肉体関係の強要、パワハラ…職場いじめの対象へと発展しかねない、大人の発達障害にみられる6つの特徴
企業内で行われる「職場いじめ」の標的となりやすいタイプの一つに発達障害の人々がいる。資本主義下では、企業は増益増収という目的を掲げ、社員は業績を競うように働くことが一般的だ。だが、発達障害の人々は、その特性ゆえに企業の行動原理に従うことができず、「足を引っ張る」「チームの輪を乱す」とされ、いじめの対象とされることがあるのだ。
職場でのいじめを苦に自殺した男性
東北のある企業に、ADHDの男性A男(40代)が勤めていた。彼はその特性ゆえに他人の言葉の真意を読み取ることが苦手で、独断で物事を勝手に進めてしまうところがあった。入社したばかりのころは、まだ地方の企業ならではの牧歌的な職場の雰囲気があり、それなりに仕事をすることができていた。
だが、会社の経営が傾き、別の企業に買収されてからは、職場の環境が一変した。
親会社から送り込まれた上司の下で、徹底的にコストカットされ、チームごとに高いノルマが課せられることになった。こうした環境下で、A男の特性はチームの輪を度々乱す原因になった。リーダーの指示を理解できない、思い込みで勝手なことをする、行動に一貫性がない、クライアントの信頼を損ねる……。
チームの社員たちは、そんなA男を疎ましく感じるようになり、厳しく当たりだした。上司はA男を叱責することが増え、周囲もそれに便乗して悪態をつくようになる。さらには、突き飛ばす、私物を捨てる、無視するといったことにも発展していった。
A男はこれによって精神を病み、練炭自殺を試みた。発見が早く、一命を取りとめることができたが、それを機に通院をはじめた病院で、医師からこう告げられる。
「会社でうまくいかないのは、あなたにADHDがあるからです」
この時初めて、A男は自分に発達障害があると知った。
医師はそんな彼に、今の職場で働くのは難しいので、障害者雇用枠で別の会社に転職し、自分に合った働き方をすることを勧めた。しかし、A男が職場いじめによって負った心の傷は大きかった。転職した後も、毎日のようにいじめられた時のことがフラッシュバックして、パニック症候群のような症状が現れた。
練炭自殺未遂から1年後、A男はそんな精神状態のまま今度は首吊り自殺をし、帰らぬ人となった。私の取材に、A男の父親はこう語っていた。
「息子にも、会社の人たちにも、発達障害だったという認識はなかったようです。だから会社の人たちは息子を一方的に仕事のできない人間だと考えて、陰険ないじめをくり返しました。息子も障害のせいか、周りにSOSを出したり、うまくかわしたりするのが苦手なタイプでした。それで物事がどんどん悪い方向へ行ってしまったんだと思います」
社内中で「ヤリマン」と言われて
冒頭で、発達障害の特性が職場いじめにつながることがあると述べたが、その形はさまざまだ。たとえば、次のような誤解がいじめのきっかけとなる。
・相手の気持ちや空気が読めないので、コミュニケーション力が弱いとされる。
・集団行動が苦手なので、結束を壊していると受け止められる。
・一つのルーティンにこだわるので融通が利かないと見なされる。
・いろんなことに注意が向くので、集中力がないとされる。
・音や臭いに過敏になるので、仕事を思い通りに進められない。
・文字を読んだり、声を聞き取ったりするのが苦手なので、不真面目とされる。
最近は、企業の倫理もそれなりに高まり、発達障害の従業員に対する理解は少しずつ進んでいるといえる。
だが、従業員自身が発達障害を自覚していなかったり、会社がフォロー体制を整えていなかったりすれば、上記のような誤解が生まれ、いじめにつながるリスクが高まる。集英社オンラインに届いた体験談には次のような話もあった。
「私(女性)は発達障害のせいで、うまく話が聞き取れずに思わず相手の近くに寄ったり、相手の誘いを断れずに何でも『はい』と言ったりします。
