北朝鮮は第3次世界大戦のトリガーになり得る
■トランプ大統領が金正恩氏と会ったのは恥ずべきこと
――米国が凋落し、中国も覇権を奪えないという極めて不安定な世界を予見するアタリ氏。第3次世界大戦の可能性について語り始める時、真っ先にカギを握る国として北朝鮮の名を上げた。
第3次世界大戦を避けられるか。それはできると思います。しかし「回避は可能である」と思わなければ、避けることはできません。
2020年の最大の問題は北朝鮮です。今、北朝鮮の脅威について十分に議論されていないと思います。ミサイルや核兵器の開発を許し、北朝鮮がミニチュア化されたミサイルや核兵器を造るのであれば、イランも同じことをするでしょう。どの国も同じことをするでしょう。韓国や日本もそういうことをしたいと思うかもしれません。そうなれば、これは核不拡散レジームの終焉(しゅうえん)となります。
第1次世界大戦の時はロシアとポーランドが対立し、そして他の国もいくつか入って、いろいろなばかげた偶発的なことで戦争が起こりました。ですから、このようなローカルな問題を発生させてはなりません。
トランプ大統領が彼(金正恩朝鮮労働党委員長)と会ったのは恥ずべきことだったと思います。イギリスのチェンバレン首相とフランスのダラディエ首相がヒトラー総統と会ったのと同じくらい、恥ずべきことだった。(1938年、ミュンヘンで行われた)この会談が戦争へのプロセスを加速化したと言わなければいけません。手遅れになる前に何かをしなければいけないと思います。
■アメリカは外に“敵を”つくることで発展してきた
――北朝鮮の危機が手遅れになる前に手を打つにはどうしたらいいか。しかし、米国、中国の2大国は、その危機に対応できないと予測する。
アメリカはグローバル戦争勃発のリスクをさらしています。そして、アメリカがその予防策を講じることも少なくなっています。アメリカの孤立主義のスタートを切ったのはトランプ氏ではありません。オバマ大統領です。
アメリカは長い間、敵がいないと国内を整えることができなかった。敵がいることで巨大な軍事費用を出すことができたのです。アメリカはいろいろな敵のバランスを取ってきました。インディアンだけではなくて、後になって、いろいろな敵が出てきました。しかしソ連が崩壊すると、アメリカはどうしていいか分からなくなりました。ロシアは旧ソ連だから敵なのか、どの国は敵なのかということになりました。
ところが、そこにテロリズムが敵として出てきました。そこでアメリカはテロリストを代理敵として戦争に行くことになりました。
しかしながら、その後、それだけでは十分でないから別の敵が必要であると分かりました。ですから、大統領の政権ごとに新しい敵を考えました。それが中国なのか、まだ最終決定は出ていません。中国の方がロシアよりも敵なのか、決められていません。
■中国にはまだ戦争する余裕がない
――世界の紛争に対応できなくなってきたアメリカ。一方、中国はどうなのか。
中国はアメリカの敵であり続けるかどうか。私は、1972年、ものすごく若い教授のとき、初めて中国に行きました。それだけ中国を知っている人間のつもりです。その立場で言うと、中国は自分たちが敵として思われたくないのです。彼らは非常に賢い人たちであり、自分たちが脆弱(ぜいじゃく)だということは分かっています。人口動態的にもお金持ちになる前に高齢化のリスクがあるということを知っています。そして、まだ発展途上の部分もあります。
日本はリッチになってから高齢化しました。フランスも同じです。アフリカはどうでしょう。まだ全然、お金持ちにはなっていません。中国はリッチになる前に高齢化したくないのです。ですから、彼らはこれから戦争などできるわけがありません。お金持ちになってから初めて、それができるということです。
それ以外にも困難性はたくさんあります。水、インフラ、公害、人権など、いろいろあります。中国はその真っただ中にあります。ですから、中国はいろいろなところに出ていく余裕がないのです。
しかしながら、国内的にアメリカ社会が敵を必要としているということを認識しなければなりません。ヨーロッパはこれまでの悲劇を分かっているので、自分のアイデンティティーを考えるべきであって、敵を考えるべきではないということを知りました。
友人によって、我々のアイデンティティーは決まるのであり、敵によって決まるのではないということを知りました。個人的な生活においてもそうだと思います。敵があることによって自分が決まるのではなくて、友人の存在で自分が決まるのです。
■「ヨーロッパに移民の津波がある」というのはウソだ
――アタリ氏はポピュリズムについて語り始める。世界で同時多発的に台頭するポピュリズムによって世界の混乱がさらに広がるという見方が多い。欧米での反移民の動きやイギリスの欧州連合(EU)離脱も、ポピュリズムがまん延する影響を受けたものだという分析もある。しかし、アタリ氏は冷静な対処を呼び掛ける。
ポピュリズムの台頭は、我々をどこに連れていくのでしょうか。本当に撹乱(かくらん)するのだろうか。ヨーロッパに、ポピュリストが存在することは否定できません。イギリスやハンガリーもしかり。各地でポピュリスト的なリーダーが生まれています。
イギリスはEUからの離脱を決めました。しかし、一方でEU加盟諸国にとって、離脱のコストはどんどん高くなっています。欧州の中で10カ国ほどのEUの非加盟国がドアをたたいて「入りたい」と希望しています。つまり、EUは人気があって、現在、ポピュリストがリスクになることはないと思います。
もちろん、妄想のようなことはあります。例えば移民の問題。私の国・フランスの人口は7000万人で、本年度、フランスで公式に発表された移民の数は7万3000人です。つまり移民はフランス人口の1000人に1人にすぎません。移民が大変な数になっているというのはファンタジーにすぎず、ヨーロッパに移民の津波があるというのは全く事実ではありません。今はリスクはないと申し上げたいと思います。
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ジャック・アタリ(Jacques Attali)
経済学者
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業。フランス・ミッテラン仏大統領特別補佐官、欧州復興開発銀行の初代総裁などを歴任。ソ連の崩壊、金融危機、テロの脅威、トランプ米大統領の誕生などを的中させた。『2030年 ジャック・アタリの未来予測』(プレジデント社)など著書多数。
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(経済学者 ジャック・アタリ 構成=プレジデントオンライン編集部)