ユニクロの店舗には古着の回収ボックスが置かれている。なぜ古着を集めるようになったのか。マーケティングコンサルタントの北沢みささんが解説する――。(第2回)

※本稿は、北沢みさ『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■“自社ごと”として難民の情報を集めている

2023年3月5日の早朝7時半、UNHCR駐日事務所・民間連携担当官の櫻井有希子氏の元に、柳井正社長の指示を受けたファーストリテイリングの執行役員から電話が入る。「バングラのロヒンギャキャンプで火事があったようです。朝一で、被害状況と支援ニーズを調べてください」

この日バングラデシュ南東部コックスバザールにある少数派イスラム教徒ロヒンギャの難民キャンプで大規模な火事が発生していた。竹と防水シートでできたシェルターは次々と燃え広がり、約2000のシェルターが焼失、1万2000人が住まいを失うという大惨事だった。

これだけの規模の大事故であっても、このニュースが日本で大きく報道されることはなかった。そこで櫻井氏はUNHCR本部を通して、報道されていない情報まで入手し、急いで日本語に訳してユニクロ側に提供する。それを受け、ファーストリテイリングではすぐさま、自分たちに何ができるのかと議論に入る。

このスピード感と一体感が、ファーストリテイリングとUNHCRとの関係の緊密さを物語っている。

「ファーストリテイリングは、自社の事業のことと同じくらいの関心度と緊急度で、世界中の難民のことも情報収取されています。特に柳井社長は24時間働いているのではないか、寝ていないのではないかと思うほど、情報が早いですね。

そして、同じチームとして、何をすべきか一緒に考えることに時間を割いてくださる。私たちにとっては、資金の援助以上に、そのことが一番の支援だと感じています」(櫻井氏)

UNHCR民間連携担当官の櫻井有希子氏(『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』より)

■柳井氏が「難民問題は社会の損失」と考える理由

難民への支援について、社内でも柳井正社長のリーダーシップはことのほか強い。コンベンションでも月度朝礼でも、ことあるごとに難民問題に言及する。

「柳井社長は、『人として生まれてきたからには誰にでも夢があり、チャンスがあり、活躍できる場があってしかるべきで、難民問題は人的資本のロスだ』と常々言っています。

その機会が失われるということ自体が、その人自身の人生にとってのロスでもありますし、社会全体にとっても非常にマイナスなことだ、と。経営者としての問題意識が、難民問題に取り組む源泉になっていると思います」(広報部部長サステナビリティ担当・シェルバ英子氏)

ファーストリテイリング広報部部長サステナビリティ担当のシェルバ英子氏(『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』より)

「残念なことですが、難民は社会のバーデン(お荷物)だと思っている方が多いのではないかと感じています。難民の人たちはかわいそうではあるけれど、自分がそれを負担していくのはおかしい、それはその人たち本人の問題なのではないか、と思っている方が多いのではないでしょうか」(櫻井氏)

「柳井社長は、難民はバーデンではなく、アセット(資産)でしかないと捉えていらっしゃいますよね。一人ひとりの能力や可能性が光り輝いて見えているのだろうな、と感じます。

だから、世界中で1億人以上の人たちが自分のポテンシャルをフルに開花できない状態にあることを、本当に社会のロス(損失)として憂慮して、この地球規模のアセットをどうにかして活用できないかと考えておられます。難民を負荷ではないと明言される方は、経営者だけでなく、政治家でもなかなかいらっしゃいません」(櫻井氏)

■なぜユニクロは古着のリサイクルを始めたのか

ユニクロは2005年頃から海外進出を進めていく中で、世界で認められるブランドになるためには、経営としてCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)活動を事業活動の中に置き、経営の課題の一つとして捉えていかなければならないという思いを強くした。

同時に、それまでの社会貢献室がCSR部となり、取り組む内容も社会の課題を解決するという方向に大きく広がった。

CSR活動を促進していく中で始めた象徴的な活動が、全商品リサイクル活動への取り組みだ。それまでも、フリースのリサイクルは実施していたが、その対象をユニクロの全商品に広げたのだ。そして結果的に、全商品リサイクル活動を始めたことが、その後の難民支援につながっていく。

全商品リサイクルを呼びかける店頭ポスター(『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』より)

全商品リサイクル活動を始めると、実際に店頭で回収された衣類は、意外にもコンディションのいいものが多く、十分服として着用できるものが多かった。当初は、回収した衣類を燃料などに加工して再利用していたが、再度服として誰かに着てもらうことで役に立てることがあるのではないか、ということを考え始めた。

「困っている人に服が届けられて、喜んでいただけるのであれば、それが、私たちにとっては何より嬉しいことです。自分たちのブランドの服ですから、まだ着られる状態なのに捨てられる、というのではなくて、必要な人にまた着ていただけたら、これ以上ありがたいことはありません」(シェルバ氏)

一方、世界全体で見ると、まだまだ貧困の深刻化や戦争や紛争の長期化により、衣料不足が課題となっている地域がある。

そこで、国際協力に携わる団体のリストを作り、片っ端からコンタクトをとって、「服を寄贈したいが、ニーズのあるエリアはないか? どんなニーズがあるか?」と聞いて回った。

