かつては「高い」「重い」「充電切れる」イメージだった電動アシスト自転車が、ここに来て人気を獲得している。その背景とは? なお、写真は電動アシスト自転車「ENERSYS compact」(写真:あさひ提供)

吹田、豊中、箕面。大阪の北部、北摂地域と呼ばれるこのエリアは「電動アシスト自転車天国」だ。筆者は結婚し、兵庫県からこの界隈に引っ越して13年経つ。当時から、子どもをのぞけば「1人1台」と言っても過言ではないほど電動アシスト自転車が普及していてカルチャーショックを受けた。しかしすぐに、坂の多さに辟易して合点がいったものだ。

ところがここ数年は、他地域でも電動アシスト自転車を頻繁に見かけるようになった。安くとも10万円を超える高級品が不景気の今、なぜ売れているのだろうか。全国536店舗の自転車店『サイクルベースあさひ』を展開する株式会社あさひに聞いた。

コロナ禍で爆発的に売り上げ増、3つの特徴的な支持層

あさひによると、電動アシスト自転車の販売が大きく伸長したのは、2020年からのコロナ禍だという。

バスや電車などでの移動が感染リスクが高いとされたため、通勤を自転車、それも「体力が温存できる」電動タイプに切り替える人が爆発的に増加した。これに伴い、それまで電動アシスト自転車に興味を抱かなかった層への認知が一気に広がったのだ。

【画像10枚】10万超でも販売堅調!「重い」「充電すぐなくなる」等のイメージを払拭し、普及を見せる電動アシスト自転車

販売のボリュームとしては、買い物、通勤、通学などに広く使える多目的タイプが最も多く、次いで子乗せタイプが多い

電動アシスト自転車の支持層、特徴的な3タイプ

購入するユーザー層はさまざまだが、なかでも選択する車種が特徴的なのが、共働きで就学前の子どもがいる夫婦、通学する学生、お年寄りである。彼らは、それぞれの目的に応じて電動アシスト自転車を選択している。

(1)共働きで就学前の子どもがいる夫婦

まず共働きで就学前の子どもがいる夫婦は、「子乗せ付き電動アシスト自転車」で通勤ついでに保育園、幼稚園に子どもを送迎する。朝送った後にいったん帰宅する余裕はなく、会社帰りにお迎え後は、そのままスーパーに寄ることも。すなわち、移動の時短と生活効率向上のために電動アシスト自転車が必須なのだ。

しかも、子どもを乗せた自転車は運転者の体重と合わせ、90〜100キロ近い重量になる。体力がないとかなり厳しいが、電動なら子を2人乗せ、颯爽と坂を駆け上がることも可能だ。このため『サイクルベースあさひ』には出産前、出産後に「子乗せ付き電動アシスト自転車」を購入すると決めて下見に来る夫婦が後を絶たないという。


ベーシックモデル「ENERSYS U」。簡単な操作性と、自転車本来の乗りやすさを追求しているという(写真:あさひ提供)

車で送迎すればいいと考える人もいるだろうが、そう簡単ではない。そもそも、通勤に車を使える人は限られている。また、保育園や幼稚園の周囲は子どもの飛び出しなども多く、先を急ぐ保護者の車との事故の危険性も高い。このようなトラブルを避けるため、車での送迎を禁止している園も多い。また、安全を考慮して自主的に車を選ばない保護者も少なくない。

このような背景から、小回りが利いて、「保育園の送迎から最寄り駅まで」などある程度の距離を走れ、安全に移動できる手段として、電動アシスト自転車が選ばれている。

(2)通学する学生

続いて学生も、電動アシスト自転車の大きな支持層だ。あさひによると、通学カバンが入れやすい前カゴ付きで、体力がある世代が毎日乗っても劣化しない頑丈なタイプがよく売れているという。

