純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

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フランスの宿に泊まると、「朝食」にめんくらうかもしれない。クロワッサンとカフェオレだけ。イタリアだと、クロワッサンにマーマレードが入っているだけ、まだまし。でも、これが本場の「コンチネンタル・ブレックファスト」。もちろん、同じ「コンチネンタル・ブレックファスト」でも、高級ホテルだと、暖かいものが無いにしても、チーズやハムくらいは付く。

だが、マインツあたりから南、ハイデルベルクやシュツットガルトなどの南西ドイツ(ラインラントやヴュルテンブルク)だと、Weck, Worscht un Woi。ウェック、ウルシュト、ウン・ワイと読む。ベルリンのドイツ語なんかをドイツ語だと思っていると、フランクフルト・ヴュルツブルク・ニュルンベルク以南では、フランス風の単語や発音も混ざっていたりして、買い物さえできないくらい方言が強い。北のドイツ語(プロシア語)で言えば、これは、Beck, Wurst und Wein、つまり、パン、ソーセージ、ワインのこと。つまり、朝から酒だ。

パンというのも変な形で、かならず丸パン二つがつながっているPaarweck、パーウェック。さもなければ、もっと変な形の細長いWeiknorze、ワイクノルツェエ。つまり、ひしゃげたブドウの木の枝みたいなの。どのみちライ麦が多くて、黒くて、固い。同じ固いでも、いわゆるフランスパン(baguette、バギュット)のように、発酵による空気のスキマがあるわけでなく、やたらただ固くて重い。

ウルシュトは、ソーセージはソーセージなのだが、東のバイエルンのように腸皮を剥いて食べる茹で白ソーセージではないものの、やはり腸皮が固いので、冷たいまま、ナイフで剥いて、手でつまんでパンと食べる。太いものは、輪切りで薄く切る。そもそもパンもソーセージも皿は使わない。テーブルクロスに直置きだ。

ワインは、地のもの。それも、Dubbeglas、デュッべグラス、つまり、ダブルの500ミリリットル。本来は、ワインなどを炭酸で割ったショーレ用なのだが、朝食では、これで割っていないモロのワインをがぶ飲み。あいつらのアルコール耐性にはかなわない。

当然、この程度で、あのでかい連中が足りるわけがなく、9時、10時ころになると、そこらのベンチでバナナとかを食べている。そのためのバナナケースが売られていて、これに入れてカバンに持って行けば、バナナも傷まない。

なんでこんな時期に、こんな話をしているかと言うと、じつはクリスマスツリーの起源が、これだからだ。英国から米国に広まったとされるクリスマスツリーだが、もともとはハノーファー公が英国の王さまになったときに、ドイツから持っていた習慣。さらに、その大元は、Kerb、ケルプ。南西ドイツやオーストリアなどで、教会堂聖別祭で飾り付けられた木。言わば大仏開眼式のように、この祭によって、教会堂は、ただの建築物から、神と直結する神聖な空間に生まれ変わる。

このとき、新設(改修)教会堂の前にケルプを立てる。これは、針葉樹で、先っちょ以外は枝を落とし、リボンなどでカラフルに飾り付けたもの。そして、この頂上に、例の朝食、ウェック、ウルシュト、ウン・ワイを飾る。そして、リボンを持って、そのまわりでぐるぐるダンス。Gstanzl、グスタンツルというワルツの歌が一般的。そして、その後のメリーゴーラウンドも、このぐるぐるダンスが機械化されたもの。

もちろん、お祭りだがら、多くの人が集まる。町の人はもちろん、遠くの観光客も。教会前には、ケルプを中心に、大きな市が立つ。つまり、これがクリスマスマーケットの始まり。そして、このケルプだが、この市で、抽選にかけられる。というより、新設教会堂の建設費を集めるための仕掛けが、このケルプ。村中の人、来訪者たちが、聖別祭の間、ケルプの富くじを買う。そして、祭りの最後は、この富くじの抽選会。一等は、もちろんケルプそのもの。この神聖な木を自分の家に組み込む。二等以下も、かなり豪華な賞品で、だれもがなにかしらのプレゼントをもらえる。これが、クリスマスプレゼントの始まり。

クリスマスツリーは、場を聖別するケルプが始まり。新しい朝食の日。だから、マインツなどでは、復活祭に先だって春の到来を告げるカーニバル(ファスナハト)でも、ケルプにウェック、ウルシュト、ウン・ワイを飾る。

さて、クリスマス。それは、新たな年、新たな時代に向け、世界を清めるお祭り。新しい朝食の日。これまでいろいろあったにせよ、それをすべて捨てて、忘れて、新たな気持ちで新たな年を迎えたいもの。


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