相次ぐ「地域まるごと電車・バス無料デー」 街が潤う! お祭りで終わらせないための課題も
熊本県・岡山県・高知県で、鉄道・バスなどの運賃を1日だけ無料にする試みが相次いで行われました。利用者が増え市街地の賑わいや増収を生む中、新たな課題も見えているようです。
乗客2〜3倍、市街地の人出増加!各地の「無料デー」効果
鉄道・バスなどの公共交通の運賃を、期間限定でその地域ごと無料にする「運賃無料デー」を開催する自治体が相次いでいます。
事業者単独で行う無料デーとしては、2016(平成28)年の一畑電車(島根県)、2017(平成29)年の東急池上線(1日無料券の配布)などの例もありましたが、2019(平成31)年9月14日(土)に実施された「熊本県内バス・電車無料の日」は、産交バス・熊本市交通局など10社局が参加し、熊本市内から郊外の玉名・水俣・天草まで広範囲な路線が対象となる大掛かりなものでした。
その後2021年11月28日、12月10日(いずれも金曜)には岡山市を中心とした無料デーが、同年11月から2022年1月の土曜ならびに特定日には高知市を中心とした無料デーが開催されています。
熊本市のバスターミナル併設商業施設「サクラマチクマモト」正面。2019年の商業施設オープン時にバス電車無料デーが行われた(宮武和多哉撮影)。
それぞれの地域に共通することといえば、やはり沿線地域の経済効果でしょう。まず熊本では、新装バスターミナルを併設した商業施設「SAKURAMACHI Kumamoto(サクラマチクマモト)」のオープンに合わせた開催でしたが、市内電車・バスの無料に後押しされるかのように同施設の利用者は大きく伸び、初日の来客数は当初想定の2.5倍(25万人)にものぼったと言います。
2021年に岡山県・高知県で行われた無料デーは、新型コロナウイルスの感染拡大によって売上ダウンなどの影響を受けた商業地域へのテコ入れ策でもあり、岡山市内の百貨店では無料デー開催日の来店客数が、前週比で30〜40%ほど増加したとのことです。
また高知県では観光施設の利用者増が著しく、高知市郊外の桂浜水族館では、無料デー開催日に前年度比で50%以上の来客数増加が続き、11月23日には閉館前になっても来場者が押し寄せ、あまりの忙しさに公式Twitterが「(前略)こんなの全然桂浜水族館じゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!解散!!!!!!!!!!!!!!!!!!」(原文ママ)と嬉しい悲鳴を上げていました。
各地とも、無料対象となった交通機関の利用状況は軒並み前年比で2〜3倍にのぼっています。調査日に行われたアンケートでは、普段から電車・バスを利用しない人の利用が4割近くにのぼり、今後の利用のきっかけづくりにもなっている様子が伺えます。
なお、2022年1月以降はオミクロン株の感染拡大によって、岡山市では2月に予定されていた3回目の運賃無料デーが先送りされ、熊本でも1月29日に予定されていた「バス・電車子ども無料(大人100円)の日」が中止となるなど、検討されていた施策も見直しを余儀なくされています。
電車・バスが大混雑! 無料デーならではの悩みも
運賃無料デーの課題も明らかになっています。まず起きた事象として、想定を超える電車・バスの混雑が挙げられます。
特に遠距離を結ぶ路線で利用が集中する傾向にあり、岡山では玉野市に向かう「玉野渋川特急線」、高知では40km近くを結ぶ安芸市方面へのバスで著しい乗客の増加が見られました。
コロナ前に行われた熊本では、熊本市と天草市と結ぶ「あまくさ号」、阿蘇方面を結ぶ「たかもり号」への乗車に整理券が必要な状況が続き、午後まで満員、なかなか乗車できない状態が続いたそうです。多客が予想された路線に1日計183便の臨時バスを増発したものの追いつかず、普段からの利用客にも影響が及ぶ状況が続きました。
また電車やバスが、JRなど運賃対象外の鉄道と並行している場合もあり、他都市で開催される場合は配慮が必要な場合も出てくるでしょう。特に高知県では、無料デー対象となるバス路線と並行しているJR土讃線、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線で、無料デーの賑わいとは対照的な光景も見られました。
無料デー実施時の高知・桂浜バス停。市街地行きのバスに長蛇の列ができた(宮武和多哉撮影)。
そして高知では、観光客向けの「MY遊バス」などの一部路線が無料対象外であるため、桂浜では一般路線バスと「MY遊バス」で混雑状況が対照的に(どちらも、とさでん交通の路線)。無料対象外のバス路線沿線にある竹林寺や牧野植物園(牧野富太郎博士の標本を展示)、龍河洞などの観光地には賑わいが及ばないなど、その効果にはやや濃淡が見られました。
無料デーを開催するにあたっては、その運賃の負担も課題となります。熊本の場合は「サクラマチクマモト」開業という名目もあり、産交バスグループが2500万円の経費を負担して実現しました。一方、岡山と高知は新型コロナウイルスに関連した経済対策の予算によって無料デーが行われています。今後、各都市で無料デーを開催するにしても、特別な事情・予算編成がない限り、この3都市に続く実現は、すぐには難しいのかもしれません。
一時のお祭りで終わり? 無料デーを今後につなげるには
運賃無料デー開催後にどのような効果があり、どのような事象が起きたのかをしっかり検証することも重要です。たとえば熊本では、ヤフー、Traffic Brainなどと連携した「SAKURAMACHI DATA Project」、岡山ではKDDIなどとの協力で、通常時と比べた利用実態や「いつも利用していない人がどれだけ利用しているのか」「どの区間の利用が伸びたのか、どのような問題があったのか」などを検証しています。
この思い切った社会実験の使命は、開催当日の賑わいを作るだけでなく、今まで公共交通を利用していなかった層を取り込む目的もあります。通常時にはなかなか取得できないデータや生の声を拾い、今まで利用していなかった人々にアプローチする利用環境の改善を行うことが求められています。
もちろん運賃を無料にしたところで、それが周知されなければ、なかなか効果を発揮しません。前述の桂浜水族館でも、当初は無料デーそのものが浸透しておらず、路線バスでの来場客は少なかったのだとか。
岡山電気軌道の路面電車。無料デーの対象となった(宮武和多哉撮影)。
周知にも力を入れた例としては、前述の東急池上線は事前に“生活名所 池上線“とうたったさまざまな目的地・楽しみ方を拡散していたこともあり、利用者数は前年比3.7倍に当たる56万人、戸越銀座や洗足池はこれまでになく賑わい、その後も2回、3回と再訪する人も多かったといいます。「電車・バスが無料」だけでなく「無料で行った先で何かを体験できる、トクできる」状態でないと次の乗車にはつながりにくいため、より市街地の魅力をPRするような事前の周知も必要でしょう。
自家用車が人々の足となり、郊外の大型店に押され市街地が空洞化、その問題点も指摘されるなか、電車・バス無料デーは、各地で乗客増、地域への経済効果など一定の成果を挙げています。この賑わいを開催日だけの“お祭り“に終わらせないためにも、事前の準備から開催後のデータ・ノウハウの取得・検証も合わせて考えることで、社会実験としての重要性も増すのではないでしょうか。