横転した列車の中は「死体の山」だった…275人死亡のインド列車事故で生存者が見た"信じられない光景"
■インド東部で起きた「今世紀最悪」の列車事故
インドで発生した列車事故は、少なくとも275人の死亡が確認され、1000人以上が負傷する「国内で起きた今世紀最悪の事故」となった。生存者たちは地元や外国メディアに対し、その凄惨(せいさん)な状況を語っている。
事故は東部オリッサ州で2日夜に発生した。米CNNによると、東部コルカタから南部チェンナイへ向かっていた高速旅客列車の「コロマンデル・エクスプレス」が、待避線に停車していた貨物列車に衝突し、横転。反対方向からきた別の旅客列車「ハウラー・スーパーファスト・エクスプレス」が巻き込まれたという。
インド鉄道省は、コロマンデル・エクスプレスが時速128kmで走行していたことに加え、貨物列車が鉄鉱石を積載しており重量があったことで多数の死者を出したとの見解を示している。ハウラー・スーパーファスト・エクスプレスは時速126kmで走行中だった。
CNNによるとインドのアシュウィニ・ヴァイシュナウ鉄道相は、事故は「電子連動システムの変更」に伴うものであると発表。詳細の開示は正式な調査報告書の発表まで控えるとしている。地元メディアは信号システムの不具合が原因となった恐れがあると伝えている。
■がれきに押しつぶされ、目の前で娘は死んでいった
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると事故当時、旅客列車には合わせて2200人以上が乗っていた。計23の車両が脱線した。
55歳女性の乗客はウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、事故当時の様子を語った。女性は事故発生の夜、35歳の娘とともに列車に乗り、東部オリッサ州の都市から帰宅している最中だった。
衝突を受けて女性の乗った車両は激しく揺れ、線路から転げ落ちて横転した。身体は車内のあちこちに投げ飛ばされ、世界がぐるぐると回転したのを覚えている、と女性は語る。彼女の上から金属の塊が降り注ぎ、うち1つが頭を強く打ち付けた。
やっとのことで立ち上がると、厚く重なったがれきの下から、血まみれになった娘の顔が覗いていたという。必死にがれきをかき分けようとしたが、力が足りない。「娘の泣き声は、少しずつ弱まっていきました」と彼女は語る。そうして「死んだのだと分かりました」と苦しい胸中を明かした。
■頭部だけの遺体、押しつぶされた遺体、人々の悲鳴
別の女性乗客は、車内のトイレから出た瞬間、事故に遭った。米公共放送のNPRに対し、事故の瞬間「すべてが無秩序になりました」と語る。
「トイレから出ると、列車が突然傾いたんです。バランスを崩しました」「みんな折り重なるように倒れ始め、何が起きているのかショックで理解できませんでした。思考停止状態でした」。
事故時に車内で眠っていたという別の男性は、NPRに対し、衝撃で目が覚めたと語っている。目を開けた瞬間、手脚が折れ、顔が変形した乗客の姿が視界に飛び込んできた、と振り返る。
列車後方の一等車に乗っていた生存者は、CNNに対し、「ドアを開けた瞬間、痛みで泣き叫び、水を求め、助けを求める悲鳴が耳に飛び込んできました」と語っている。
車両が2〜3階建ての高さで折り重なり、乗客は車体に押しつぶされ、血痕があちこちについていた。「想像を絶する傷を負った遺体がたくさんありました。胴体のない頭部を見たり、頭蓋骨が押しつぶされたり、列車にひどく押しつぶされた遺体を見ました。……恐ろしいことです」
■携帯電話のライトを頼りに、事故現場に近づいていくと…
現地紙のインディアン・エクスプレスは、「ハウラー・スーパーファースト・エクスプレス」(衝突事故に巻き込まれた旅客列車)に乗っていた41歳男性の声を報じている。
午後8時30分ごろ。列車が突然停止して大きな音がなった。男性を含め、同車両の乗客の多くは、この時点では事故に巻き込まれたとは知らなかった。しかし避難のため降車が始まると、乗客は後ろの車両の一部が消し飛んでいることに気付いた。残った車両の一部も、大きく損壊していた。
男性は言う。「真っ暗だったので、携帯の懐中電灯の機能を頼りにして線路の上を歩き始めました。事故が起きた地点に近づくにつれ、線路に血まみれの死体が転がっているのが見えてきました。あの光景は絶対に忘れることができません」
インディアン・エクスプレス紙によると、脱線事故に巻き込まれた特急列車のなかには、110人の巡礼者が乗っていた。この男性もその一人だった。「線路のあちこちに死体が転がっていて、人々は助けを求め叫んでいました。これは私にとって最悪の悪夢であり、その光景は一生私を苦しめるでしょう」。
