LINE MUSICが「赤字続き」でも踏み止まる理由
日本の音楽ストリーミング市場の行方は?(撮影:東洋経済オンライン編集部)
月額定額制で「聴き放題」、日本の音楽ストリーミング市場で勝ち残るのはどこか――。LINE MUSICなど和製サービスの本格開始から約4年。各社が今、正念場を迎えている。
2018年の日本におけるストリーミングサービスの売上金額は348億6600万円(日本レコード協会調べ)。2013年の実に11倍以上と、急成長が続く。PwCによれば、2022年の日本のストリーミングサービスの市場規模は約19億ドル(約2030億円)で、年平均26%もの成長が予想される。
有望市場を狙い、日本ではストリーミングサービスを提供する事業者が乱立。Apple Musicを筆頭に、LINE MUSIC、You Tube Music、AWA(アワ)、Spotify、RecMusic(旧レコチョクBest)、KKBOXなどがしのぎを削る。
今、サービス各社から聞こえてくるのは歎きの声だ。「差別化できない」「ユーザーに認知されない」、そして「儲からない」。詳しくは後述するが、LINE MUSIC、AWAなど主要各社はここ数年、数十億円規模の巨額赤字を出している。それでも各社に撤退する気配はない。いったい何が起きているのか。
日本の音楽配信市場は「異常」
「(日本でのシェアは)1位がApple Musicで2位はLINE MUSIC。3位より下はどんぐりの背比べだ」。音楽配信に詳しい作家の榎本幹朗氏はそう指摘する。
サービス各社は5000万曲など、提供曲数の多さを誇るが、実は楽曲ラインナップ自体はさほど変わらない。「横並び」の背景にあるのは、楽曲を“提供する側の事情”だ。
売れた分だけレコード会社の収益に反映されるCDと違い、ストリーミング配信は少額の利益を継続的に獲得していく積み上げ式のビジネス。「例えば米津玄師のような大物アーティストはCDが売れるので、わざわざ利幅の薄いストリーミング配信を選ぶ必要がない」(榎本氏)。日本は世界的に見てもCDの売り上げシェアが大きい市場。レコード会社にしても、そのCD売上が配信に食われることを考えれば、気軽には楽曲提供できない。
こうして現状、日本のストリーミングサービスでは「最新曲から過去のヒット曲まで、いわば”虫食い”のように楽曲があちこち欠けている異常事態」(榎本氏)。B’zやジャニーズ系アーティストなども現状、各社のサービスに含まれていない。
一方、もしアーティストやレコード会社がストリーミングサービスへの楽曲提供を決断するなら、複数社に楽曲を提供したほうが合理的。なぜならユーザーへのリーチがそのぶん広がるからだ。例えば、5月14日から小田和正の全楽曲のストリーミング配信が始まったが、主要な配信事業主がずらりと名を連ねていた。こうして「横並び」は広がっていく。
【2019年6月27日21時55分追記】初出時、配信事業主に誤りがありましたので、上記のように修正しました。
もちろんサービス各社が差別化のために、特定のアーティストの楽曲を「独占配信」することは可能だ。実際、6月16日にApple Musicが安室奈美恵の全楽曲の独占配信を開始したばかり。ただ、そうした独占契約には莫大な費用がかかり、手が出しにくい。
「熱烈なファンたちはすでに好きなアーティストのCDを持っていることが多く、(独占配信は)新たにユーザーを引き寄せる施策として割に合わない」(業界関係者)。
ストリーミングサービスは分配制のビジネス。再生回数に応じて配信事業主があげた利益を、各レコード会社で分け合うモデルとなっている。その際、分配の指標となるのは再生回数だ。
東洋大学の安藤和宏教授が、各配信事業主の資料に基づいて計算したところ、配信事業主が得られる利益は売上のおよそ28.8%。原価として計上される売上の6割強については、レーベルに対して支払う許諾料(40.5%)や著作権(7.7%)、原盤印税(15%)などが含まれる。
ところが配信事業主が得る3割弱の利益を、認知度向上のためにかかる多額のプロモーション費用が削り取っていく。
新規ユーザーを課金へ誘導するために設けられる、無料体験期間にかかる費用もばかにならない。ユーザーにとってはタダだが、楽曲を配信していることに変わりはなく、サービス提供各社は許諾料をレコード会社に支払わなければならない。
差別化しにくいサービスに、利幅の薄いビジネスモデル、そして新規顧客獲得のために削れない多額のプロモーション費用――。「さながらチキンレース」とある業界関係者は嘆く。
シェアを取りに行くLINEの勝算
「いい意味でガラパゴス化した日本オリジナルのサービスを提供したい」と語る高橋明彦・LINE MUSIC取締役COO(撮影:梅谷秀司)
