日産はこの分野で先陣を切れるのか(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg)

日産自動車が2028年度の実用化を目指して開発中という全固体電池の試作生産設備を公開した。神奈川県横須賀市にある日産総合研究所内に設置されたこの設備では、全固体電池の積層ラミネートセルの試作生産が行われる。

現在の車載用バッテリーの主流であるリチウムイオンバッテリーが電解質として有機電解液を用いるのに対して、全固体電池とは、その名の通り固体電解質に正極と負極の間のイオンを行き来させる機能をもたせたバッテリーである。

次世代車載用バッテリーの本命と言われるワケ

安全性が高く、温度に対する寛容度が大きく、常に反応している液体と比べて劣化が小さいといったメリットを持つ一方で、肝心なリチウムイオン伝導度が低いのが欠点だったが、硫化物系固体電解質が高いイオン伝導度を持つことが“発見”されると、にわかに次世代車載用バッテリーの本命と言われるようになった。

固体電解質は材料間の不要な副反応が減少するため現在はニッケル・マンガン・コバルトという高コストな材料が使われている正極に、硫黄・マンガンといった安価な材料を使うことが可能になる。一方、負極も現在使われているグラファイトよりリチウム格納量の大きい材料を用いてエネルギー密度を高めることができる。

また、液漏れ、発火の危険性がある有機溶液よりも安全性が高く、保存しておくだけで劣化することもない。運転温度限界が高いことから充電速度を高めるのも容易だ。繰り返しの急速充電も強力な冷却が不要になる。より軽い材料を選べることから重量エネルギー密度も高く、同じ航続距離ならバッテリーはよりコンパクトにでき、同じサイズならより大きな容量が得られる。

しかも現在は電池パック内の少なくない容積を占めている冷却系部品が省けるようになり、また高い安全性によりそれに関わる部品も同様に不要になると考えれば、パッケージ効率はさらに格段に高まることになる。

「こうしたメリットを活かせば、航続距離は2倍、充電時間は3分の1になり、バッテリーコストも2028年に1kWh当たり75ドルを実現できるポテンシャルがあります」

日産自動車 常務執行役員アライアンスグローバルVP 総合研究所所長の土井三浩氏はそう言う。価格はさらに、ガソリン車とコスト同等レベルという1kWh当たり65ドルも視野に入っているということだ。

また、有機溶剤を使っていないので材料リサイクルがより容易になるのも大きなメリットと言えるだろう。再利用がしやすくなれば、さらにコストが下げられる。まさに“夢の”電池なのである。

そのため現在、多くの自動車メーカー、バッテリーメーカーが実用化を目指して開発にしのぎを削っている状況にある。国内自動車メーカーではトヨタ自動車、ホンダも全固体電池を開発中であることを明らかにしているが、いまだ実用化には至っていない。技術的なハードルはやはり相応に高い。

材料、構造、生産プロセスなどあらゆる面で課題

いちばんの課題は固体と固体の間にいかに安定した界面を形成できるかということだ。液体電解質は正極材、負極材に浸透して安定した界面を作りやすいが、固体同士で高密度かつ均一な界面を形成し、維持するためには材料、構造、そして生産プロセスというあらゆる面でまだ課題が多い。それでも日産は、2028年の実用化を明言したわけだ。土井氏は言う。

「順調なのかと言えば、開発は今も滑ったり転んだりしながらやっていますよ(笑)。ですが、こうして試作生産をというところまでは来ましたから、間違いなく進んではいます」

特に重要なのは、やはり材料選定だろう。リチウムイオンバッテリーと違って、材料の選択肢はきわめて広いが、それだけにどれを選び、どう活用していくかが重要になる。その材料選定、そしてプロセス決定という場面での多岐にわたるという技術的ブレークスルーについてはここでは省くが、日産は社内だけでなくNASA、そして国内外の多くの大学といったグローバルなパートナーとともに、これを解決しようとしている。古くから自社内でバッテリー開発を手掛けてきただけに、この界隈に豊かなネットワークを有しているのだ。

材料に関しては、すでにコレと決まったわけではない。研究は日産の側ではもちろん、材料メーカーのほうでも日進月歩で進んでいるからである。現在の状況は、課題は明らかになり、大まかな方向性は見えたといったところだろう。

そして実用化のもっとも大きなカギを握っていると言ってもいいのが、界面の安定維持である。バッテリー内の正極活物質は充電すると膨張し、放電すると収縮する。電解質が液体であれば、それでも界面は安定性を保ちやすいが固体ではそれは非常に難しくなる。活物質の膨張収縮に追従できずに界面が剥離してしまえば、そこではリチウムイオンの伝導は行われない。「全固体電池は寿命が課題」と言われているのは、つまりこの問題である。

日産がラミネート式に絞る理由

日産の全固体電池はラミネート構造を用いているが、実際にセルの厚みは5%ほども変化するという。ミクロの単位では電極界面の平滑性制御が、マクロではセル拘束面圧の制御が重要になる。セルはリチウムイオンバッテリーの3倍にもなる高圧でプレスされ、ガラスのような硬さに。ただし闇雲に硬くするのではなく、うまく膨張収縮させてやる必要があるところに難しさがある。これらを勘案すると、ラミネート式以外には考えられないというのが日産の考えだ。ちなみにポリマーは、扱いやすいがリチウムイオン伝導性が決定的に足りないそうである。

リチウムイオンバッテリーでもラミネート式を使ってきた日産だが、それは全固体電池まで見通していたわけではなく、土井氏によれば単なる偶然とのこと。しかしながらセルの多積層化などリチウムイオンバッテリーで培った生産技術は、全固体電池にも活かせるため、やはりアドバンテージになっているようだ。

実際にこの試作設備を見学したのだが、電池がもっとも嫌う水分を排除するためにエンジニアたちはドライルームを経てから内部に入っていた。内部の空気の水分量は真冬の東京の10分の1ほどしかないといい、2時間以上は中に居ないようにと定められているのだという。

コンタミネーション(異物混入)は即ショートにつながるなど、従来のリチウムイオンバッテリーをはるかに上回る高い生産精度が必要になることもあり、実際に量産に移される際に用意される生産ラインは、既存設備の簡単な改修くらいで済むというわけにはいかないようである。

28年度までに自社開発の全固体電池搭載BEVを投入へ

日産は2028年度までの自社開発の全固体電池を搭載したBEV(電気自動車)の市場投入を、先に発表した長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」で掲げた。そのために2024年度までに、横浜工場内に量産試作を行うパイロットラインを設置する予定であり、今回公開された試作生産設備ではそこで試作を行う仕様の材料、設計、製造プロセスの検討を行うという。

2028年という期限を切ったのはかなりチャレンジングなことであるのは間違いない。現状のリチウムイオンバッテリーだって進化しているだけに、2028年時点でのそれを上回る性能、下回るコストが実現できなければ、いくら夢の電池であろうと採用されることはないのだ。


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「リチウムイオンバッテリーでも私たちはまさにここで、粉を混ぜるところから始めたんです。一度作った経験がありますから、開発だけでなく生産部門まで含めて今の時点から一体で、ワンチームでできている。これが日産の強みだと思っています」

土井氏はそう述べていた。BEVが本格的に普及のフェーズに入るのは、全固体電池が実用化されてからだという見方は強い。リーフの投入によりBEVで世界に先駆けた日産は、またも次の時代の扉を開け、今度こそ本当の意味での普及を実現できるのか、注目である。

(島下 泰久 : モータージャーナリスト)