何もしないと無自覚症状からあっという間に命を落としてしまう…熱中症の兆候を逃さない1日3度のプチ習慣
※本稿は、天野篤『60代、70代なら知っておく 血管と心臓を守る日常』(講談社ビーシー/講談社)の一部を再編集したものです。
■体温測定を毎日の習慣に
心臓にトラブルがある人は、熱中症になると重症化しやすい傾向があります。ここ数年、9月になっても急に気温が上がると熱中症を招くケースが少なくありません。引き続き注意が必要です。
このような熱中症の高リスクの人はもちろん、健康な人でも、まずは熱中症にならないことが大切です。そのための対策として、とても効果的なのが「体温測定」です。
熱中症というのは、大量の汗をかくなどして体内の水分が失われ、それ以上は汗をかけなくなって体温を下げることができなくなり、さまざまな臓器に障害が起こる病態です。個人差はありますが、一般的には体温が37.0度以上あるときは危険性が高まるとされ、体温が39度以上あるときは脱水が深刻で危険な状態といえます。脳の温度はそれ以上になることもあり、思考停止状態になるケースさえあります。いうなれば、意識もうろう状態です。つまり、体温の上昇が熱中症の「サイン」になるのです。
■1日最低2回、できれば3回…
熱中症から命を守るためには、1日に最低2回、できれば3回は体温を測る習慣をつけることをおすすめします。持病がなく健康な人が気温の高い環境で行動する場合、1日に何度も体温を測ってみると、状況によってかなりの変化があります。私は耳の中のもっとも高い鼓膜の温度を測定できる耳式体温計を使っていて、今は右耳が36.0度、左耳も36.0度です。衣服を脱ぎ着することなく測定できるのでとても便利です。
私の場合、何かしら考えて整理しながら会話している状況では右側が高くなります。英語の論文を書いていると逆に左側のほうが高くなり、体を動かしているときはもっと極端に左右の耳で体温差が表れます。それくらい、体温は自分の体の状態を反映してくれるのです。
熱中症を予防するためには、脳や内臓といった体の内部の温度(深部体温)を測れるわきの下、口(舌)、耳、直腸などの場所で測定し、普段の体温よりも高くなっているときは、まずは首元など太い血管が通っているところを冷やしましょう。
■1日1リットル以上の水を必ず飲む
そのうえで、よくいわれていることですが、水分を補給します。大切なのは「排出された分を補充する」と意識することです。一般的な体重の人は1日に1リットル程度の水分を尿として排出しています。ですから、まずは最低でも1日1リットルの水分を食事以外から摂取する必要があります。いっぺんに1リットルの水分を補充するというわけではなく、起床時にコップ1杯の水を飲み、三度の食事の際も必ずコップ1杯の水をとるといったように、「生活のなかの行動に合わせて、必ず水を飲む」という習慣を身につけましょう。
これだけでも極端な脱水になるリスクは減りますが、それでも暑さで体温が上昇している場合は、汗の量に応じて30分に1回程度を目安に水分補給するといいでしょう。
また、大量に汗をかくと水分だけでなく塩分も失われますから、その場合はたとえば、「OS-1(オーエスワン)」など、市販の経口補水液が理想的です。いっぽうでアルコールやウーロン茶は利尿作用が強いので、脱水につながり逆効果になります。
■熱中症は無自覚に進行する…
こうした自分の体の状態を正常なほうへ戻す対策は、「体温が上がってきているな」とわかった段階で行うのが重要です。熱中症になってしまうと、理解しているはずの行動ができなくなってしまうからです。
私も以前、身をもって経験しました。夏の暑い日差しの下、ゴルフのラウンド中に熱中症になりかけたのです。自分ではよく覚えていないのですが、バンカーに打ち込んでしまったボールを出そうとスイングした際、何度も空振りをし、妙な打ち方を繰り返していました。するとキャディーさんが近寄って「具合が悪くありませんか?」と尋ねられました。
そのひと言で「あれ? 何やってるんだろう」と我に返り、ひとまずバンカーからの脱出に成功しました。ただ、そのホールが終わると、近くにある休憩所で15分ほど休みながら体を冷やすように言われ、水分も補給。これで、その後はいつものようにプレーすることができるようになりました。たしかに、熱中症になりかけていたのです。
熱中症になる人は自分が熱中症だとは思っていません。これでは、体を冷やしたり水分補給したりできませんから、体温を測って上昇していたら、その段階で手を打つべきなのです。
心臓トラブルをはじめ基礎疾患を抱えている人は、健康な人に比べると“手を打てるまでの時間”が短いといえるので、なおさら注意しなければなりません。だからこそ、熱中症のサインになる体温の測定はより重要になります。ただし、心筋梗塞や心臓弁膜症などで心機能が低下している人は、水分をとりすぎると心不全につながります。こまかい調整が必要なので、万が一に備えて医師に確認しておきましょう。
■古いエアコンはアレルゲンをまき散らす…
さらに健康維持のためには、「室温=環境温度」を適切に整えることもとても重要です。現代人の多くで問題になっている睡眠不足や便秘を改善するためにも、環境のよいところに身を置くようにすることが大切になります。
そのための手段として、風通しをよくするために、古くは網戸、近年ではエアコンが主流で活躍しています。心臓にトラブルを抱えていたり、薬をいくつも飲んだりしている人は、とりわけ体温の管理や体液のバランスを維持することが重要で、それらを安定した状態で管理するにはエアコンを適切に使って室温=環境温度を整えることがとても大事になります。