なぜ、通学の手段として、電動アシスト自転車が選ばれているか? その理由の1つは節約で、シンプルに、電動アシスト自転車に乗ることで交通費を安く済ませられる。「年間で計算すると、電動アシスト自転車を購入し、雨の日だけ電車やバスにするほうが出費が少ない」と判断して購入する親が一定数いるのだ。また、電動アシスト自転車なら、普通の自転車と比べて、勉強や部活、アルバイトの体力も温存できる。

通学に使用するのは大学生が多いが、校則で許可をされている学校では、中高生の利用者も増えているそうだ。特に、坂道が多いなど通学が大変な地域では、保護者の要望で校則が変わり、大量に購入者が発生することもあるという。


こちらは「ENERSYS Me」。通学カバンや部活動に必要な荷物を積んでも、パワフルな走りを実現するという(写真:あさひ提供)

(3)お年寄り

最後の支持層はお年寄りだ。意外だったが、「免許返納後の乗り物に選ばれているんです」と聞いて納得した。なかには、定年退職後に時間に余裕ができ、電動アシスト自転車でツーリングを楽しむ人も。電動といえども体を動かすため、健康維持に役立つし、平衡感覚の維持にもひと役買うだろう。

そして、シニア層には「高齢者向けらくらくスマホ」さながらの、シンプルで操作が簡単な電動アシスト自転車が喜ばれている。変速ギアの仕組みがよくわからなかったり、スピードを出すのが怖いと感じる人が多いからだ。あさひでは、自動で走行状態を判断し、アシストのパワーを切り替えてくれる変速ギアなしタイプが好評を博している。


こちらは「ENERSYS Life」。変速ギアがなく、電源を入れるだけでスマートにアシストしてくれるという(写真:あさひ提供)

これら3つが主な電動アシスト自転車の客層だが、スポーツ、フィットネス感覚で電動アシスト自転車を選ぶ層もいる。彼らは「スポーツeバイク」と呼ばれる、クロスバイクやマウンテンバイクのような形状の電動アシスト自転車を使用し、ヒルクライムや、旅先での長距離サイクリングに活用している。「自転車をこいでいる時間も余裕ができ、景色が楽しめる」と喜ばれているそうだ。

脱「ママチャリ」が追い風に

単なる移動手段ではなく、生活の利便性を上げたり、節約になったり、体力増進につながるなど、多様な選ばれ方をしている電動アシスト自転車。背景には、電動アシスト自転車そのものの進化がある。

電動アシスト自転車が日本に登場したのは1993年頃だ。当初はフレームの太い、いわゆる「ママチャリ」型のみだったが、近年、急速に進化を遂げている。モーターの小型化やアルミフレームによる軽量化などの進歩に伴い、フレームはスリムに。自転車市場でトレンドのコンパクトなタイプも生まれ、街で取り回しやすいフォルムになった。

【2024年8月07日11時35分追記】初出時、登場年度に誤りがあったため修正しました。

カラーリングも千差万別だ。あさひでは、全国536店舗の店を訪れる客のリアルな声と、トレンドをすぐに企画開発に反映。流行のニュアンスカラーやレトロカラーを取り入れ、スーツや普段着で違和感なく使えるモデルを用意している。色も形も、消費者がライフスタイルに合わせて選べ、幅広いシーンに「ハマる」スタイリッシュなモデルが次々に誕生しているのだ。

加えて、バッテリーが大容量化し、長距離走行も可能になっている。なかには1回の充電で100キロ走るタイプもあり、そうなると、よほどの長距離でなければ毎日乗っても充電は数日置きで済む。このため、格段に使い勝手もよくなっている。


大容量とコンパクトさを両立するように、バッテリーは設計されている(写真:あさひ提供)

見た目の変化、高性能化、軽量化。それらが、これまでは電動アシスト自転車を避けていた層に選択肢を提供し、ファン層の拡大をもたらしているのである。

電動アシスト自転車の売り上げは順調に増加

今回話を聞いたあさひの、2024年2月期の総売り上げは約780億円。このうち、電動アシスト自転車は約211億円を占めている。パーツなどをのぞいた「自転車」単体の売り上げとしてはもっとも多く、2025年の目標には、9億円上昇の220億円を掲げている。


