マレーシア・ボルネオでの森林伐採。生物多様性の宝庫が失われている(ddp/アフロ)

脱炭素経済をめざすことが世界標準となった現在、多くの企業が自社や自社製品のカーボンニュートラルの取り組みを競うように宣伝している。気を付けなければならないのが、その宣伝が「グリーンウォッシュ」(偽の環境配慮)だと非難されるリスクだ。欧米では着々とグリーンウォッシュを取り締まる法制化が進んでいる。

特に気を付けるべきは、温室効果ガス排出ネットゼロやカーボンニュートラル宣言をしながら、自社での温室効果ガスの削減努力で達成するよりも、カーボンクレジットを買って自社や自社製品の排出量をオフセット(相殺)することだ。それを安易に行うと、グリーンウォッシュだと非難されるリスクが高い。

科学的根拠に基づいて二酸化炭素(CO2)の削減を進めていくためには、2030年に向かってはまずは自社の排出量を企業努力によって半減させていくことが最も重要だ。このことは、前編の記事を参照してほしい。

それでは、カーボンクレジットはすべてダメなのかというとそうではない。国際的なスタンダードとして推奨されている高品質のクレジットは存在する。

グリーンウォッシュ回避で頼れる国際イニシアティブ

そもそもクレジット取引は気候変動問題に関するパリ協定第6条で正式に定められている市場メカニズムの一つでもある。しかし何をもって高品質のクレジットとなるかを理解することはなかなかに難しく、クレジット認証機関から認証を受けているクレジットならばよいだろうと安易に手を出すと痛い目にあってしまう。残念ながら、認証機関の質は玉石混淆だからだ。


そこで役に立つのが、カーボンクレジットをめぐる国際イニシアティブの最新動向を知っておくことだ。

日本には国際的に流通が認められた公的なクレジット制度はまだ存在しないから、必然的に国際イニシアティブが定める基準が事実上のグローバルスタンダードとなる。

その最たるものが、2022年末に国連のグテーレス事務総長が主導して専門家グループから発表されたネットゼロ提言書だろう。これはネットゼロを標榜した企業が守るべき10の要件を示している。

そのうえで民間クレジットに関して知っておくべき国際イニシアティブは2つある。

1つはイギリス政府などの主導で発足した「自主的炭素市場イニシアティブ」(VCMI)。これは温室効果ガス排出ネットゼロを主張したい企業のためのガイダンスであり、いわばクレジットの需要側の企業が守るべき基準だ。

もう1つが、マーク・カーニー元イングランド銀行総裁が立ち上げた「自主的炭素市場のための環境十全性評議会」(ICVCM)。こちらはネットゼロのために使ってよい高品質クレジットの要件を示しており、クレジット供給側の基準だ。

クレジットを使う前に満たすべき前提条件

国連ネットゼロ提言書を含めてこれらのイニシアティブは、世界の機関投資家が企業の評価に使う基礎的ガイダンスとなるので、グリーンウォッシュを避けたいと考える企業は必ず知っておくべきだ。

横文字の省略形ばかりでうんざりするかもしれないが、これらの国際イニシアティブは相互に関連している。カーボンクレジットによるオフセットも使ってカーボンニュートラルを実現したいと考えている企業は、これらの国際イニシアティブの示す基準を勉強してから取り組もう。


国連専門家グループによる提言書を含む、これら3つのイニシアティブが共通して強調していることを見ていこう。

クレジット需要側のガイダンスであるVCMIを例に取ると、ネットゼロを標榜する企業は、まず前提条件を満たさなければならない。

1つ目は、国際標準である「GHGプロトコル」(温室効果ガスの排出量の算定基準)に沿って自社の排出量を算定し、開示することだ。

2つ目が、パリ協定の目標である1.5度に気温上昇を抑える道筋として、2030年までに自社の排出量をほぼ半減し、遅くとも2050年までにネットゼロにする目標の設定だ。

そして3つ目は、設定した目標に沿って着実に削減できていることを示すこと。

4つ目は日本企業にはあまりなじみがないかもしれないが、自社が脱炭素に野心的な政策(炭素税の強化など)を支持しているかどうか、そして政府がこれら野心的な政策を導入しようとしている場合にそれを妨げようとしていないか、を問うことだ。

TCFDへの賛同はなぜ重要なのか

「これらの前提条件を満たして初めて、企業はカーボンクレジット等を検討するべき」と示されている。

しかし、これらの前提条件を満たすことは簡単ではなく、どうやって実施するかで頭を抱える企業も多いだろう。そのために必要なガイダンスを提供する国際イニシアティブへの参加が奨励されている。

