※この記事は2012年09月08日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第236回

　日本でもオンライン決済サービスとして利用されるPaypalが、電子書籍販売業者に対して、獣姦やレイプや近親相姦のカテゴリの商品をすべて削除せよと、要求していたことが明らかとなった。

　電子書籍販売業者は、Paypal側と話し合いを持ったが、最終的にはPaypal側の要求を受け入れたという。(*1) 　このニュースで面白いなと思ったのは、「現金」とこうした決済サービスといったところで扱われる「マネー」が持つ意味が全く違うという部分。

　現金は客と業者の直接交換なので、双方の合意があれば、それだけで何とでも交換できる。それこそ違法な品物においても直接交換が成り立つわけだ。

　しかし、決済サービスにおいては、業者と客の間に決済サービス提供者が介在する。だからこそ、業者とサービス提供者の間で合意されなかった商品を、客はその決済サービスを利用することができない。

　店舗でのサービスがあれば決済サービスが使えなくとも現金で決済すればいいが、ネット上でのみ決済、提供される商品の場合、決済サービスが介在しなければ、客は実質的にその商品を手にすることができなくなる。

　ネット上で販売されるモノについては、決済サービス提供業者が恣意的に取り扱いの有無を決定できる。つまり、ネット上で決済されるマネーは、現金よりも使途のコントロール能力が強いということになる。その気になれば、政府などが決済サービス提供業者に圧力をかけて、ある種の商品をネット上から駆逐ことすら可能である。

　また、最近の生活保護バッシングの風潮を受けて、生活保護のバウチャー化などが要求されたりしているが、それも決済サービスを通せば、なるべく自由な形で、ギャンブルや酒や煙草の販売だけを締めだすことも可能である。

　ちなみに、今回の決定に対しては、Paypal側が獣姦やレイプ、近親相姦といった表現を嫌ったと決め付けるわけにもいかないことを考慮したい。一部の電子書籍の著者が、低品質な作品を性的なタイトルやカテゴライズで販売し、そのことに対する苦情などが多いために、自衛のための取り扱い停止要求であるということも考えられる。

　しかしそれでも、今回のことが示す「決済サービスを通じて、ある種の商品をネット上から駆逐することが可能である」という問題を無視していいという事にはならない。

　また当然、決済サービス業者が持つ商品購入履歴は個人情報の塊である。そうした情報と政府が結びつくことの危険性を忘れるべきではない。

　ネット上での電子化されたマネーを用いての買売は、現金での売り買いよりも、誰かの意図によってコントロールされやすい売り買いであることを、ネットでの商品購入が日常となった今だからこそ、改めて意識しておく必要性があるように、僕には思えたニュースであった。

　そう考えると、コミケなどといった直接取引の即売会は、表現の自由と極めて親和性の高い形式なんだなぁ。

*1：レイプや近親相姦モノの書籍全削除をPaypalが電子書籍販売業者に要求（GIGAZINE）
http://gigazine.net/news/20120229-paypal-smashwords-censorship/

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter