8月開始「ながら見の動画配信」日本に定着するか
「日本初FAST」の入り口。8月20日の開始時には10チャンネルが並ぶ予定(画像:BBM)
6月20日に出た「FAST日本初上陸」のリリースが業界内で話題を呼んだ。「ABEMAもFASTだから日本初上陸とは言えない」とツッコミを入れる人もいたが、自らFASTを標榜するサービスが日本に登場するのが初めてなのは間違いない。サービス名も「FASTチャンネル」で、そのものずばりだ。運営するBBMとはどのような会社なのか?
アメリカのFASTと同じで違う中身
その前に、FASTとはどのようなサービスなのか説明しよう。
FAST(Free Ad-supported Streaming TV)は、その名の通り、無料広告型のストリーミングサービスだ。アメリカでは2020年頃からその成長が注目を浴び、主要なプレイヤーとしてPluto TV(2013年開始)やTubi(2014年開始)などがある。
FASTは、Netflixのような能動的に番組を選んで見るオンデマンド型ではなく、何百ものチャンネルから好みのものを選んで"ながら見"できるサービスだ。
Netflixでは莫大な製作費をかけたドラマが楽しめるが、あまりに大量の番組があってどれを見ればいいのかわからなくなることもある。またハラハラドキドキしながら何時間も連続して見るのは疲れる。
FASTは好きなタイプの番組をスマホでも眺めながら「見るともなく見る」のに適している。オンデマンド型が能動的に前のめりで見るのに対し、FASTは次々に流れてくる番組を受動的にソファにもたれながら見る、正反対の視聴態度だ。Netflixのようなサービスと競合するというより、互いにニーズを埋めあって両立できるものだと言える。
FASTのチャンネルは一つのサービスに何百もあり、幅広いジャンルから選べる。ドラマもSF、ラブコメなど幅広くあり、スポーツではアメフト、野球など豊富だ。ニュースも地域別にチャンネルがあり、自分が住む都市の最新情報が得られる。
「スタートレック」や「ローハイド」など昔の番組だけのチャンネルもある。日本で言うと「太陽にほえろ」チャンネルや「時間ですよ」チャンネルがあるようなものだろう。ダラダラ流すにはもってこいではないだろうか。
また、FASTはCMとの相性がいい。オンデマンド型では、適切なタイミングでCMが入らないとイラッとするだろう。だがFASTはBGMのような視聴態度なので、CMが入っても違和感がない。
テレビ放送が広告モデルで成功したのも、必ずしも能動的には見ないからだと思う。その意味でFASTは配信時代に進化した、テレビの次のテレビなのだと言える。放送のように総花的に番組が流れてくるのに飽きてしまったが、オンデマンドで能動的に見たいわけでもない。そんな気分にぴったりの映像配信サービスなのだ。
(図版:筆者作成)
アメリカのFASTの解説はこれくらいにして、「日本初のFAST」の話に入ろう。
私が抱いていた疑問は以下2点だ。メディア業界を取材してきた私だが、BBMという社名は聞いたことがなかった。そんな無名の会社がFASTを始めて大丈夫かというのが1点。もうひとつは、動画配信サービスが増えすぎて淘汰も始まるかという2024年に、FASTという新サービスをどう普及させるのかということだ。BBM代表取締役CEOの福崎伸也氏に話を聞き、いずれの疑問も氷解した。
まずBBMは2014年に設立されたベンチャー企業だが、元々アクセンチュアの一つのチームがスピンアウトして設立した会社だ。福崎社長によると「ビデオオンデマンドの立ち上げ支援を裏でやっているコンサルチーム」だった。つまり、動画配信のプロフェッショナル集団。知ってる人はよく知っており、さまざまなサービスをこれまで支えてきた。業界で無名と書いたが、私が無知なだけだった。
載せたいサービスを提供できる「TV Stick」
BBM設立から数年経った2017年は、動画配信サービスが出揃って、いよいよ大きく伸びていこうとした矢先。元々Googleから信頼を得ていたBBMは、TV Stickを託された。AmazonのFireTV同様、さまざまな動画サービスを載せることができる、Googleが開発したデバイスだ。
BBMはこれを自ら販売するのではなく、パートナーと呼ぶ事業者と契約し、その事業者に顧客へTV Stickを提供してもらう手法をとった。パートナーには大阪ガスやレオパレスがある。それぞれ顧客と濃い関係を築いており、例えばレオパレスは契約者にTV Stick付きのテレビが据え付けられた部屋を提供する。テレビと動画配信は「サービス」の位置付けだ。
TV Stickとそのリモコン。左のスティックをテレビのHDMIに挿すだけで使える(画像:BBM)
大阪ガスは検針などで個別のユーザー宅を訪問する。その際に、「Netflixで韓流ドラマが楽しめますよ」とTV Stickを勧める。東京圏に比べて遅れていたNetflixの普及が大阪ガスとTV Stickにより一気に進み、Netflix側も喜んだという。
福崎社長はこのTV Stickを「お弁当の箱」と表現する。動画サービス以外でも、保険関係や医療系など、載せたいサービスをピックアップして提供できる。
「日本初のFAST」もこのTV Stickで展開する。既存の利用者がいて、その上にFASTが乗っかる形。だから2つ目の疑問、今から普及させられるかで言えば、すでに顧客を持つ状態なのでゼロスタートではないというのが答えだ。よくできていると思う。
展開するチャンネルは、8月20日の正式スタート時には10チャンネル。「時代劇チャンネル」はスカパーやケーブルテレビに時代劇を提供する日本映画放送が運営する。「キャンプチャンネル」は、名古屋テレビが制作する人気キャンプ番組「ハピキャン」を軸に運営。JTBが提供する旅チャンネルや、YouTuber事務所UUUMが運営するエンタメチャンネルもある。
チャンネルは番組の権利を持つCP(Contents Provider)がBBMにポンと渡すのではなく、CP側がチャンネルの運営も託されチャンネルキュレーターと呼ばれる。動画配信サービスができるとCP事業者たちが番組を売ろうと動くものだが、この「日本初FAST」は番組を購入してくれるわけではない。
「ペットチャンネル」の画面。下のメニューからYouTubeなどに飛べるのもチャンネルキュレーターのメリットだ(筆者撮影)
パートナーがユーザーを増やし、チャンネルキュレーターが番組を流し、得られた広告収益をBBMも含めた3者でシェアするという、少々複雑だがユニークなビジネスモデルだ。パートナーとしては既存のレオパレスや大阪ガスのほかにも考えられる。
わかりやすいところではケーブルテレビ局が想定できる。契約者と直接つながっているのでTV Stickを勧めやすい。陰り始めた多チャンネルサービスに代わる商材になる可能性がある。TV StickにはFASTとは別に、医療サービスやECなどさまざまなサービスも搭載できるので、ケーブルテレビがユーザーに地域に根ざしたメニューを提供することも可能だ。
日本初のFASTはアメリカのFASTとはまた違う新しいサービスと言える。FASTと言っていいのかとも思うが、アメリカでもFASTの定義は曖昧になりつつあるので気にすることもなさそうだ。
「今さら感」の懸念もありつつも、今後に期待
ユニークなBBMのFASTだが、取材して懸念点も浮かんだ。
FASTは「好みのチャンネルを選べる」ことに価値があり、アメリカのFASTは1サービスに何百ものチャンネルがある。BBMは10チャンネルからのスタートだが、今後どこまで増やせるか。というのは、日本はアメリカと違って配信と放送で著作権が分かれており、また番組流通市場も存在しない。いまだに「放送型」から業界が脱却できていないのだ。そんな中で、チャンネルを増やすのはかなり難しいだろう。
活路として彼らが見いだしたのが、YouTuberだ。若い層を獲得するには、無理にテレビ番組を集めなくても、YouTuberのコンテンツでチャンネルを構成したほうがこの「日本初のFAST」に合うかもしれない。あらゆるジャンルのYouTuberがいるので、チャンネルはどんどん増やせそうだ。
もう一つの懸念は、TV Stickの「今さら感」だ。いま、テレビを買い換えると自動的にスマートテレビを使い始めることになる。テレビにほとんどの配信サービスが内蔵され、1つのリモコンでNetflixからTVerまでボタンを押せば楽しめる。リモコンを持ち替える必要があるTV Stickを日常的に使うかとの疑問がある。
これについて、BBMはすでにテレビメーカーと話を進めておりFireTVにも搭載されるそうなので、時間の問題かもしれない。
懸念点はあるが、私はこの日本初のFASTサービスに期待している。私好みのチャンネルができれば、Netflixに疲れたときに見ると思う。動画配信サービスは、まだまだ広がりがある領域だ。私の生活を楽しませてほしい。
(境 治 : メディアコンサルタント)