日本の音楽ストリーミング市場は、今後いったいどうなっていくのか。和製サービス各社はどうやって生き残りを図るのか。
日本における圧倒的王者であるApple Musicを追うLINE MUSIC。国内シェア1位の座を狙い、さらなるユーザー増に向けて勝負をしかける。
「日本のストリーミング市場がさらに伸びることは明白。だからこそ、まずはマーケットを取ることを重視している。ここでユーザーをしっかりと獲得できなければ終わりだ」とLINE MUSIC取締役COOの高橋明彦氏は語る。
彼らの強みは、8000万人の月間アクティブユーザーを誇るLINEという圧倒的なユーザー基盤だ。その特性を全面に打ち出し、今なおCD売り上げに依存するレコード会社やアーティストらを地道に説得、獲得してきた経緯がある。
例えば、LINE MUSICの有料ユーザーの半分が利用する「LINE着うた」。サービスに反対するレーベル会社を説得できたのも、「LINEの力が大きい」と高橋氏は振り返る。
「今後も対等に渡りあうにはシェアの獲得、確固たる地位は不可欠」(高橋氏)
LINE MUSICの有料ユーザー数はおよそ120万人。そのうちの半分を10代後半から20代前半が占めるという点でも、LINEにかけられる期待は小さくない。
「有料ユーザーになってもらうには、プレミアム感とリッチコンテンツが重要。会員限定イベントの開催などで、プラン料金を超える課金のメリットを積み上げていきたい」と高橋氏は強調する。
秋頃にはLINE MUSICの大きなリニューアルを控えているという。LINEが開発した音声アシスタント機能であるClovaをレコメンド機能に導入するなど、独自のサービスを拡充していく考えだ。
まずは足場を固めるAWA
「無尽蔵な広告による認知ではなく、サービス品質向上によりユーザーの自然流入を増やしたい」と語る小野哲太郎・AWA代表取締役社長(撮影:尾形文繁)
国内の有力サービスで、LINE MUSICとは対照的なのがAWAだ。エイベックスとサイバーエージェントが共同出資し、鳴り物入りで始まった同社はLINEとはまた違った転機を迎えている。
AWAが目下、最優先事項に掲げるのは、サービスの黒字化だ。「赤字のまま拡大するのは健全な事業とはいえない。とにかくまずは事業を黒字化する。サービス拡大やプロモーションの展開は十分な利益を確保してからだ」とAWAの代表取締役社長の小野哲太郎氏は語る。
愛用してくれるユーザーに対し、永続的にサービスを提供し続けるためにも、まずは事業収益を安定させる。そして来るべき市場爆発のタイミングに備える、というのが彼らの考えだ。
削減可能なコストを削る。その点でまずメスを入れたのが各社の赤字の元凶ともなっている広告宣伝費。認知度を上げるために大胆に出してきた広告を2年前からは手控えているという。
サービスの知名度の向上については“秘策”がある。それが外部とのビジネスアライアンスだ。サービス開始から4年で、累計40件以上の提携を実現。中でもTikTokとの提携は、AWAへの新規ユーザーの流入を1.7倍へと引き上げたという。
小野氏は「ビジネスアライアンスはお互いにとって有益。単に広告を出すのではなく、こうしたコラボレーションを通じて認知度を上げていきたい」と意気込む。
システム費の削減の取り組みも独特だ。「多くの場合、楽曲のメタデータは外注するもので、コストがかかってしまう。だがAWAではエイベックスのノウハウを活かすことで、メタデータを内製化し費用を抑えた」と小野氏は語る。
データサーバーの維持費についても地道なコストカットを行うが、ここで活きているのが、サイバーエージェントのノウハウだ。AWAには3つの尺と4つの音質のデータが楽曲ごとにそれぞれ存在する。そうした莫大なデータを無駄なく効率的に保管することで、本来は月3000万かかる維持費を半分にまで抑えることができたという。
こうして、AWAは売り上げ増と赤字削減を同時に追求。2018年3月期の売上高は前年同期比49.8%増の21億円、赤字幅も着実に削減している。
まずはシェア奪取を優先させるLINE MUSICは、売上が大幅に伸びているものの赤字幅は拡大の一途。2018年12月期の売上高は前年同期比81%増73億6169万円となる一方、20億円超の当期純損失を計上。「今は投資の期間。今年から来年にかけて勝負の時になる」と高橋氏は表情を引き締める。
これから爆発的に広がるのは間違いないと言われる、日本の音楽ストリーミング市場。その爆発がいつになるかまだ見えない中、今優先させるべきは、シェアか、利益か。各社は今、それぞれの新たなステージに突入しようとしている。