食楽web

 昨年(2022年)の後半から、数年の一度の新店ラッシュに沸く、都内ラーメンシーン。今年(2023年)に入っても、その勢いは止まることを知らない状況です。年明けからさほど日数が経過していないにもかかわらず、都内の東西南北を問わず日々、新しい店が誕生し続けています。

 特に、各所の新店を抜けがないように訪問することを信条とする、いわゆる“新店コレクター”の方々からは、「体がいくつあっても追いつかない」と、嬉しい悲鳴が聞こえてきています。

 そんな新店群の中でも、とりわけラーメン好きからの注目度が高いのが、今回ご紹介する『桜上水 船越』。同店を切り盛りする店主は、船越節也氏。都内を代表する実力店『渡なべ』、『神保町 可以』等を経営する『渡なべスタイル』にて修業した人物です。

こちらは以前、食楽webでご紹介した『麺創庵 砂田』(https://www.syokuraku-web.com/column/52695/)の「中華そば」。こちらの店主・砂田氏も渡辺樹庵氏の薫陶を受けたラーメン職人の一人

 この『渡なべスタイル』の代表・渡辺樹庵氏といえば、複数の実力店と多数の優秀な弟子を輩出してきた、稀代の名ラーメンコンサルタント。そんな巨匠の下で2009年12月から12年以上にわたり腕を磨き、晴れて渡辺氏公認の5番弟子として独立を許されたのが、この『桜上水 船越』の船越氏なのです。

 そんな腕利きのラーメン職人が修業元とは異なるオリジナルの1杯を提供する個人店を開業したわけですから、当然ラーメン好きからの注目を浴びないはずがなく、1月15日の開業日当日から、平日休日にかかわらず、営業時間中は店の前に大行列が発生する盛況ぶりです。

桜上水駅から約250m。桜上水を代表するラーメン店『あぶら~亭』の並び。まばゆいほどの純白に彩られた外壁に濃紺の暖簾が浮かび上がる

 私も、そんなスーパールーキーの存在をスルーする肝の太さは到底持ち合わせておらず、オープン日の数日後、機会を見計らって食べに行ってきました。最寄駅は桜上水駅(京王電鉄京王線)。立地的にも至便な甲州街道沿いに佇んでいます。

 純白の外壁に濃紺の暖簾。この上なくシンプルなファザードです。店舗の扉に屋号が刻まれていますが、店名にも「麺屋」「麺処」「ラーメン」といった言葉はないので、予備知識がない方は、このお店がラーメン専門店であることすら分からないのではないでしょうか。

営業中を示す立て看板に控えめに刻まれた「ラーメンのお店」という文字のみが、この店がラーメン店であることを対外的に示す唯一の手がかり

 私が訪れた日も、オープン前の段階で、20名以上のお客さんが店の前に連なる繁盛ぶり。ただ、私が訪問したタイミングが、オープン日の数日後と早めで、行列客の大半がラーメンマニアと思しき方々で占められていたこともあるのか、回転は想像以上にスムーズ。正直、長期戦・持久戦になることを覚悟していたのですが、40分程度で入店することができました。

店内風景。カウンター席のみで7席。目の前はすぐ厨房。船越店主の所作は、水が流れるかのように無駄がなく、まさに匠の業といった趣

 現在(2023年2月11日現在)、『桜上水 船越』が提供する麺メニューは、「塩中華そば」、「醤油中華そば」の2種類と、そのバリエーション(味玉、ワンタン、チャーシュートッピング)。中でも、私が特におススメしたいのが、店主自らがイチ推しメニューとして掲げる、「塩中華そば」にワンタンをトッピングした「ワンタンメン(塩)」(1150円)です。

「桜上水界隈で、主力メニューとして塩ラーメンを置く店は、私が知る限り皆無に近い状況です。ということで、この界隈に塩ラーメンを推す店が1軒くらいあっても良いのではないかと考え、『塩』をフラッグシップメニューとさせていただきました」と船越氏。

 初訪問だったので、私も、店主のおススメに素直に従い、「ワンタンメン(塩)」のボタンを押下。ちなみに私以外のお客さんも、大半の方が同じ商品を注文していました。

荒々しいビジュアルに繊細な味わいが絶品の「ワンタンメン(塩)」

「ワンタンメン(塩)」1150円

 眼前に供された「ワンタンメン(塩)」のビジュアルは、凛とした気品と荒々しい野趣味とを、絶妙なバランス感覚でミクスチャーさせたもの。

「試作段階では、高級食材を使った淡麗ラーメンや、流行りの要素を盛り込んだラーメンなども作っていたのですが、自分が追い求めるラーメンの味やビジュアルについて、深く考えれば考えるほど、『私が店で出したいのはこれじゃない』と、感じ始めたんです」(船越店主)

流れるような所作でワンタンメンを作る船越店主

 自身が思い描くラーメンの理想形に近づこうとトライアンドエラーを重ねる度に、スープは濁り、トッピングの盛り付けもどんどん豪快になっていったというのだから、ラーメン創作とはつくづく奥が深い所業だと思います。そうして出来上がったのが、この「ワンタンメン(塩)」というわけです。

「今風の綺麗なラーメンでも、昔風のノスタルジックな中華そばでもなく、適度にジャンク。そんな設計思想を、できる限り丼へと落とし込んでみたつもりです」(船越店主)