1つ目はCSRやESG部門の担当者にとっておなじみの国際組織CDPや、東証プライム上場企業にとって事実上の必須であるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言がある。

前者のCDPは、企業が環境情報を開示し、気候変動に対する取り組みを評価・共有する国際的なイニシアティブ。後者のTCFDは、気候変動に関連する金融情報の開示を促進し、企業や組織が気候リスクと機会について透明かつ一貫した情報を提供するための国際的な枠組みだ。

これらに沿って自社の取り組みを評価し、開示すれば、きちんとグローバルスタンダードにのっとった開示になるので安心だ。

そして2つ目には、科学に沿った削減目標を持つことを承認するSBTi(Science Based Targets Initiative:科学に沿った目標設定イニシアティブ)がある。

SBTiでは企業の取り組みがパリ協定の目標に科学的に沿っているか評価し、承認するので、SBT認定を取得しておくと、機関投資家の評価も受けやすい。

この前提条件を満たしたうえで、ようやくカーボンクレジットの検討に入ることになる。その際、どんなクレジットを使ってよいかについては、ICVCMが発表している以下の10の要件がある。


中でも目を引くのが、持続可能な開発の要件で、クレジットを創出するプロジェクトがその地域の環境や人々に悪影響を及ぼさないことを担保しなければならない、という要件だ。

生物多様性との両立が重要

たとえば熱帯雨林の減少を防止するプロジェクトの開発者が、現地の先住民や地域社会に害を与えていないか、生物多様性や自然資源を損なっていないか、などの詳細な要件を満たさなければならない。

そもそも森林はCO2吸収の価値だけではなく、本来の生物多様性保全、現地の住民の暮らしを支える重要な自然資本である。これらの厳しい10の要件を満たす高い品質のクレジット(コア炭素原則〈CCP〉適格クレジットと呼ばれる予定)は2023年末から認証される予定だ。

CO2排出ネットゼロを標榜したい企業は、まず、科学に沿って設定した削減目標を自社の努力で達成するという前提条件を満たしたうえで、残りの排出量をこれらの高品質クレジットで相殺することができる。残りの排出量というのは、たとえば自らの2030年の削減目標が46%であるならば、46%までは自助努力で削減する必要があり、残っている54%の排出のことを言う。

46%の削減目標達成にはクレジットは使えないことに注意が必要だ。クレジットの需要側のガイドラインであるVCMIでは、残りの排出量の何%を相殺するかによって、プラチナ(100%以上)、ゴールド(60%以上)、シルバー(20%以上60%未満)というステータスが用意されている。

これらの厳しい要件を満たした高品質クレジットは当然ながら高額だ。しかし、これがグローバルスタンダードなのだ。

ちまたには、排出枠1トン当たり1000円もしない民間クレジットも多く出回っている。しかし、これら安いクレジットを買って、安易に自社のカーボンニュートラルやネットゼロを宣言したり、カーボンニュートラル製品として宣伝したりすること自体がリスクになる。どうしてもクレジットを使いたいならば、グローバルスタンダードな基準を満たしたうえで高品質クレジットを購入すべきだ。

短中期の目標にはクレジットは使用不可

注意すべきことは、国連のネットゼロ提言やSBTiでは、2030年などの短期のCO2排出量削減目標達成には、カーボンクレジットによるオフセットは削減量としてのカウントは認められていない。なぜならば、それぞれの企業が自社の排出の大部分を自助努力で削減しなければ、パリ協定の目標である1.5度に気温上昇を抑えることはできないからだ。

産業によって異なるが、自社の排出量のおおよそ90%程度までは自力で削減することが求められる。そのうえで、2050年にネットゼロを実現する過程では、現在の技術では削減できない分野の排出が残る。そこで大気中からCO2を除去するといった革新的な技術開発の実用化が必要になる。


企業は自らの削減努力とともにこれらの新技術の開発などにも貢献することが求められる。これらは「バリューチェーンを超えた緩和(貢献アプローチ)」と呼ばれ、クレジットを超えた最先端の環境行動として推奨されていることも知っておこう。

2022年12月、消費者庁は生分解性プラスチック製品であると偽ったことについて、景品表示法違反(優良誤認)に当たるとして措置命令を出した。これは日本での初めてのグリーンウォッシュ摘発事例だが、欧米ではすでに規制化が進んでおり、グリーンウォッシュに対しては、罰金が科される(前編記事参照)。

グローバルマーケットを持つ企業はもちろんのこと、今後は、そうした企業のサプライチェーンに入る企業も意識を高める必要がある。特にカーボンニュートラル製品や自社のカーボンニュートラルを宣伝している企業は、早期にしっかり国際イニシアティブを調査して対応しよう。

(小西 雅子 : WWFジャパン 専門ディレクター)