関連画像

写真拡大

東京・池袋にあるマンションで3月21日午前、複数の男らが押し入り、部屋にいた中国人男性らを縛り、金品などを奪い逃走する事件が発生した。押し入った男の一人が、もみ合いで負傷し、その後死亡が確認された。

報道によると、部屋に押し入った男らはガス業者を装って刃物を突き付けて侵入。会社社長の中国人男性と従業員の女性2人の手足を結束バンドで縛り、現金や通帳、携帯電話複数台を奪って逃走したという。

死亡した人物は押し入ったメンバーの一人で、社長の男性ともみ合った際に首を負傷。刃物による複数の傷があったと報じられている。男性は軽傷で、女性にケガはなかった。他の複数人は逃走しており、警察は強盗致傷事件として捜査しているという。

死亡男性が負傷した経緯などの詳細は不明だが、被害者側がもみ合いで強盗犯が持っていた刃物を奪って、自身を守るためにやむなく相手を刺したという可能性もありうる。仮にそのような場合でも犯罪になってしまうのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。

●「正当防衛が成立することは極めてまれ」

--もし自分の身を守るための行為が加害者側を負傷・死亡させたような場合でも犯罪になるのでしょうか。

今回のケースでは、「刑法上の正当防衛」と後で説明する「盗犯等防止法上(盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律)の正当防衛」が成立する可能性があります。

まず、刑法上の正当防衛ですが、これは急迫不正の侵害に対して必要性(不正の侵害を排除するのに必要であること)・相当性(社会通念上防衛行為としての妥当性が認められること)のある防衛行為を行った場合には、本件のように相手方に傷害を与えたり死亡させたりした場合であっても違法性が阻却される(つまり適法行為となる)ため、犯罪行為とはならず処罰されないとする規定です。

テレビの刑事ドラマではよく正当防衛が出てきますが、実務では正当防衛が成立することは極めてまれです。

--なぜ極めてまれなのでしょうか。

成立要件が厳格だからです。

急迫不正の侵害に対して必要性、相当性の範囲内の防衛行為を行わなければならないからです。相手の攻撃から自分を守るために必要であり、かつ相手の攻撃行為と比較して自分の防衛行為の妥当性が認められなければならないのです。

たとえば、相手が素手で殴りかかってきたのに対し、こちらが刃物で応戦した場合には相当性が欠けるので、原則として正当防衛は成立しません。素手に対しては素手、刃物に対して刃物で応戦するならば相当性が認められやすいです。

今回のケースについては現場の状況が不明ですが、刃物を突き付けての緊縛強盗行為に対して、被害者が防衛行為として犯人を刺してしまったとのことですので、自分が本当に刺されるという具体的な状況ではない場合には防衛行為としての相当性が欠ける可能性が高いです。

したがって、本件では刑法上の正当防衛は成立しない可能性があります。もっとも、相当性が欠ける、すなわちやり過ぎでしまったというような場合でも過剰防衛が成立し得ます。過剰防衛の場合、犯罪自体は成立しますが、刑は減刑または免除されることがあります。 

仮に今回のケースが過剰防衛だとすれば、殺人罪(死刑または無期もしくは5年以上の懲役)または傷害致死罪(3年以上の有期懲役)が成立するものの、裁判官の裁量で刑が減免されることがある、ということになるでしょう。

●「盗犯等防止法」は窃盗犯や強盗犯に対する防衛手段の"相当性"を緩和

--もう1つの「盗犯等防止法上の正当防衛」とはどのようなものでしょうか。

盗犯等防止法1条1項は、窃盗犯や強盗犯から自分の身を守るために防衛行為を行った場合、犯人を殺傷したとしても正当防衛が成立すると規定しています。

さらに同条2項は、被害者に現在の危険が差し迫っていなくても恐怖や驚愕、狼狽で犯人を殺傷してしまった場合であっても正当防衛の成立を認めています。

刑法上の正当防衛は防衛行為の相当性が厳格に求められるのに対して、盗犯等防止法の正当防衛は相当性の要件が緩和されているのです(最高裁平成6年6月30日判決)。

つまり、盗犯等防止法の正当防衛は刑法上の正当防衛の特別規定であり、窃盗犯や強盗犯に遭遇した状況において自分の身を守るために行き過ぎた反撃をしてしまった場合であっても特別に正当防衛を成立しやすくした規定なのです。

今回のケースですと、刃物を持って侵入してきた強盗犯人から身を守るために殺傷したということであれば、盗犯等防止法1条2項や2項が適用され、たとえ刑法上の正当防衛が成立しないとしても、盗犯等防止法上の正当防衛が認められる可能性があります。

--盗犯等防止法上の正当防衛については、やり過ぎてしまったというような場合でも問題にならないのでしょうか。

前述のように、盗犯等防止法上の正当防衛は相当性の要件を不要とするものでなく、相当性の要件を緩和したものとされています。

したがって、誰が見ても「いくらなんでもそれはやり過ぎだよね」と思われる防衛行為を行って犯人を殺傷した場合には盗犯等防止法上の正当防衛は成立せず、過剰防衛の成立にとどまることになります。

たとえば、強盗犯人が素手で脅迫しているだけなのに対して被害者がいきなり包丁を持ちだして犯人を刺殺してしまった場合には相当性を逸脱したと言わざるを得ませんので盗犯等防止法上の正当防衛は成立しません。この場合には前述と同様、殺人罪や傷害罪が成立し、過剰防衛により刑が減刑または免除されることがあります。

今回のケースでも、仮に盗犯等防止法上の正当防衛が成立しないとされた場合であっても、過剰防衛は成立する可能性があり、そうなれば最悪でも減刑、免除はされ得ることになります。

【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/