【ネタバレ】映画『ONE PIECE』議論になったウタの結末 脚本家が「出た、負け惜しみィ〜!」に込めた思い
8月6日の公開から45日間で、興行収入150億円を突破する記録的ヒットを打ち立てている『ONE PIECE FILM RED』。人気キャラクター・シャンクスと世界的歌姫となった“娘”ウタを巡る感動の物語を紡いだのは、日曜劇場「マイファミリー」や実写映画『キングダム』などで知られる脚本家・黒岩勉だ。『ONE PIECE FILM GOLD』(2016)以来、二度目の『ONE PIECE』映画に参加した黒岩がリモートインタビューに応じ、総合プロデューサーを務めた原作者・尾田栄一郎との脚本作業や、話題のセリフに込めた思いを語った。(以下、映画のネタバレを含みます)(取材・文:編集部・倉本拓弥)
同世代が共感できるキャラクター作り
Q:『ONE PIECE FILM RED』の脚本は2年かけて執筆したということですが、そもそもの出発点はどこからだったのでしょうか?
プロデューサーから「『FILM GOLD』に続いて、またやりませんか」とお誘いをいただきました。「尾田さんが良ければ、僕は嬉しい限りです」とお答えして、尾田さんも「ぜひ!」とのことでしたので、参加することになった次第です。 二度目の劇場版『ONE PIECE』で実感したのは、総合プロデューサーの尾田さんは本当に船長みたいな存在なんですよね。僕は航海士として尾田さんが「ここまで行くぞ」と決めた目的地への航海図を書いて、尾田さんが大勢の船員を集めて出航する。みんなで船に乗っている感じで面白いです。素晴らしいスタッフの方たちが集まり、谷口悟朗監督が見事な舵取りをしてくださり、本当に感謝しかないです。
Q:脚本執筆の際、尾田先生からオーダーされたことは?
物語に関して、最初はいろいろな方向性で検討されていました。ルフィたちがいわゆる最強の敵に立ち向かうようなプロットもあったのですが、ある時、尾田さんから女性キャラクターを麦わらの一味と対立させる存在として持ってきてほしいというオーダーがありまして、新しい『ONE PIECE』映画を作るんだなという気概を感じました。そこから、尾田さんや谷口監督、プロデューサー陣と細かいプロットに関するやり取りをさせていただきました。
Q:シャンクスの“娘”ウタについて、黒岩さんが求めたヒロイン像を教えてください。
今までの『ONE PIECE』映画では、初出の敵キャラクターが相当強くないといけない、元海軍大将や元大海賊といった原作に紐付いた肩書きがないと、一発で強敵だと区別させることが難しかった。それらを踏まえて今回、ウタがどうやって麦わらの一味と対等に渡り合えるかを考えるのが、最初のミッションでした。それでウタウタの実によって“ウタワールド”に連れていけば、最強であるという設定になっていきました。そんな中でウタは、同年代の人たちが「こういう子いるよね」「ちょっと分かるかも」と共感が持てる存在にしたくて、今のキャラクター像になりました。いわゆるYouTuberやインフルエンサーとして生きているけれども、見えないところでは孤独や寂しさを抱えている人であれば、今の若い人たちにも共感を得られるのではと思いました。等身大で、信念や覚悟を持っていて、同世代にも共感してもらえるヒロインになれば、という思いを込めています。
「出た、負け惜しみィ〜!」があるからウタの深さが出た
Q:原作漫画でも謎が多い赤髪のシャンクスは、脚本にどう落とし込んでいったのでしょうか?
シャンクスについては尾田さんしか正解を知らないわけで、ここからは僕の想像でしかないのですけど、世の中の闇と光の部分の両面をきちんと知っている人物だと解釈しています。シャンクスはルフィたちよりもずっと大人で、清濁併せ呑んで生きてきていたキャラクター。ルフィにとってあこがれの海賊ではあるけど、海賊なのでいい面だけではなく後ろ暗い部分は持っていると思うんです。そこに、素晴らしい歌で人々を感動させることができるウタという“純粋な善”がいた時に、彼女に対して「お前は俺のようにならないで、純粋な光になれ」と言える関係になれば、シャンクスの深みが出るような気がしました。
Q:シャンクスとウタの親子関係を描く際に気をつけたことは?