 確かに、都内にラーメン専門店は何千とありますが、私が知る限り、他のどの店舗でも、この1杯に似たラーメンはないような気がします。すでにあるラーメンの模倣ではなく、最初(ゼロ)から最後(100)まで、船越店主が、ご自身の頭でしっかりと設計図を描かれたことが明確に分かる、作り手の魂が宿った顔立ちです。

旨みが凝縮したスープは、重厚感のある味わいがやみつきになる

 早速、スープをひとすすり。幾種類もの素材が寄り添い形成されるうま味のクオリティの高さは、あらかじめ期待値を上げて臨んだ私の想定を軽く凌駕。瞬時に脳内からドーパミンが噴き出し、頬がベコっと落ちるのが知覚できるほど、その完成度の高さは規格外でした。

 豚(豚ゲンコツ&背ガラ)に由来するダイナミックなうま味と分厚いコクが味蕾にダイレクトアタックを仕掛け、その後を追うように、昆布、煮干出汁に由来する和風味が口いっぱいに拡がる、重層的な構成です。

スープ素材の一部。鶏、げんこつ、もみじ、昆布など

「動物系素材は豚がメインですが、鶏(老鶏・鶏ガラ・鶏モミジ)と牛(牛骨)も少し使っています。高級食材(地鶏・銘柄品)はできる限り用いず、誰でも気軽に入手できる身近な素材で、味の骨格を構築していきました」と船越氏。

 気を緩めると、瞬時に最後の一滴まで飲み尽くしてしまいそうになるほど、食べ手が「美味い」と感じるツボに刺さるスープ。開業数十年と言われても違和感がないほど、“新店離れ”した味わいです。

程よい縮れ感でスープをしっかりキャッチする『三河屋製麺』の特注麺。「三河屋さんいわく、他ではあまりない配合の麺だそうです」と船越氏

 麺は、船越店主が、『渡なべスタイル』で修業していた頃からお世話になっている『三河屋製麺』の担当に依頼し、用意した特注品。何度も試作を繰り返した結果、強力粉をメインで配合した、手揉みを入れやすいギリギリの硬さの中加水麺が完成。スープに負けない食べ応えのある食感が特徴です。

茹でる前にしっかりと手揉みを加える

 小麦の香りが豊かで、モッチリとした弾力性を有し、スープとの相性もこの上なく良好な麺。並盛でも、都内で提供される一般的なラーメンの1.5倍を超える200gの麺量がありますが、少食の方でもペロリと食べ切れてしまえるほどの引きの強さを持ち合わせています。

 今回、私は並盛を注文しましたが、あっと言う間にすすり終えてしまい、大盛(麺量300g)にしなかったことを激しく後悔したほど。次回訪問時には、必ず、大盛をいただきたいと思います。

プリッとした食感と肉の旨みが詰まったワンタン。「ラー油を垂らしたり、ガブリとかぶりついたり、自由な食べ方で味わってもらえれば」と船越氏

 さて、この「ワンタンメン」のトッピングであるワンタンとチャーシューにも並々ならぬこだわりが光っています。

 まずはワンタン。麺やスープに負けない存在感を持たせるべく、食べ応えを特に重視したというワンタンは、プリッとした食感と肉の旨みが詰まった逸品。確かに、『船越』のラーメンの幅を広げる要素として、このワンタンの存在は必要不可欠だと感じました。

食べ応えのあるチャーシュー

 そしてチャーシュー。吊るし釜で仕込んだ焼豚・肩ロースをメインに、スープで煮込んだ煮豚も載せたというチャーシューは、口に含んだ瞬間、肉々しい香りが鼻腔を心地良く刺激。この1杯に華を添えるアイテムとして、十分すぎるほどのパフォーマンスを発揮していました。

 最後に、『船越』のラーメンのコンセプトを船越店主にお尋ねしたところ、以下の答えが返ってきました。

「スープと麺だけに特化するのではなく、トッピングを含め、ラーメンを構成するすべてのパーツが、良い意味で干渉し合うことにより生まれるバランスの妙を重んじる構成を心掛けました」

 すでに堂々たる大行列店の座を射止めたにもかかわらず、さらなる伸びしろを感じさせる『桜上水 船越』。2023年におけるエース級店舗のひとつとして、今後も目が離せない存在です。

船越 節也(ふなこし・せつや)店主のプロフィール

・2009年12月、都内を代表する実力店として名を馳せる『渡なべ』や『神保町可以』など、4店舗を経営する『(有)渡なべスタイル』へと入社。
・『渡なべスタイル』において、稀代の名ラーメンコンサルタント・渡辺樹庵氏の下、ラーメン作りのイロハから、自分らしいラーメンを創造することの大切さに至るまで、ラーメン職人として必要な数々の事柄を学ぶ。
・2022年9月末に同社を退社し、諸々の準備を経た後、2023年1月15日付で、自店である『桜上水 船越』を開業。
・桜上水に店舗を構えることとした理由は、桜上水は、同氏が上京後に、長く住んだ明大前や下高井戸からほど近く、馴染みがあったからとのこと。街道沿いへの出店を決めた理由は、かつて明大前にあった『神戸ラーメン』、『珍珍珍(さんちん)』、『つけ麺大王』のような、気軽に入れる街道沿いの人気店への憧れがあったから。
・屋号に自身の名を刻んだのは、「このお店で提供していくラーメンが、自分そのものになっていけば良い」という気持ちを、カタチとして表現したいと考えたことによるもの。

●SHOP INFO

店名:桜上水 船越

住:東京都杉並区下高井戸1-21-10 1F
TEL:非公開
営:11:00~15:00
休:水曜、不定休

●著者プロフィール

田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。