そのせいで、会社の男性のあいだに『あの女は、男好きだ』『誘ったら絶対に断らない』という話が広がって、次々に飲みに誘われ、ホテルに連れて行かれ、そのことが女性の間にも広まって『ヤリマン』と言われていじめられました。上司もみんなそんなふうに私を見ていたので、相談できる相手がいませんでした」
「私(男性)は子供のころから無表情だって馬鹿にされていました。自分じゃ意識していませんが、そうみたいです。その無表情のせいで、仕事の最中に上司やお客さんから『一人でシラけてるんじゃない』『反省してないだろ』『客に対して反抗的な態度をとるな』などと言いがかりをつけられ、辞めるまでの2年半ずっといじめられつづけました」
この2人は自分が発達障害であることを周囲に打ち明けたが、一様に「みんな多少は発達的特性はあるものだ。そんなものは言い訳にならない」と一顧だにされなかったそうだ。一般的には、社会全体での発達障害の割合は、7人に1人ともいわれている。そうした統計が逆に都合のいい解釈につながったのだろう。
「やさしい職場作り」という美辞麗句
発達障害といじめの関連性は、職場の立場によって別の現れ方をする。彼らの中には一つのことにこだわりを持ったり、集中力を爆発的に発揮したりすることによって、優秀な成績を出す者も少なくない。だが、それゆえ、会社が彼らを評価して、管理職に移した時、別の問題が起こることがある。これは都内に住む男性の体験談だ。
「IT関係の仕事で、僕の発達特性に合っており、成績は優秀でした。けど、30代半ばで管理職になった途端にうまくいかなくなった。部下とうまく付き合えないので、『パワハラをしている』とか『部下にきちんと指示を与えない』とか言われ、離職者が相次いだのです。
そのせいで降格させられただけじゃなく、役員から5年近くにわたってずっと悪口を言われたり、異動を命じられたり、給料を下げられたりして、最終的には退職に追い込まれました」
一人で黙々と仕事をしている分にはよかったのだが、管理職になってコミュニケーション能力が求められるようになった途端にうまくいかなくなったのだ。
この男性にしてみれば、管理職への登用は甚だ迷惑だっただろう。本来はその前段階で、会社がきちんと彼の特性を理解し、適材適所の人事異動をしていれば、こんなことにはならなかった。役員がその非を認めず、問題が起きてから、彼をいじめることは道理に反すると言わざるをえない。
ここからわかるのは、発達障害のある人間はその立場によって、被害者にもなれば、加害者にもなるリスクがあるということだ。それが個々のトラブルでおさまっている分にはまだしも、今回紹介したように自殺、肉体関係の強要、辞職にまで発展すれば、看過できる問題ではなくなる。今回、取材した職場いじめの被害者の一人は次のように話していた。
「会社は〈誰一人取り残さないやさしい職場を作る〉なんてきれいごとを言います。でも、本音は、社員みんなが一人二人の発達障害者に合わせれば、自分たちが逆に働きづらくなるし、利益を上げることもできなくなるということでしょう。それならいっそ、そんなきれいごとなんて言わなければいいのにと思います」
少なくとも、この人の目には「やさしい職場作り」は美辞麗句を並べただけの偽りの言葉にしか聞こえないのだろう。それに対してどう答えるのかは、職場それぞれの意識と判断に委ねられている。
取材・文/石井光太
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シリーズ「発達障害アンダーグラウンド」では、発達障害の人々が抱えている生きづらさが社会の中で悪用されている実態を描いています。発達障害は、時として売春、虐待、詐欺、依存症などさまざまな社会問題につながることがあります。もしそうしたことを体験された人、あるいは加害者という立場にいた方がいれば、著者が取材し、記事にしたいと考えています。プライバシーや個人情報を厳守することはお約束しますので、取材に協力したいと思う場合は下記までご連絡下さい。
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