PJモートン(PJ Morton)の最新アルバム『Cape Town to Cairo』は、南アフリカ、ナイジェリア、ガーナ、エジプトのアフリカ4カ国を30日間かけて旅し、現地ミュージシャンとセッションを行い制作された意欲作。ソウル/R&B最高峰シンガーソングライターの歩みと最新モードを、音楽ジャーナリストの林剛に解説してもらった。

ゴスペルのバックグラウンドを持つR&Bシンガー/ソングライター。現代ニューオーリンズの音楽シーンを牽引するひとり。そしてマルーン5のキーボーディスト。グラミー賞で5度の栄冠を手にしているPJモートンについて端的に言い表すとこうなる。作品上で何度か共演しているスティーヴィー・ワンダーを彷彿させる瞬間も多いが、教会で音楽を始め、黒人鍵盤奏者としてロック系のバンドに参加した点では後期ビートルズをサポートしたビリー・プレストンにも通じている。

今やキャリアは20年を超え、2012年に正式加入したマルーン5のメンバーとしての知名度を生かしながら自身のソロ作も精力的にリリースしてきた。特に故郷ニューオーリンズに活動拠点を移した2016年以降、”ニューオーリンズ版のモータウン(Motown)”を目指した自主レーベルのモートン(Morton)を立ち上げてからの活躍は目覚ましい。ターニングポイントとなった2017年作『Gumbo』発表後は、ライブやホリデイ企画の作品を含めると、ほぼ毎年アルバムを出している。そして今年も6月にニュー・アルバム『Cape Town to Cairo』を発表した。現在43歳。特にこの10年近くは休む間もなく働き続けてきたという印象がある。


Photo by Cedric Tang

他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、客演の数も膨大だ。ロバート・グラスパーの『Black Radio2』(2013年)にソングライターとして、『Black Radio III』(2022年)にパフォーマーとして参加していたことを知る人も多いだろう。キーヨン・ハロルドの最新作『Foreverland』(2024年)に収録された「Beautiful Day」での客演も記憶に新しい。ニューオーリンズ繋がりでは、マーチング・バンドで有名なセント・オーガスティン・ハイスクールの後輩にあたるジョン・バティステの『We Are』(2021年)にトロンボーン・ショーティと「Boy Hood」に客演。ニューオーリンズのフッドでヒップホップを聴きながら育った青春時代を懐古していた。思えばPJも、マニー・フレッシュやジュヴィナイル、リル・ウェインといった地元の人気ラッパーたちを招いて自身の曲をニューオーリンズ・バウンスのスタイルで聴かせるミックステープ『Bounce & Soul,Vol.1』(2016年)を出していた。R&Bとゴスペルの軸は失わずに、ジャズやヒップホップを含めた様々な音楽に関わり、軽々とジャンルを跨いでいく姿は実に清々しい。アフリカやカリブ海諸国からの影響も含めて多種多様な音楽が交錯するニューオーリンズで育ったことによってヴァーサタイルな才能が育まれ、それが幅広い活動に繋がっているPJなのだ。

PJモートンの共演/客演曲を集めたプレイリスト(筆者作成)

定期的にライブ・アルバムをリリースしているPJは、ステージでのパフォーマンスにも定評がある。今年3月には恵比寿ガーデンホールで5年半ぶりにソロとしての来日公演も行った。リズムを支えていたのは、常連のエド・クラーク(Dr)やブライアン・コッカーハム(Ba)たち。PJが2000年代初頭に組んでいたフリースタイル・ネイション(クリスチャン系のオーガニックなソウル・バンド)時代からの仲間だ。セットリストとしては、2022年作『Watch The Sun』からの曲を軸に、『Gumbo』(2017年)や『PAUL』(2019年)の収録曲、BJ・ザ・シカゴ・キッド、ケニオン・ディクソン、チャーリー・ビリアルとの共同名義で出したサム・クック「Bring It On Home To Me」のカバー(2021年)などを披露。終盤は『Gumbo(Unplugged)』(2018年)に似た展開でチャーチとニューオーリンズのルーツをのぞかせ、多幸感と高揚感に包まれた日曜夜のショウは”夕刻のサンデー・サーヴィス”とでも言いたくなるものであった。2020年にはゴスペル・アルバム『Gospel According To PJ:From The Songbook Of PJ Morton』を出していたが、高名な牧師でゴスペル・シンガーとしても作品を残すビショップ・ポール・S・モートンを父に持つPJのステージにおける掌握力は父親譲りと言っていい。

#JAPAN!!! It was a great time with y'all! THANK YOU! #PleaseBeGoodTour pic.twitter.com/okABlY1DJc
- PJ MORTON (@PJMORTON) March 20, 2024

地元ではHBCU(歴史的黒人大学)として名高いキリスト教系私大のディラード大学で音楽のクラスを受け持つなどローカル・ヒーローとしての人気も絶大。現在ではニューオーリンズ音楽シーンの顔役としても知られるPJだが、学生時代にモアハウス大学に通っていた彼はアトランタでプロとしての音楽活動を始めている。同地では友人のインディア・アリーをはじめ、モニカやジャギド・エッジなどの作品に裏方として関与。自身のソロ・アルバムとしては2005年にリリースした『Emotional』が最初で、その後は”PJモートン・バンド”名義の作品も出しつつ、2010年にソロ2作目となる『Walk Alone』を発表した。高校の同窓生だったマック・メインが社長を務めるヤング・マネーから2013年に出したソロ3作目は、タイトルがズバリ『New Orleans』。ただし、この頃の活動拠点はLAで、同地ではメアリー・メアリーやスヌープ・ドッグでお馴染みのウォーリン・キャンベルと関係を深め、聖と俗を跨ぐミュージシャン同士の縁はその後も続いていく。が、アトランタやLAで音楽業界の悪しき慣習などに失望したPJはニューオーリンズに帰郷。インディペンデントの音楽家として再スタートして発表した最初のオリジナル・アルバムが、2017年の『Gumbo』だった。地元ラッパーのペルを招いた「Claustrophobic」(オリジナル・バージョンは2015年)は、”閉所恐怖症”というタイトル通り、居心地の悪かった音楽業界で閉じ込められるような恐怖と息苦しさを味わった経験をもとに書いた曲として知られている。

ルイジアナ州ボガルサにある名門スタジオ〈Studio In The Country〉で録音した2022年の『Watch The Sun』では、スティーヴィー・ワンダーやナス、ジル・スコット、エル・デバージ、クロニクスなど多数のゲストを招聘。作品のクオリティとともに業界内でのプロップスの高さを改めて証明した。そんなPJだけに、近年はCMや映画音楽での起用も目立つ。昨年は、テラス・マーティンが2021年作『Drones』でMr.トークボックスを迎えてリメイクした「Dont Let Go」(オリジナルはPJの『PAUL』収録)をiPhone 15のCMソング用にアレンジし、「Dont Let Me Go」として披露。今年公開されたNetflix映画『Shirley』では、サマラ・ジョイが歌うエンド・ソング「Why Im Here」をPJがプロデュースしていたことも話題になった。

直近のビッグな仕事としては、今年6月にフロリダのディズニー・ワールド・リゾートにオープンした新アトラクション「Tianas Bayou Adventure」のオリジナル・ソングの制作がある。そのうちのひとつが俳優/シンガーのアニカ・ノニ・ローズが歌うニューオーリンズ・ジャズ直系のオールドタイミーな「Special Spice」(シングルも配信)で、ソングライティングとプロデュースをPJが担当していた。アトラクションは、タンク・アンド・ザ・バンガスも影響を受けた2009年公開のディズニー・アニメ映画『プリンセスと魔法のキス』(音楽を担当したのはPJと同名のアルバム『Gumbo』を72年に発表していた故ドクター・ジョン)が題材。主人公のプリンセス=ティアナのモデルは、ニューオーリンズのトレメ地区にある老舗レストラン「Dooky Chases」の元オーナーでクレオール料理の女王と呼ばれたリア・チェイス。2019年に96歳の生涯を閉じたリアが作るガンボ(魚介類やオクラを煮込んだスパイシーなスープにお米を入れたルイジアナの名物料理)は地元の誇りであった。

クレオール料理は、かつてニューオーリンズを統治していたフランスやスペイン、フランスの植民地だったハイチ、そして西アフリカの食文化を混ぜ合わせたもの。その代表メニューであるガンボをアルバム・タイトルに用いたPJが、今度はクレオール料理のルーツにしてニューオーリンズ音楽のルーツのひとつであるアフリカに向かった。その成果が今回リリースした新作『Cape Town to Cairo』である。