ただし、エアコンを正しく活用する際にはいくつか注意点があります。まず、古いエアコンを使っている場合、フィルターの劣化や掃除が不十分になり、アレルゲンをまき散らしてしまうケースがあります。私自身、アレルギーによって、築年数が古い施設に赴くと頻繁にくしゃみが出る傾向があります。
■臓器や血管にダメージを与えるアレルギー
アレルギーは、体内にアレルゲン=異物が入ってきたときに排除しようとする免疫反応が過剰になり、体にとってマイナスになる症状を引き起こす状態です。アレルギー反応によって体のどこかで炎症が生じると、放出されたサイトカインが全身の臓器や血管にダメージを与え、動脈硬化を促進したり、血栓ができやすくなったりします。
また大動脈で炎症を起こしている部分があると、免疫細胞を活性化させるサイトカインの影響によってさらに炎症が進み、動脈瘤が急激に膨れて突然死を招くケースもあります。ですから、心臓疾患をはじめ病気をいくつも抱えている人は、経済的に大きな負担にならないようなら、温度管理だけでなく空気清浄機能を備えた新しいタイプのエアコンを使うことをおすすめします。
■体温と室温の差は10度以内に…
2つ目の注意点は、エアコンで急激に体を冷やさないようにしてください。たとえば気温が高い屋外から帰宅した際など、エアコンの風量を「最強」や「急冷」「パワフル」などに設定するのは避けましょう。
われわれの体は体温と環境温度の差が10度を超えると、生体の状態に支障を来し得るとされています。たとえば心臓手術を行う際、患者さんの深部体温(脳や内臓といった体の内部の温度)が37度とすると、人工心肺装置を使って血液を冷やしてから体に戻す場合、血液の温度差は10度以内にとどめます。それ以上、温度差があると、血液の成分が壊れるなどさまざまな問題が起こってしまうからです。
深部体温が37度弱でエアコンの設定温度を20度とした場合、17度の温度差があります。深部体温は体の表面の温度よりも高いので、エアコンで急激に室温を冷やすとしても温度差は10〜15度程度にとどめましょう。そのうえで、徐々に体が冷えてきたなと感じたら、設定温度を27度くらいまで上げるのがいいでしょう。
心臓にトラブルがあったり、薬をいくつも飲んでいる人は、急激に体を冷やすとさらにリスクが高くなります。血管が一気に縮まって血圧が急に上昇したり、血管が痙攣を起こしたような状態になって冠動脈の血流低下を招くケースもあります。「急激な変化」を避け、自分が身を置く環境の管理はゆっくり行うように心がけてください。
■就寝時のエアコンが命を守る…
3つ目の注意点は就寝時のエアコンの使用です。心臓はもちろん、健康維持のためには睡眠が何より大切です。自分が睡眠をとりやすい環境をつくるためにエアコンを使うのです。一般的に、真夏の就寝時は「少し高めの温度設定にし、エアコンをつけっぱなしにして就寝するのが望ましい」とされています。
細かいタイマー設定ができるなら、気温が下がる深夜はオフ、気温が上がる時間帯に合わせて自動的にオンになるように設定するのもいいでしょう。自分が夜間にリラックスできる環境温度を探し、エアコンを利用してそれをつくるパターンを学んで実践するのです。
エアコンは、近年の温暖化による環境温度上昇の下では健康維持のために重要な家電です。とくに、いくつも薬を飲んでいる人は、適正に使用することが求められます。薬というのはだいたい飲む時間が決まっているものです。服薬して一定の効果を出すためには、それに合わせて自分の体の“条件”を整えておかなければなりません。薬の効果をきちんと発揮させるには、睡眠環境を含め、食事、排泄、水分量などをきちんと保つことが欠かせないのです。
生体の不感蒸泄(ふかんじょうせつ)(=吐く息や、皮膚などからの自然な水分喪失)などみずから意識できない生体変化が、ときには重篤な疾患の発症のきっかけにさえなります。ですから、エアコンは「自分を守ってくれる電化製品」であると見直すことが必要です。
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天野 篤(あまの・あつし)
心臓血管外科医
1955年、埼玉県蓮田市に生まれる。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)、新東京病院(千葉県松戸市)などで心臓手術に従事。1997年、新東京病院時代の年間手術症例数が493例となり、冠動脈バイパス手術の症例数も350例で日本一となる。2002年7月より順天堂大学医学部教授。2012年2月、東京大学医学部附属病院で行われた上皇陛下(当時の天皇陛下)の心臓手術(冠動脈バイパス手術)を執刀。心臓を動かした状態で行う「オフポンプ術」の第一人者で、これまでに執刀した心臓血管外科手術数は1万例を超える。主な著書に、『熱く生きる』『100年を生きる 心臓との付き合い方』(オンデマンド版、講談社ビーシー)、近著に『若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方』(講談社ビーシー/講談社)、『天職』(プレジデント社)がある。
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(心臓血管外科医 天野 篤)