取材をきっかけにして世間とのギャップが露呈し、企業の姿勢を問われる事案は珍しくない(写真:zenpaku/PIXTA)

経済ドキュメンタリー番組で紹介された、大手ゼネコン社員の「寝坊」が、SNS上で話題になっている。

現場監督に任命された若手社員が、寝過ごして会議を欠席。しかし上司に謝罪する前に、朝食をとったことにより、別部署の社員から注意を受ける――。一連の様子がX(旧ツイッター)などに拡散され、安全管理や企業広報の観点から「炎上」しつつある。

テレビ番組の密着取材をきっかけに、企業の姿勢を問われる事案は珍しくない。その背景を考察してみると、ドキュメンタリー番組の特性を知ることと、企業側が「世間とのギャップ」にどれだけ気づいているかが、炎上につながるかどうかの分かれ道となるように思える。

大手ゼネコン社員の「寝坊」でSNSが炎上

いま注目されているのは、2024年1月5日放送の「日経スペシャル ガイアの夜明け」(テレビ東京系)。日本最大級の洋上風力発電所の建設現場で、入社4年目ながら現場監督の1人に任命された、清水建設の女性社員(26歳)への密着取材が特集されていた。


(画像:テレビ東京公式YouTubeチャンネルより)/外部サイトでは写真をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

この社員はこれまで本社勤務だったが、初めて現場に配属された。27人いる現場監督の一員として、風車建設のスケジュールや安全を管理する立場だ。そして、世界最大級の洋上風力作業船に約1週間乗り込み、残り2基の風車建設を命じられる。

しかしある朝、早朝の定例会議を欠席してしまう。終了10分後に寝室を出て、「寝坊しました」。食堂で朝食をとってから、事務所へ顔を出した。上司である工事主任は「気をつけてください」と一言のみだったが、広報担当者が代弁する形で「遅刻したら、飯を食う前に上司に謝りに来い」と叱責した。

このシーンは、1時間番組のうち、わずか3分ほど。その後は、工事主任から汚名返上のチャンスを与えられ、予期せぬトラブルに巻き込まれながらも、最終的には完成にこぎ着ける――といった内容で、番組を通して見ると、「若手社員の成長物語」といった印象を残す。

そんな番組が、放送から1カ月半ほどたった2月中旬、炎上の様相を呈し始めた。突如キャプチャー画像がSNS上に拡散されたのだ。安全管理がなにより求められる建設会社において、現場監督の重責を担う人物が寝坊することそのものに加えて、カメラの前で叱責した広報担当者の是非も問われている。切り取られて、文脈がわからなくなった結果だろう。

SNS上では「肝が据わっていて良い」といった好意的な声から、「現場を軽視する姿勢は許せない」「なぜ放送できると判断したのか。内容を確認するべきではないか」といった批判まで、さまざまな反応がうずまいている。

カメラを通すと、どう見えるか

なぜ、ここまで炎上してしまったのか。

ひとつは「ガイアの夜明け」が報道番組として位置づけられている点が考えられる。取材先の不利益になる内容でも、実際に現場で起きたことであれば、リアルな光景をそのまま流す。それがドキュメンタリーだ。

番組公式サイトには、「あくまで報道番組の視点から番組が独自に取材対象の選定にあたっています」との一文がある。事実、これまでも「アリさんマークの引越社」の長時間労働や、「レオパレス21」の施工不良など、CMを大量出稿している企業にも、するどいメスを入れてきた。

カメラがとらえた事実が、忖度なく流される前提の上で、さらなる炎上要素となるのが「社内外の温度差」だろう。場合によっては「業界内外の温度差」になることもあるが、「中の人」としては当たり前だと感じている商慣習や社内風土でも、一般社会に照らすと非常識にあたる場合は少なくない。

報道と温度差の2要素によって、世間とのギャップが可視化される。ガイアをめぐっては、こうしたケースが珍しくない。

有名なのが2017年に紹介された、キリンビール社内の飲み会だ。販路拡大を求められる営業担当者が、先輩の説教に涙する様子に「パワハラではないか」との指摘が相次いだ。

