28歳の誕生日を迎えたタンタン。2023年9月16日(筆者撮影)

寝転んで、時おり大きなあくびをするメスのジャイアントパンダのタンタン(旦旦)。この日、2023年9月16日に28歳の誕生日を迎えた。人間ならおよそ85歳と世界中のパンダの中でも高齢だ。

タンタンは中国・四川省で生まれ、2000年7月から神戸市立王子動物園で暮らしている。和歌山県のアドベンチャーワールドからオスの永明(えいめい)が2023年2月22日に30歳で中国へ戻ったので、現在、日本にいる9頭のパンダでタンタンが最高齢になった。

1日の3分の2は寝ている

タンタンは心臓疾患のため公開されていないが、9月16日は開園前から多くの人が並んだ。報道関係者には午後2時半から30分ほどタンタンが公開された。筆者が見ていると、タンタンはゴロゴロと寝返りを打つなど少し動くものの、ずっと横たわっていた。

心機能が低下したら、それを補おうと心拍数が上がる。タンタンは、この状態が慢性的に続いている。動き回ると疲れやすいのであまり動かない。「活動量や食欲はピーク時より落ちていますが、一定の水準で落ち着いています」と王子動物園の獣医師の菅野拓さんは話す。

最近のタンタンは、朝と夕方以降に少し動いて、昼間は寝ていることが多く、1日の3分の2は寝ている。もともとパンダは寝る時間が長く、健康な大人のパンダも1日の半分ほど寝ているが、タンタンはそれより長い。

この日はパンダ舎の屋外エリアが来園者に公開された。屋外エリアは4月に目隠しが設置されたので、普段は見えない。目隠しを設置したのは、タンタンがいつでも屋外に出られるようにするため。設置前は、観覧者のいない休園日しか屋外に出られなかった。


誕生日に公開されたパンダ舎の屋外エリア。白い布が目隠し。通路にはタンタンへのメッセージを書く場所が設けられ、暑い中、多くの人が記していた。2023年9月16日(筆者撮影)

屋外に出ることで「光を浴びて、風を感じることができます。違う景色の中で刺激を与えることもでき、メリットは大きい」と王子動物園の飼育員の梅元良次さんは指摘する。パンダは暑さが苦手なので、9月中旬時点のタンタンは冷房のきいた屋内で過ごしているが、涼しくなれば屋外に出られるだろう。

中国の領事館からプレゼント

タンタンの誕生日はこのところ毎年、飼育員の吉田憲一さんが考案したケーキを飼育員が手作りしていた。だが2023年は中国駐大阪領事館からケーキが贈られたので、飼育員の手作りケーキはおあずけとなった。

中国駐大阪総領事館のケーキはとても豪華だ。昨今は東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出で日中関係が悪化している。領事館がケーキを贈った意図はわからないが、以前からリンゴなどをタンタンにプレゼントしており、ケーキにしても単純に誕生日と長寿をお祝いしているのかもしれない。

食が細くなっているタンタンは結局、ケーキを食べなかったが、氷をさわったりスイカの匂いを嗅いだりと興味を示したので、中国駐大阪領事館の人たちも喜んでいたそうだ。


中国駐大阪領事館が贈った果物入りの氷ケーキ。パンダと花模様のカービングをほどこしたスイカも添えられている(写真:神戸市立王子動物園提供)

タンタンの心臓疾患が判明したのは2021年3月。一般公開は2022年3月14日から中止している。公開中止は、タンタンが自らトレーニング室(非公開)に入るタイミングで診察や治療をするため。人間の都合よりもタンタンのペースを優先して、なるべく負担をかけないようにしている。

トレーニング室では聴診、採血、血圧測定、レントゲン検査、超音波検査、心電図検査をする。レントゲン検査は月1回、心電図は10日に1回ほど行う。体にたまった水分を抜くこともある。獣医師はほぼ毎日、診察している。

心臓疾患は高齢が原因のことが多い。進行性の病気で、残念ながら治らない。タンタンの場合もゆるやかに進行しており、いかに現状を保つかが大切だ。

タンタンは、中国ジャイアントパンダ保護研究センター(以下、パンダセンター)から受け入れている。王子動物園は従来からパンダセンターへ月に数回、タンタンのデータを送って共有している。

パンダセンターの施設は、四川省の雅安など複数の場所にある。このうち成都にある研究センターから獣医師の王承東さんが2023年8月11日にやって来た。王さんは、かつて東京の上野動物園に来たこともある。

王さんは3カ月ほど滞在して、11月に中国へ戻る予定。タンタンの病状の把握や治療に関するアドバイスなどをしており、現在の症状について「落ち着いています。なんとかQOL(生活の質)を保っていきたいですね」と評価しているという。

このほか王子動物園は、連携協定を結んでいる大阪公立大学の専門家からもアドバイスをもらいながら、タンタンの治療を続けている(参照:『「パンダの心臓疾患は珍しい」神戸の旦旦を襲う病』)。

好物のリンゴですら食べない

最近のタンタンの主な食べ物は竹とサトウキビジュース。甘いものが好みで、サトウキビジュースが一番のお気に入りだ。サトウキビジュースは、薬を混ぜて飲みやすくするほか、心電図検査などの最中に飲ませてタンタンの気を紛らわせ、検査しやすくするメリットもある。

パンダ用の人工乳として開発された「PANDA MILK-10」(参照:『世界初パンダ専用ミルク「日本」で開発の深い事情』)にも薬を混ぜて与えている。

パンダだんご(トウモロコシ粉や米粉などを混ぜて蒸したもの)は、上野動物園のパンダたちがよくおいしそうに食べている。一方、最近のタンタンは、パンダだんごもペレット(栄養を補助する固形飼料)も食べないので、しばらく与えていない。

「もともとタンタンの好きな順番はリンゴ、ニンジン、ペレット、パンダだんごでした。今はリンゴ、ニンジンですら食べないことがあるので、下位のものは食べませんね」(梅元さん)。

タケノコは神戸市内でとれたものを与えているが、2023年は入手できる時期が7月半ばごろまでだったので、今後は中国産を買ってあげるか検討中。中国では日本と違い、1年中タケノコが生えている。もし園内のシホウチクなどのタケノコが秋以降に育ったら、それも与えられる。


タンタンが噛んで使わなくなったタイヤとタンタンの抜け毛は、王子動物園内の動物科学資料館で展示中(筆者撮影)

タンタンはタイヤに座ったり、タイヤで遊んだりすることもある。大きなタイヤは直径約100cmで、全長約110cmのタンタンとほぼ同じ。直径約40cmの小さなタイヤも与えている。活動量が減ったタンタンがタイヤで遊んで「少しでも運動になってくれれば」と梅元さんは願う。

タンタンは2007年8月12日に死産を経験。2008年8月26日に出産するも、赤ちゃんは3日後の8月29日に死んだ。するとタンタンは時おり、ニンジンを赤ちゃんのように抱き続け、パンダの母親が赤ちゃんにするようにペロペロと舐めるようになった。2020年は7月下旬から9月にかけて、細くて短い竹を抱きしめていた(参照:『中国に帰る「神戸のパンダ」25年の劇的な半生』)。

タンタンは基本的に発情した年に偽妊娠と偽育児をしていた。だが2021年以降の約3年間は「抱くような行動が多少みられることもありましたが、以前ほどしつこくなく終わったので、偽育児はないと判断しています」(梅元さん)とのことだ。

タンタンは高齢のため2020年7月15日を期限に中国へ帰る予定だったが、コロナ禍で延期された。もしタンタンが2020年に帰国していたら、パンダセンターの都江堰(とこうえん)基地で暮らすはずだった。自然が豊かで高齢パンダのケア体制が整った施設だ。

タンタンの姉のバイユン(白雲)は2019年5月にアメリカから約23年ぶりに帰国して、都江堰基地で暮らしている。筆者が2023年6月にここを訪ねると、バイユンはタケノコをよく食べて、元気そうだった。バイユンは現在32歳で、人間なら95歳くらいだ。


四川省の都江堰基地で暮らすバイユン。2023年6月16日(筆者撮影)

タンタンが中国に戻れば、王子動物園からパンダがいなくなる。だが神戸市は、将来もパンダがいることを想定しているとみられる。タンタンの中国返還が2020年に決定する前から、神戸市は新たなオスとメスのパンダの貸与を中国側に要請しており、この方針は今も変えていない。

また、王子動物園を含む王子公園は、神戸市が大規模な再整備を計画している。市が2023年9月20日に公表した「王子公園再整備基本計画」の素案には「動物収集計画」があり、「最優先種」にジャイアントパンダが入っている。ジャイアントパンダは、園内に整備する「アジアゾーン」で飼育する計画も記されている。

公開再開は未定

2022年12月は、上野動物園がシャンシャン(香香)、アドベンチャーワールドが永明、桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)の中国行きを発表した一方で、王子動物園はタンタンの中国返還延期を発表した。

タンタンの返還延期は、心臓疾患に加え、関西国際空港―成都間の定期直行便がコロナ禍で運休中(2023年に運航再開)であることなどが理由だった。飛行機移動と飼育環境の変化は、高齢かつ病気のタンタンの心身に負荷がかかる恐れがある。

タンタンの中国返還期限は2023年12月末。あと3カ月ほどだ。果たしてタンタンは、バイユンと同様に約23年ぶりの帰国を果たすのか。あるいは返還期限が再び延長されるのか。

王子動物園は「タンタンの体調について、日中双方でコミュニケーションをとって共有しています。それを基に、帰れるか帰れないかを、そのつど判断していくと思います」(菅野さん)とのこと。一般公開の再開についても、タンタンの体調を見ながら、中国との話し合いの中で決まっていくそうで、現時点では未定だ。

どこで暮らすにせよ、タンタンは無理をせずに、のんびり過ごしてほしい。

(中川 美帆 : パンダジャーナリスト)