ウタも海賊を目指していたので、可愛い女の子と優しい父親というよりは、同じ海賊団の仲間として対等の関係を目指しました。『ONE PIECE』の世界は、どんなに強くても自分中心に世界が回らない不条理さや残酷さがあって、そこがリアルで素晴らしい。シャンクスは平和や平等なんてものは存在しないということをわかっていて、その不条理から娘を必死に守ろうとするシャンクスと、平和や平等を願うがゆえに不条理な行いをしてしまうウタ、すれ違う二人の関係性を表現できればいいなと思いながら執筆しました。
Q:ウタが度々ルフィに向けて放つ「出た、負け惜しみィ〜!」はファンの間で人気のセリフです。このセリフはどうやって誕生したのでしょうか?
あのセリフは、名塚佳織さん(ウタ役ボイスキャスト)の表現力が素晴らしいですよね。声の表現はもちろん、表情やしぐさも抜群にいいことが人気の理由だと思います。脚本に関して技術的なことで言えば、「出た、負け惜しみィ〜!」はルフィとウタの親しさを明確にするために、ウタが昔から使っていたワードを繰り返すことで、大人になっても変わっていないということを象徴させたかったんです。心情面で言えば、ウタは昔からルフィの方が海賊として何かを成し遂げるような気がして、どこか心の中でルフィに負けていると感じていたと思います。だからあえて「負け惜しみ」というワードを出すことで、負け惜しみを言っているのはウタであるように見えるのではないかと考えました。結果、予想以上の素敵な言い回しになっていて、「出た、負け惜しみィ〜!」があるからウタの深さが出たと思うので、「名塚さん、スゴい……」と感動しました。
「新しいことやりたい」を反映したウタの結末
Q:ウタは、赤髪海賊団に見守られながら命を落としました。この結末は最初から決まっていたのでしょうか? 別エンディングも候補にありましたか?
ウタの結末については、若い女の子を死なせてしまっていいのだろうか? と議論になりました。今までの『ONE PIECE』映画は、ラストの爽快感が重要だったと思います。『FILM RED』は少しビターな終わり方になってしまいますが、「新しいことをやりたい」という方向に舵を切ったことが一番の判断材料になりました。また、あれだけ大勢の人を巻き込んで大きな事件を起こしたウタが、解毒剤を飲んで助かった場合、彼女の覚悟が揺らいでしまうのではないかと感じたんです。ルフィとシャンクスに助けられただけだと、ウタというキャラクターの格が一つ落ちてしまう。赤髪海賊団の一員として、自分で起こしたことは自分でケジメをつけて責任をとる。自分なりに物事を収める自立した強さがないと、話として深みがなくなると思ったので、ウタには自ら責任を取る道を選んでもらいました。
Q:実写映画の脚本作業と比較して、ここが『ONE PIECE』ならではという点はありますか?
登場人物の数が多いことが一番ですかね。麦わらの一味だけでも相当な数なので、新キャラクターを含めて、2時間弱のストーリーにまとめていく作業が特殊かもしれないです。普段は実写のドラマや映画で仕事をしていることもあり、アニメーションの脚本を書くこと自体が面白いです。どんな舞台装置を作っても構わないし、立体的にキャラクターを動かすこともできます。もちろん『ONE PIECE』は日本で一番ファンが多い作品だと思うのでプレッシャーもありますし、幅広い層に対して作らなければいけない怖さもあります。原作者の尾田さんに総合プロデューサーとして参加していただけたことは、本当に救いになりました。
Q:『ONE PIECE』に限らず、黒岩さんが脚本作業で普段から意識していることはありますか?
多くの方に観てもらえる物語を作ることです。脚本家の役目は、一部の人を感動させる芸術作品ではなくより多くの人を喜ばせる商品を作ることだと思っているので、多くの方に楽しんでもらうためにはどうすればいいのか、自分がやりたいこと、書きたいことよりかは、そこを考えて執筆することを意識しています。ただ、それだけでは単なる迎合になってしまうので、どこかに自分なりのメッセージや時代性を盛り込まないといけません。しかもストリーミングが普及した今の時代は、面白い作品で溢れているので、視聴者が一瞬でもつまらないと感じると、その後は見てくれなくなってしまいます。すべてのシーンが面白くないといけない。伏線や激しいバトルシーンがあったり、初めから最後まで意味のあるシーンにしないとダメだということを、念頭に置きながら執筆しています。