一夜明け、畑が広がるなかの事故現場は混沌(こんとん)としていた。CNNは、ひしゃげた鉄道車両が窪みに転がり、ある車両は横転し、あたりには乗客の遺品が散乱していたと報じている。随所に血溜まりも見られたという。
■横転した車両の中には「遺体の山」ができた
横転した2両から懸命の救助活動が行われたが、NPRによると当局は、新たな生存者の発見には至らなかったと発表した。35度に達する猛暑の中での活動だった。
救急隊員は金属用の切断器具などを投入して必死の活動を展開したが、引き上げられた身体はいずれも息絶えていた。「死者数は一晩中、着実に増えていった」と記事は報じている。線路脇の地面には、白いシートで覆われた数多くの遺体が並べられたという。
オリッサ州の消防局長はAP通信に対し、「これは非常に、非常に悲劇的なこと。これまでのキャリアでこのようなことは、一度たりとも見たことがありません」と語っている。
横転した車両に乗って生き延びた15歳の少年がいる。学校の休みを利用して有名な寺院を参拝する予定だったところ、事故に遭ったという。同行していた10歳の弟は亡くなり、遺体の山から弟の遺体を引きずり出して父親とともに車内から脱出した。
この高校生は、横転したほかの車両の中の様子をウォール・ストリート・ジャーナル紙に語っている。大量に出血した人がいたほか、ある人の腕は切断され、ある人の腹部は切り裂かれていた。
同紙によると近くのイベント施設に仮設の遺体安置所が設けられ、約260体が収容された。遺体の顔写真がプロジェクターで代わる代わる映され、遺族たちはこれを頼りに愛する人の亡骸を探しているという。
■真っ先に救助に向かった村人たち
初期の救助活動を展開したのは、近くに住む村人たちだった。インディアン・エクスプレス紙は、警察と消防の到着が待たれるなか、住民たちが献身的に救助に加わり、遺体の搬出活動を行ったと報じている。
37歳男性は、近くの町でサッカーをしていたところ、サッカーコートにまで轟音が響いてきたという。CNNに対し、「一瞬、地震かと思いました」と驚きを語っている。
ほかの住民とともに事故現場に駆けつけた男性は、携帯の明かりを頼りにすぐさま生存者の捜索を開始した。横転した複数の車両に数百人が取り残され、必死に出口を探していたという。横転により乗降口は上方を向き、闇夜が周囲を覆うなか、自力での脱出は難しい状態だった模様だ。男性たちは28人を救助したと語っている。
ほか、多くの村人たちが音を聞きつけ、救助と避難誘導のため現場に駆けつけたようだ。NPRはインドPTI通信の報道から、生存者の言葉を取り上げている。「私たちを救助しようと、地元の人たちは本当に身を粉にして動いてくれました。救助を手伝い、荷物を回収し、水を分けてくれたのです」
同記事によると、重傷者のうち約200人が大病院に搬送され、これを知った多くの人々が献血のため病院を訪れた。当局は救助隊員1200人を投入し、115台の救急車と50台のバス、45台の救急車両が現場へ向かった。CNNは、医師や必要な薬剤が首都ニューデリーから空輸されたと報じている。
■「巨大な鉄道網」が抱えている最大の弱点
インド鉄道省の公式サイトによると、毎日約1万1000本(うち7000本が旅客)の列車が運行している。1日の列車利用客数は約1300万人に上る。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、インドの鉄道網は世界第4位の規模。空路の利便性が向上してはいるものの、鉄道は依然として、インド国民の移動を支える足であると言える。
しかし、鉄道網はイギリスの植民地時代に建設され、かねて老朽化と多発する鉄道事故が問題となってきた。CNNによると、2021年には全国で約1万8000件の鉄道事故が発生し、1万6000人以上が死亡した。鉄道事故の67.7%は列車からの転落、列車と人の衝突だったという。
大規模な列車事故も繰り返されてきた。2005年には南部アンドラプラデーシュ州で、洪水で流された線路を横断しようとした列車が脱線し、少なくとも102人が死亡。2016年、北部ウッタル・プラデーシュ州で線路の整備不良による脱線事故が起き、140人以上が死亡した。
インドのモディ首相は、経済成長の原動力になる鉄道網の近代化に力を入れている。日本の新幹線システムが採用されるムンバイ・アーメダバード間の高速鉄道プロジェクトのように、大都市間の高速鉄道や大規模貨物輸送の整備に焦点があてられる傾向が強い。
ただ、鉄道の近代化は乗客の安全が確保されてはじめて実現するのではないか。経済成長のために安全を犠牲にするのは本末転倒だ。280人以上の尊い命を一瞬で奪ったインドの列車事故は、安全管理の重要性を改めて訴えかけている。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)