歴史的に周辺国との戦争が絶えないイスラエルは、ユニークな兵器を持つことで知られます。主砲を備えた、一見すると戦車に見える「自走式ミサイルランチャー」もそのひとつですが、その存在は写真に捉えられてから9年間極秘でした。

写真、偶然流出→軍によって即削除

 2023年10月7日早朝、中東のパレスチナ・ガザ地区からパレスチナ武装組織「ハマス」がイスラエルを突如攻撃したニュースは世界を震撼させました。
 
 今回の攻撃はガザから仕掛けたものとしてはかつてないほど大胆、大規模で、イスラエルにとってはここ数十年で最も深刻な越境攻撃です。今後の展開は予測困難ですが、イスラエル政府が戦争状態を宣言しており、地上部隊をガザ地区に投入することはほぼ間違いないとみられます。メルカバ戦車をはじめとする機甲部隊も戦闘を開始しているようです。


イスラエル国内で訓練中のペレフ。主砲のようなものが付いているが……(画像:イスラエル国防軍)。

 イスラエルは何度も周辺国と戦争を繰り返しており、軍事力の整備拡充は国家の存亡に直結する事項です。そのような環境にあって、ユニークな兵器も多く生み出しています。

 2006(平成18)年7月の第2次レバノン戦争時、イスラエル軍の報道写真の中に、見たことのない形状をした砲塔のマガフ戦車が写っていました。しかし正体は分からず、この1枚の写真以外では見つけることはできませんでした。

 この謎戦車は2013(平成25)年、ゴラン高原のシリア国境付近で外国人によって撮影され、画像がウェブサイトに投稿されます。イスラエル国内では軍の指示により、画像はすぐに削除されましたが、海外では関心を引くことになりました。2011(平成23)年にイスラエルは、「ペレフ」という戦車が存在することを認めていましたが、画像の機密が解除になったのは2015(平成27)年7月のことです。

なぜ秘密にされたのか

 もともとイスラエルは、持っている兵器を最大限に有効活用するため、自国仕様へ魔改造することで知られていました。マガフもアメリカ製M48戦車やM60戦車をベースに独自改造したもので、主砲を90mm砲から105mmに換装、エンジンを火災の危険性が低いディーゼルエンジンに変更し、最終形態では爆発反応装甲「ブレイザー」を装着して、射撃管制装置の更新などオリジナルのM48やM60とはほとんど別物になるほど改造しています。

 名前だけ公表されていた謎戦車ペレフの正体は、実はマガフ5型(M48A5)をベースにした自走式ミサイルランチャーです。1980年代中ごろから開発が始まり、1990年代初めには実戦へ投入されていたようですが、画像が流出した2006年になるまで、存在自体が知られていない秘密兵器でした。


ミサイルランチャーを格納して移動するペレフ。一見では自走ミサイルランチャーには見えないが、砲塔後部の大きさは目立ち、擬装した主砲もダミーの鉄パイプとは思えない迫力だ(ヤムヤ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)。

 では、自走式ミサイルランチャーがなぜ秘匿されていたのでしょうか。それは搭載していたミサイルが特徴的だったからです。大きなペレフの砲塔には、スパイク-NLOS対戦車ミサイルランチャーが12基収められています。移動時には収納されており、発射時に上方に展開される方式です。砲塔後部から再装填も可能です。

 スパイク-NLOSは、国内メーカーのラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズが開発したミサイルで、目標をロックオンすると軍用機で誘導し続ける必要のない「撃ちっぱなし」能力を持ち、最大射程25kmという対戦車ミサイルとしては破格の長射程です。このミサイルもペレフ同様に、2011年まで秘密兵器でした。

 スパイク-NLOSは、目標を特定していなくてもおおよその地域に発射後、GPSによる中間誘導を受けながら弾頭のテレビカメラで目標を捜索、特定して攻撃できます。徘徊型弾薬(自爆ドローン)ほど自由に飛行できる柔軟性はありませんが、発射後に目標をロックオンできるのは大きな特徴です。また、戦車の弱点を突くトップアタックも可能。発射は圧縮ガスによってランチャーから射出されるコールドローンチ方式で、これには発射時、熱源探知されることを避ける意図があります。

主砲がダミーだと!?

 ペレフは一見すると普通の戦車のようで、とても自走式ミサイルランチャーには見えません。主砲も備えているように見えますが、これはただの鉄パイプ。擬装用のダミーです。

 擬装の意図は戦車部隊に紛れ込ませ、スパイク-NLOSの長射程を生かした奇襲的な長距離打撃を加えることにあります。写真も公開しない徹底ぶりを見せたのは、奇襲効果を最大化するためだったといえるでしょう。第2次レバノン戦争時に報道写真で公開されてしまったのは、検閲官のミスだったようです。

 イスラエルは、1973(昭和48)年の第4次中東戦争で自軍の戦車部隊が対戦車ミサイルによって大きな損害を出したことや、その後の実戦経験から、シリアやエジプトの機甲部隊を効果的に攻撃する対戦車ミサイルの活用を模索していました。イスラエル陸軍はペレフを戦車部隊に同行させることで、先述の奇襲攻撃に加え、後方の目標を精密攻撃する砲兵的な使い方も考えていたようです。


ミサイル発射態勢をとるペレフの小隊。上下に6基ずつ12基のランチャーが分る。シルエットはかなり大きい(画像:イスラエル国防省)。

 スパイク-NLOSは、放物線を描く弾道を取るため近距離攻撃には向きませんが、砲塔前部には戦車のようなくさび型の、また追加装甲や側面にはサイドスカートを装備しており、戦車並みの防御力を持ちます。また副武装として7.62mmFN MAG機関銃を2挺装備します。

 ペレフの生産台数は400〜700両といわれています。2017(平成29)年に退役しましたが、スパイク-NLOSは強力なミサイルでありモスボール保管されている可能性もあります。今回の戦争でも、これまで知られていなかった魔改造兵器、秘密兵器が姿を現すかもしれません。イスラエルは常に「備え、力を蓄え」なければならないのです。