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政府は、2022年12月23日、「令和5年度の予算案」を閣議決定しました。その中に自賠責保険からの借入金の返済額も含まれています。その額は、令和5年度は60億円となっています 。令和4年度は54億円だったので、6億円アップしました。

これだけ見ると、財務省は自賠責への借金をきちんと返済しているように見えるかもしれませんが、財務省の自賠責への債務残高は、令和4年度末見込みで5,952億円もあります 。返済額は債務額の約100分の1しかありません。このペースで返済すると100年かかることになります。

しかも、この返済額は財務省が自由に決めています。もちろん、国土交通省とある程度の調整はあるでしょうが、「財政状況が厳しい」との一声で少額の返済しかなされていないのです。一体どうしてこのような状況になっているのでしょうか。(ライター・岩下爽)

●お金が足りなくなった時は国民から取ればいいという発想

自賠責保険は、「自動車損害賠償責任保険」の略称です。車やバイクの所有者に加入が義務付けられている強制保険です。車を購入したときや車検の際に「自賠責保険料」として徴収されます。

自賠責保険は、交通事故被害者に対して保険金を支払うことを目的としていますが、政府事業として、ひき逃げや無保険車の被害者の救済にも使われています。ひき逃げや無保険車に対する補償は、積立金の運用の他、通常の保険料に上乗せする形で「賦課金」として課されています(現在は2年間で32円)。

この賦課金が来年度以降、最大150円程度値上げされる予定になっています。理由は、「より充実した被害者の救済のため」とのことです。しかし、実際のところは、財務省が貸したお金を返してくれないため原資が少なく、運用もうまくいっていないから、それを補填するのが目的です。財務省には借金の返済を求めず、お金が足りなくなりそうだから国民に負担を課せばよいという安易な発想です。

●国が自賠責保険から「借金」した経緯

そもそも、財務省はなぜ自賠責から1兆1200億円もの借金をしたのでしょうか。簡単に説明すると、バブルが崩壊して税収が落ち込む中、キャッシュ不足で予算の執行ができない状況になりました。そこで、自賠責の特別会計からお金を借りて一般会計に充てたというのが国が借金をした経緯です。当時の細川政権が赤字国債の発行を嫌がったため、内部にあるお金で何とかしようとしたわけです。

日本の財政は「予算単一の原則」と言って、国の施策を網羅的に把握するため、一般会計で予算の処理を行うのが原則です。しかし、保険事業など特別の用途に使われるものについては、一般の会計とまぜてしまうとわかりにくくなってしまいます。そのため、特定の目的に限定して利用される「特別会計」で運用することにしています。簡単に言うと「メインの財布」と「サブの財布」を分けて管理しているということです。

このような趣旨から、特別会計のお金を一般会計で使うことは本来許されることではありません。しかし、家計で例えるなら、生活費が足りなくなっている状況でサブの財布にお金があるのに、外部から借金をするのはどうかということがあります。

予算の執行ができない状況の中で、国債で資金を調達するよりも、特別会計から一時的にお金を借りて後で返済しようと考えたこと自体は理解できないことではありません。問題なのは借りたお金をその後も返していないということです。

●財務省は借金を返すつもりがない?

政府としては税収が回復すれば返済できると考えていたのでしょうが、バブル崩壊後「失われた30年」と言われるように、景気が上向くことはなく、日本経済は超低空飛行を続けてきました。税収自体は、ここ10年位は右肩上がりで上昇していますが、予算も右肩上がりで増えているので、財務省は、いつも「財政が厳しい」と言っています。

鈴木財務大臣は、この件に関し「1回でお返しするのは無理な状況」と話しています。通常借金をする場合、期限が定められるものですが、この約6,000億円の借金は、「有る時払いの催促なし」なので、「財政がきびしい」という一言で返済額を少なくすることができます。

このように見ると、財務省は借金をまともに返そうとはしていないように見えます。返済に100年もかかるようなことに真剣に取り組む人はあまりいないからです。奇跡的にバブル景気のようなことが日本で再び起きれば別ですが、そうでない限り、急激な税収増加は見込めず、「財政が厳しい」と言い続ければいいと考えているのではないでしょうか。

●国土交通省が強く返済を求めない理由

国土交通省の「今後の自動車事故対策勘定のあり方に関する検討会」の中間報告では、「一般会計からの着実な繰戻しが継続されても、財源はいずれ枯渇のおそれがある」と指摘されています。そして、現実的な選択肢として賦課金が100円〜150円必要としています。

財務省に対しては、「全額の繰り戻しを求める必要がある」との指摘はあるものの、「繰り戻されることに期待して事業の長期的な継続性を図り、求められているような施策の拡充を考えることは現実的ではない状況にある」としています。つまり、借金の回収は現実的ではないと見ています。

国土交通省に限った話ではありませんが、省庁に設置される検討委員会などは、自分たちに都合のいい意見を言ってくれる学者等を委員に選任するため、これらの意見は国土交通省の考えと言えます。

国土交通省がそこまで財務省に気を使う理由は、財務省の機嫌を損ねると予算を通してもらえなくなるからです。予算が通らなければ政策を実施することはできなくなるため、どの省庁も財務省には気を使うのです。

特に国土交通省は多くの公共事業を実施しているため、財務省にあまり強く借金の返済を求めると、「公共事業を減らして財源を捻出しても良いか」と言われるおそれがあります。国土交通省としては、それは避けたいため、あまり強く借金の返済を求めることができないという事情があるわけです。

財務省も「他の省庁から強くクレームを言われることはない」とわかっているので、「有る時払いの催促なしの借金」という通常では考えられないような条件を国土交通省に押しつけることができるのです。

●文句を言わない日本人

政府は、国葬には約12億円も使っておいて、自賠責への借金については、財政が厳しいからという理由で60億円しか返済できないと言います。一方で、「防衛力強化が必要だから増税が必要だ」、「無保険車やひき逃げの被害者を救う必要があるから自賠責の負担を増やすことが必要だ」と国民からお金を取ることだけは積極的です。

他の国ならデモが起こりそうな内容ですが、日本人はおとなしいので反対運動があったとしてもごく少数の人に限られています。自民党も当分選挙はないので、批判されようが、支持率が下がろうがあまり気にしていない様子です。野党の対応も大臣更迭にばかり注力し、この問題に真剣に取り組んでいるようには見えません。

幸い、マスコミがこの問題について取り上げているおかげで、財務省の返済額もわずかですが増えています。大事なのは、来年度以降もこの問題について声を挙げていくことです。ただ、その結果、「自賠責への借金の返済のため、増税が必要だ」と議論をすり替えられないよう注意が必要です。何かにつけて「財源が必要だ」というのが財務省の常套句なので、その点だけは気をつける必要があります。