営業部隊には、一般的に体育会系のイメージがある。また、キリン回が放送された6年前であれば、いまほどハラスメント意識は高くなかった。それでもパワハラだと受け取られ、炎上してしまったのは「カメラを通すと、どう見えるか」を予測できていなかったことに他ならない。

ガイアや、姉妹番組といえる「日経スペシャル カンブリア宮殿」などの経済ドキュメンタリーは、会社ごとに異なる企業風土を「社員・経営者のふるまい」から浮き彫りにして、それぞれの「社内での当たり前」と一般常識をすりあわせることで、面白みが出てくる番組スタイルだ。

毎週のようにSNSで話題になる「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)も、取材対象がビジネスパーソンかどうかの区別はあるが、ガイアと同じ構図だ。登場人物と世間とのギャップをつぶさにとらえ、ドキュメンタリーとしてコンテンツ化することで、人気番組になっている。

とはいえ、筆者は別に「世間とのギャップ」を否定したいわけではない。とくに経済界においては、むしろギャップがあるからこそ、そこに商機が生まれる。常識にとらわれず、トガっている企業でないと、高みを目指すのは難しいだろう。

一般社会との温度差を認識できているか

ただ、その際にカギを握るのは、一般社会との温度差を認識できているかだ。自覚したうえで、客観的な見られ方を考慮しつつ、あえて我が道を行くのであれば、それはそれでアリだ。

しかし、無関心なまま向き合わなかったり、気づいていても対策をとらなかったりすると、いざという時に、どこから石を投げられるかわからない。

一般論として、社内における「べき」論が強くなればなるほど、組織としての結束は高まる。社訓なり服務規定なりを設けて、それに沿って従業員が動けば、企業風土の定着も図れるだろう。だが、ひとたび「井の中の蛙」になってしまえば、世間とのギャップが落とし穴になる。

そして報道には、ずるい側面もあることを忘れてはならない。取材対象からの干渉は排除する一方で、編集によって、いかようにも味付けできるのだ。同じ「カメラを通したリアル」を届けるのでも、BGMやナレーションの声色、テロップのフォントや配色などが異なれば、受け手の印象も変化する。

今回についても、拡散されているキャプチャー画像と、実際の映像を見比べると、印象は大きく変わってくる。広報担当者による苦言も、テロップでなく声で受け取ると、部署を離れた「人生の先輩」として言ったように感じるのだ。

企業の窓口としては、どこか「言うとマズいよな」と思いながらも、いま言わないと意味がない。つまり、世間とのギャップを認識しながらも、「あえて」叱ったのではないか。声のトーンから、そんな葛藤を感じたのは、筆者だけだろうか。

また、「気をつけてください」と一言のみだった上司も、さまざまな思いがありながらも、熟慮の末にのみ込んだようにも見える。

そもそも清水建設の立場を考えれば、洋上発電の大プロジェクトを全国にアピールできる格好の機会だ。ちょっと不都合なシーンが流れたとしても、それ以上のリターンが得られる。てんびんにかければ、メリットのほうが大きいだろう。そう考えると、少なくとも放送時点では、テレビ東京と清水建設はWin-Winの関係性と言える。

若手社員へのケアが今は重要だ

それだけに心配なのが、若手社員のケアが十分になされるかどうかだ。これから現場監督の道を進んでいくうえで、各地で「寝坊の子だ」と指をさされ、職人からもナメられるおそれがある。ひとりに負わせるリスクとしては大きすぎやしないか。

顔や名前を出して、取材に応じたのは彼女自身だ……と言えばそれまでだが、企業に所属している以上、上司や関係各所から要請されれば、なかなか断りづらいはずだ。また取材当時は前向きだったとしても、意図せぬ形で炎上したことにより、後悔している可能性はある。

後進にも影響が出かねない。たとえば今春の入社を控えた内定者は、新生活の不安に加えて、ネガティブな企業イメージを抱くことになる。この炎上は「避けられた炎上」だっただけに、なおのこと残念に思える。

社内の理屈ではなく、対外的にどう見られるか。その視点を持たない限り、ドキュメンタリー取材に手を出すのは、あまりオススメできない。ときには「広告出稿していたほうが安かった」と思うような代償を払わされてしまうのが、「報道」の魔力なのだ。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)