聞かせ活動に加え、南さんは現在絵本の次回作も構想中だという。活動の幅を広げ、進化する南さんの読み聞かせは、この先きっと、より多くの人、より多様な人の笑顔につながっていくだろう。

「できること」で被災地と関わりを

最後に、実際に能登を訪れ、現地の方々と対話されたうえで、いま被災地に対して思うことを南さんに聞いた。

「今回は震災後初めて能登に行って、街中の瓦礫の撤去もスタートできていないことに愕然としました。

東日本大震災のときは、現地に行くたびにトラックが街中を走っていたり、撤去物を廃棄するごみ置き場がいたるところにできていたり、どんどん街の姿が変わっていくっていくのを目の当たりにしてきましたから。

能登半島の立地が厳しいのも理解できますが、それにしても復興はまだまだだと痛感させられました」

そんな状況を前に、まずは、知ることから始まると南さんは言う。

「能登とそれ以外の地域では、温度差があるように感じます。震災が発生してから半年以上が経ち、東京にいると、意識しない限り時折しか能登のニュースが入ってきません。

でも、能登に行くと、毎日現地のニュースに接するわけです。人間って普段見聞きしていないことはどんどん風化させていってしまいます。ですから、まずは被災地の今を知ろうとすることが第一歩になると思います」


南さんは読み聞かせの活動をさらに広げようとしている(撮影:今井康一)

そして、1人ひとりが自分にできる範囲でいいので、少しでも現地との関わりを持つことが重要だと南さんは続ける。

「能登はまだ、復興のスタート地点にも立てていない状況だと感じました。ですから、何かお手伝いできることがあったらする。寄付できる人は寄付をする。何もできなくても、近くまで行って生の情報に触れてみる。

近くに行くと何らか現地の影響が残っていて、行かないとわからないことを感じ取ることができると思うんです。今回私は有永浩太さんのガラス工房や赤木明登さんの漆工房にうかがいましたが、そうした工芸品を手にとってみるとか、いろいろな応援の方法があると思います。

能登に行って帰ってきたら、周りの人たちに『能登に行ってきたの?』と聞かれて話題になりますよね。そうやって、関わりを波及していくことが大切だと思っています」

南さんの活動が、この記事になった。この記事が、読んでくださった方の能登との関わりを考えるきっかけになる。そんな関わりの連鎖で、復興が前進することを願っている。

【写真】南果歩さん、被災地での読み聞かせの様子やインタビューを受ける様子など(6枚)


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(川下 和彦 : クリエイティブディレクター/習慣化エバンジェリスト)