昨秋、ライブ・ツアーのため30日間滞在したアフリカでゼロから曲を作るチャレンジを自らに課し、現地ミュージシャンたちとのコラボも行いながら完成させたアルバム。”ケープタウンからカイロへ”という表題どおり、訪れたのは、南アフリカのケープタウンおよびヨハネスブルグ、ナイジェリアのラゴス、ガーナのアクラ、エジプトのカイロといったアフリカの諸都市。これまであらゆるタイプのアルバムを作ってきたPJが、まだやったことのない企画として挑戦した文字通りの意欲作だ。

「アフロ・オーリンズ」な最新作、スティーヴィー・ワンダーとの共振

アメリカの黒人アーティストが祖先のルーツであるアフリカに赴いて楽曲を作るという試み自体は珍しいことではない。例えばロイ・エアーズ。79年末にナイジェリアの複数都市でフェラ・クティ率いるアフリカ70を従えてライブを行った流れでフェラとの共演作『Music Of Many Colours』(80年)を作り、その翌年にフェラとのナイジェリア体験をもとにしたリーダー作『Africa,Center Of The World』(81年)を発表したことは語り草だ。PJと音楽性の近いR&Bアーティストでは、ミント・コンディションのストークリーがガーナを訪問し、ハイライフとアフロビーツを繋ぐKiDiとのコラボ曲を含むアルバム『Sankofa』を2021年に出したことも記憶に新しい。近年はクリス・ブラウンをはじめとするR&Bのアーティストがウィズキッドらと共演し、タイラやテムズといったアフリカ勢の全米ブレイクもあって、アフリカとアメリカの音楽が最接近。PJはその流れに便乗したわけではないが、そうした気運が高まりつつある中での今回の新作『Cape Town to Cairo』となる。

何の準備もせずに現地で作ったアルバムは、アフリカに足を踏み入れたアメリカ黒人として初めて経験する驚きやハプニングを直感的かつ自由奔放に表現。アフリカ音楽を意図的に取り込もうとしたのではなく、どの楽曲も偶発的に生まれた。結果として大半の曲がアフロビートやアフロビーツに寄ったものとなったが、本人としてはニューオーリンズ出身者の視点でアフリカ音楽とソウル・ミュージックとの接点を探り、アフリカの音楽がニューオーリンズ・ジャズなどの創成にどれだけ影響を与えたか、アフリカン・ディアスポラの視点で改めて示したかったというニュアンスの発言をしている(※本稿ではNPRのスコット・デトロウ氏とGrammy.comのモーガン・イーノス氏のインタビューを参照)。その意味では、アプローチは違うがビヨンセの『Cowboy Carter』(2024年)と似たメンタリティで作られたアルバムと言えるのかもしれない。

最初に降り立ったのは南アフリカのケープタウン。そこで創作/録音したのがアルバムのラストを飾る「Simunye(We Are One)」だ。同国のソウェト・スピリチュアル・シンガーズのコーラスをバックに歌った讃美歌風の清美なバラード。地元民からの歓迎ムードの中、「アフリカが自分を待っているかのような気持ち」になり、ケープタウン出身のソウル〜フュージョン系シンガー/ギタリストのジョナサン・バトラーの助言もあってリラックスして無心でピアノに向かったということで、幸先のいいスタートだったのだろう。曲の雰囲気は違うがスティーヴィー・ワンダーが南アのコーラス・グループであるレディスミス・ブラック・マンバーゾを従えて歌った「Take The Time Out」(95年作『Conversation Peace』収録)が一瞬頭をよぎる曲でもある。

旅の最終地となったカイロでは曲の仕上がりを確認した程度だったようだが、とりわけ濃密な時間を過ごしたのがナイジェリアのラゴス。それは同地で作った曲の充実ぶりからも伝わってくる。バンド仲間のエド・クラークとブライアン・コッカーハムと共作したアルバム冒頭の「Smoke and Mirrors」がまずファンキーでパーカッシヴなアフロビートで、ホーン・セクションが活躍する血湧き肉躍るようなこれはフェラ・クティを思い出さずにいられない。と同時に、PJのファンであれば『Gumbo』での「Sticking To My Guns」を思い出すかもしれない。アフリカ的でありながらニューオーリンズの感覚もあるこの「Smoke and Mirrors」は、今回のアルバムのテーマを象徴する曲とも言えそうだ。

PJはインタビューで次のように答えている。

「ナイジェリアのラゴスにいた時にホーン奏者たちの演奏を見て故郷(のブラスバンド)を思い出し、ガーナでハイライフを聴いた時にはセカンドラインのような気がした。それに、ジョロフ・ライス(西アフリカのコメ料理)を食べたら地元のジャンバラヤを思い出した。彼らアフリカの”バージョン”があったんだ。ニューオーリンズ出身の自分としては、食べ物、音楽、ストリートでの踊り方、お祝いの仕方など、本当にたくさんの繋がりを発見したんだよね」(NPRとGrammy.comのインタビューを要約)