■古着の選別から輸送までをユニクロが担当

ところが、服が不足していることは事実だが、現地ニーズの確認、輸送コストやオペレーションなどの課題があり、どの団体もそこに取り組むことには二の足を踏んだ。むしろ現金を寄付してもらって、それを現地に渡して、現地で必要なものを手配してもらう方が効率的だというのだ。

コンタクトをとる予定のリストの一番下に、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の名前があった。

「当時はUNHCRの読み方もよくわかっていませんでした。国連難民高等弁務官事務所だなんて、敷居も高かったんですけれど、ここが最後の最後だと思って、勇気を振り絞って電話をかけました。すると、『服、全然足りていないんです!』と言われたんです。これでやっと前に進める、と胸が高鳴りました」(シェルバ氏)

難民支援物資の優先順位は、住居と水と食料が3本柱だ。しかし、避難生活が長引けば長引くほど、服が必要になってくる。そのことにUNHCRも気づいてはいたが、手が回っていなかった。お互いに「渡りに船」というタイミングでの出会いだった。

「ただし条件があって、服なら何でもいいわけではなく、コンディションのいいものだけを選別して、ある程度の分類がされていないと、支援現場でも無駄になってしまうこと、そしてやはり輸送のオペレーションやコストが課題であると言われました。

もちろん、そう言われるだろうことは予想していたので、選別も分類も輸送も、全部ユニクロでやります! と答えました」(シェルバ氏)

その後はユニクロとUNHCRで一緒に、大きいサイズ、小さいサイズ、半袖、長袖などのカテゴリー(現在では試行錯誤の末、18ものカテゴリーに分類されている)に分けて、暖かい国から寒い国まで、必要な人数に応じて届けられるような仕組みを作っていった。ここから、両者のパートナーシップが始まった。

難民キャンプでの衣料配付の様子(『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』より)

難民キャンプの女性たちに技術を伝えた

2022年11月9日、ファーストリテイリングとUNHCRは合同記者発表会を開き、バングラデシュ・コックスバザールにある難民キャンプで、ロヒンギャ難民の女性を対象にした自立支援プロジェクトとして、生理用の布ナプキンを生産・配布する活動への支援を始めたことを発表した。

難民の女性たちに縫製技術をトレーニングして、生理用の布ナプキンなどを生産。出来上がった製品をキャンプ内で配布することで、生活物資の支援となり、同時に、生産に携わった女性たちが報酬を受け取ることができる、という仕組みだ。

2017年のロヒンギャ危機から5年が経ち、難民キャンプでの生活が長期化している中での、新しい形の難民支援である。

ロヒンギャ難民への縫製技術トレーニングの様子(『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』より)

このプロジェクトも、過去にUNHCRコックスバザール事務所に派遣されたユニクロ社員が、難民キャンプでの女性の衛生面に課題があることを知り、現地NGOと共に行った活動がベースとなっているという。

また最近では、新型コロナウイルス感染症対策のためマスクの寄付(300万点以上)、ウクライナからドイツやポーランドに逃れてきた難民への支援(2022年の寄付金額11.5億円)、トルコ地震の被災者支援(100万ユーロ)などにも、UNHCRとユニクロが一緒に取り組んでいる。

難民問題は「社会的な人材の損失」である

先のファーストリテイリングとUNHCRとの合同記者発表会で、柳井正社長は、「これ(難民問題)は我々の問題でもある」「日本では、違う国の文化を受け入れてインテグレート(結合)していくことを、ほとんどの人が知りません。日本人が国際化する、異文化と一緒に生活する、そして仕事をする機会はあまりにも少なすぎた」と熱をもって話した。

そして、集まったメディアに向かって、「困っている人を助けることが、将来を助けてもらうことになるんです。服屋として何ができるか。世界がより平和になるように、みなさんのご協力をよろしくお願いいたします」と頭を下げた。

写真提供=プレジデント社
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長 - 写真提供=プレジデント社
北沢みさ『社会に良いことをする ユニクロ柳井正に学ぶサステナビリティ』(プレジデント社)

「柳井社長は、常々、難民問題を『社会的な人材の損失』と言っています。世界中でこれだけの人たちが、本来は経済活動にも参加でき、自分の人生を謳歌できるはずなのに、その機会を与えられていない。

そのこと自体が、その人の人生にとってもロスですし、社会全体にとっても損失である。だから、自分たちは難民支援をやっている、と。グローバルで大きな視点であると同時に、経営者としての視点でもあると感じます」(シェルバ氏)

事業経営をする以上、その事業を安定的に継続させていくことが第一の目標だ。逆に言えば、平和で安定した社会が維持されない限り、自分たちのビジネスも成り立っていかない。

ユニクロ難民支援に取り組むのは、グローバルに事業活動を行う企業として、経済基盤を作るために当然の帰結ということなのだろう。

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北沢 みさ(きたざわ・みさ)
MK Commerce&Communication代表
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。メーカー、テレビ局などを経て1999年ファーストリテイリングに入社。ユニクロの初代PRマネージャーとしてブランディングとPRを担当。2018年に独立後は、マーケティングおよびECのコンサルタントとして、小売・アパレル業界を中心に複数企業を支援中。
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(MK Commerce&Communication代表 北沢 みさ)