2023年にオープンした、サイクルベースあさひ八熊店。「近所にある!」と思った人も多いのではないか(写真:あさひ提供)

この目標を掲げるのが順当と言えるほど、同社の電動アシスト自転車の売り上げは、右肩上がりを続けている。


全体に占める、電動アシスト自転車の割合増がわかる(編集部作成)

とはいえ、一般的な自転車が現在2万〜5万円程度なのに対して、電動アシスト自転車は少なくとも10万円、高ければ20万円以上する車体もある。昨今の物価上昇の影響を受けた「買い控え」も当然あり、あさひでもメーカー製の高級シリーズの売り上げの伸びは鈍化の傾向にあるそうだ。

だが、あさひは自社で企画から生産、販売までを統合したSPA(垂直統合型のサプライチェーンモデル)の仕組みを導入することで、価格の高騰を抑えている。オリジナルシリーズ『エナシス』は、10万9,000円〜12万7,000円(税抜)と比較的リーズナブルで、かつ、厳しい安全テストに合格したものだ。それが選ばれる理由となり、円安下でも売り上げを順調に伸ばしている。


サイクルベースあさひ夙川店(写真:あさひ提供)

話は、筆者が住む北摂地域に戻る。この地で暮らすひとりとして、「電動アシスト自転車がとても多い地域だ」と以前から感じていたが、あさひによると「全国で最も電動アシスト自転車の売り上げを支える地域」だという。ここまでは予想通りであるものの、「自転車全体に占める電動アシスト自転車の売上比率」が、全国平均の倍の数値だと聞いて、さすがに驚いた。

理由はもちろん坂道の多さだ。普及率は非常に高く、あさひの広報担当・古頭有沙氏は、「車1台+家族に1人1台電動アシスト自転車を所有する家庭がごく一般的だと感じています」と話す。

おそらく北摂地域の住人は、雨の日や休日の遠出には車、通勤や買い物は小回りが利く電動アシスト自転車、と用途に応じて乗り分けているのだ。そして、ほかにも電動アシスト自転車の売れ行きが突出して高い地域がある。例えば、神奈川県の川崎市など、坂道が多く、公共交通機関での通勤がスムーズではない住宅地があるエリアだ。

また、坂が少なくても需要が高い地域もある。たとえば大阪市内のように、道路に小さなアップダウンや橋が多い地域でも、電動アシスト自転車のニーズは高いそうだ。


こちらは「ENERSYS compact」のスイッチパネル。USBポート付きでスマホの充電も可能だ(写真:あさひ提供)

電動アシスト自転車はさらに普及していくのか?

市場調査会社『Mordor Intelligence』は、2024年の日本の電動アシスト自転車市場規模を9億9,000万米ドルと推定し、2029年までに17億8,000万米ドルに達すると予測している。予測期間中の年平均成長率は12.45%だ。この急速な市場拡大は、電動アシスト自転車が単なる移動手段を超えた存在になりつつあることを裏付けている。

しかし、このような成長には課題も伴う。例えば、都市部での駐輪場の確保や、交通ルールの整備、さらには電動アシスト自転車特有の事故防止対策などが急務となるだろう。他方、CO2排出量の削減や大気汚染の改善など、環境にプラスの影響をもたらす可能性も大いにありそうだ。


こちらは「ENERSYS CITY」。スポーティなデザインが通勤、通学に人気とのこと(写真:あさひ提供)

また、テクノロジーの進化により、より軽量で高性能な電動アシスト自転車の開発や、IoTを活用したスマートな利用システムの構築など、新たなイノベーションの余地も大きい。電動アシスト自転車は、今後ますます重要な役割を果たしていくに違いない。

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)