その発見が創作の糧となった。”繋がり”には奴隷貿易の拠点であったラゴスをアメリカにおける奴隷売買の一大拠点であったニューオーリンズの出身者が訪れたという、負の歴史の再確認も含まれる。だからこそゴスペルが生まれ、それがソウル・ミュージックへと発展したという、頭では理解していた事実を現地に赴くことで体感し、魂に火がついた。そんな思いを彼のインタビューから読み取ることができた。

ラゴスではファイヤーボーイDMLとも邂逅。それがアフロビーツ〜アフロポップな「Count on Me」で、もともとPJが側近のレジナルド・ニコラスJr.らと作っていた曲にファイヤーボーイが新たなリリックを加えたという。20分で書き上げたというファイヤーボーイのヴァースが「君をひとりにはしない。僕を頼って」というポジティヴな歌を勢いよく後押しする。また、そのファイアーボーイやウィズキッド、バーナ・ボーイ、シーケイなどを手掛けてきたナイジェリアの気鋭P.Priime(「ピィ!」というプロデューサー・タグでもお馴染み)と組んだのが、過日の来日公演でも披露したアフロビーツの「Please Be Good To Me」。PJはこれを「セクシーなラヴソング風でありながらアフリカに話しかけているような曲」だと語っている。

そんなラゴス滞在で最も大きな収穫だったのが、「Who You Are」で共演したマーデ・クティとの出会いであったことは想像に難くない。PJが「アフリカ音楽全般に目を向けさせた最初の人物」と評する故フェラ・クティの孫で、父親はフェミ・クティ。ちょうどラゴスに着いた日がフェラの誕生日で、その翌日にスタジオでマーデとで出会ったというから、”呼ばれていた”のだろう。マーデはハイライフの伝統を受け継ぐアフロビート新世代で、2021年に『For (e) ward』でアルバム・デビュー。この「Who You Are」にもマーデのカラーが反映されている。それに続く「Thank You」はラゴスの空気を吸いながらアフロビートとアフロビーツの中間点を探ったような曲で、盟友ブライアン・コッカーハムと一緒にPJ流のアフロポップを完成させた。

パリ生まれでラゴス育ちのナイジェリアンであるシンガー/ソングライターのアシャが歌い、南アのンダボ・ズールーがトランペットを吹いた「All the Dreamers」はアフロ・キューバンにインスパイアされたラテン調のダンサー。どことなくスティーヴィー・ワンダーの「As」(76年)を連想させ、PJのスティーヴィー・フォロワーぶりを改めて実感する。バラード「I Found You」にいたっては直球のスティーヴィー路線で、これは『Watch The Sun』に収録されていても違和感がない。そのスティーヴィーといえば70年代から事あるごとにガーナへの思いを語っており、今年5月、74歳の誕生日にガーナの市民権を授与されたというニュースがひっそりと報じられた。偶然とはいえ、そんなアフリカンなトピックでもシンクロするPJとスティーヴィーなのであった。

ストリングスが美麗な「Home Again」も過去のアルバムに入っていそうなバラード。これをPJと共同制作したのはザ・ケイヴメン.のふたり。キングスリー・オコリエとベンジャミン・ジェイムズからなるナイジェリアはイモ州出身の血縁同志による新世代ハイライフのデュオで、2021年のアルバム『Love And Highlife』ではマーデ・クティと共演した「Biri」という曲も披露している。彼らはこの7月からロンドンでスタートするPJの新作ツアー〈Cape Town to Cairo Tour〉にゲスト・アクトとして同行予定。そのツアーでPJが率いるバンドはアフロ・オーリンズを名乗り、フェラ・クティの精神を受け継ぐというこのバンドで千穐楽となる11月末のニューオーリンズ公演まで走り抜く。まさに”アフロ・オーリンズ”な曲が並ぶのが、今回の新作『Cape Town to Cairo』なのである。


PJモートン
『Cape Town to Cairo』
発売中
再生・購入:https://music.empi.re/capetowntocairo

※参考資料
●On 'Cape Town To Cairo,' PJ Morton Connects New Orleans To The Motherland - One Day At A Time
●PJ Morton talks new album 'Cape Town to Cairo'