「ゲスな自分をありのまま書いた」住所不定無職の作家が描く波乱の半生
2018年に『藻屑蟹』で第一回大藪春彦新人賞を受賞してデビュー。
その圧倒的な筆力が注目を集めると同時に、「路上生活の経験あり、定職なし」という経歴から「住所不定、無職の新人」として話題になった赤松利市さんの新刊『ボダ子』(新潮社刊)は、自身の波乱に満ちた半生を描いた私小説だ。
人生から転落してなお女を追わずにいられない男と、女と仕事にしか向かぬ男の視界の外で精神を病んでいく娘。そして東日本大震災の被災地の過酷な実情。
生々しい中に人間の業の深さと人生の悲しみが漂うこの作品がどうできあがっていったのか。そしてなぜ今回、自分自身の生を題材にしたのか。赤松さんにお話をうかがった。
■「ゲスな自分をありのまま書いただけ」
――赤松さんの最新作『ボダ子』は、ご自身の実体験に基づいて書かれたとされています。東日本大震災の被災地の状況や、そこで復興活動に携わる土木作業員たちの実情、そして境界性パーソナリティー障害の娘を持つ主人公の大西浩平の人生など、「衝撃的」という言葉では表現しきれない内容の作品ですが、小説ということである程度フィクションの部分も含まれているのでしょうか。
赤松:ないです。「私小説」といっていい。
――すべてが実体験だと。
赤松:そうです。100%ですね。
――語り手の大西浩平はええかっこしいですし、身勝手ですし、鈍感で他人の気持ちを汲めない人間として描かれています。人間の弱さ汚さが凝縮されたようなキャラクターですが、誰もが大西のどこかに自分自身との共通項を見つけ出せるのではないかという気もします。
赤松:本当に身勝手な人間ですよね。ここにいますが。
――すみません、ご本人でしたね…。とはいえ小説を書くにあたって多少はキャラクターを脚色したりしたのはないですか?
赤松:いえ、本当にゲスな自分をありのまま書いただけなんです。
――これまでに書かれた作品はいずれもフィクションでした。なぜ今回実体験を書こうと思ったのでしょうか。
赤松:質問の答えになっているかわからないのですが、当初はここまでさらけ出すつもりではなかったんです。
東日本大震災の被災地で土木作業員として働いていましたから、その時の体験を基にして「土木作業員から見た被災地」を書きたかった。実際初稿の段階ではその話が9割以上を占めていました。
――完成した作品とはややテイストが違いますね。
赤松:初稿を読んだ編集者から「土木以外の話も知りたい」と。例えば、「被災地に行った理由」として少しだけ入れていた、境界性パーソナリティー障害を持った娘さんのことが気になる、と言われました。
本当は、娘についての話をするのは、今こうして取材でお話しするだけでも体が震えるくらい辛いことなんです。当然書くのも痛みを伴うのですが、そういう意見をいただいたので、もうこれ以上は何も出ないというくらい書いたつもりです。
――結果としてご自身の人生を恥の部分までさらけ出すことになってしまったと。
赤松:そうですね。ただ、後日談がありまして、自分としてはすべて書き尽くしたつもりでいたのですが、読んでくださった作家の寮美千子さんが丁寧な感想文を送ってくださったので、お礼に電話をしたんです。
そうしたら「あんた、書いてないことがあるでしょう」と。
――まだ何かあるだろうと。
赤松:私としては「えっ?」という感じです。ただ、この小説の中でいうと、境界性パーソナリティー障害で入院していた娘が、強制退院させられてから二年ほど、神戸のワンルームマンションに父親の大西と閉じこもって暮らすことになるのですが、寮さんがいうにはその期間ことが全然書いていないと。実は寮さんとは私が作家デビューする前から親交があったのです。いろいろなことがあったでしょうと。他人は何とでも言えますよね(笑)。
――それは次回以降のテーマになるのでしょうか。
赤松:どうでしょう。ただ、この小説を書いたことで私自身の書きたいテーマが変わってきたのを感じています。
――どのように変わったのでしょうか。
赤松:これまで受けた取材では、平成になってから生まれた社会構造の変化、具体的には「格差社会」や「非正規雇用」などをテーマにしていきたいと言っていたんです。
昔は会社を経営していたのですが、その会社が立ち行かなくなってからは、東日本大震災の被災地で土木作業員や除染作業員。それもあかんようになったら東京で風俗店の呼び込みとかバスの誘導員をやって、格差社会の実情や非正規雇用者がどんな目にあっているかを嫌というほど見てきたので、それを書こうと思っていた。
でも、それって私じゃなくても色々な方が書くと思うんです。だから私はそこから降りて、今後は色と欲に狂った人間を書こうと思いました。この小説でいう大西のような。
――「色と欲に狂った人間」というところで、病院に運び込まれた娘が、大西がすぐに駆けつけなかったことを非難する場面で、大西は自身が愛用する勃起薬の効能を知人に説いていたために到着が遅れたのを、「仕事をしていて遅れた」と嘘をつくのが滑稽で印象的でした。
赤松:私自身の体験をそのまま書いているだけなので、滑稽さを意識したわけではないんです。滑稽だというなら、それは私の生き方が滑稽だということでしょう。
――娘の「ボダ子」についてですが、大西は彼女が境界性パーソナリティー障害を持つことになった原因が自分にあると考えているところがありますが、それは自分を責めすぎなのではないかという気もします。
赤松:いや、100%私(大西)でしょう。お金を渡してさえいればいいという親でしたから。
――娘の母親にもだいぶ問題があるのではないかと。
赤松:それ何て答えたらええの…(笑)
(後編につづく)
著者プロフィール
赤松利市さん
1956年、香川県生まれ。2018年、「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞。他の著書に『鯖』『らんちう』『藻屑蟹』。『ボダ子』が四作目となる。
【関連記事】
エース社員を育てるために上司がすべきこととは?
業界を変えたいという想いからプロの講演家に “炎の講演家”の半生
その圧倒的な筆力が注目を集めると同時に、「路上生活の経験あり、定職なし」という経歴から「住所不定、無職の新人」として話題になった赤松利市さんの新刊『ボダ子』(新潮社刊)は、自身の波乱に満ちた半生を描いた私小説だ。
人生から転落してなお女を追わずにいられない男と、女と仕事にしか向かぬ男の視界の外で精神を病んでいく娘。そして東日本大震災の被災地の過酷な実情。
■「ゲスな自分をありのまま書いただけ」
――赤松さんの最新作『ボダ子』は、ご自身の実体験に基づいて書かれたとされています。東日本大震災の被災地の状況や、そこで復興活動に携わる土木作業員たちの実情、そして境界性パーソナリティー障害の娘を持つ主人公の大西浩平の人生など、「衝撃的」という言葉では表現しきれない内容の作品ですが、小説ということである程度フィクションの部分も含まれているのでしょうか。
赤松:ないです。「私小説」といっていい。
――すべてが実体験だと。
赤松:そうです。100%ですね。
――語り手の大西浩平はええかっこしいですし、身勝手ですし、鈍感で他人の気持ちを汲めない人間として描かれています。人間の弱さ汚さが凝縮されたようなキャラクターですが、誰もが大西のどこかに自分自身との共通項を見つけ出せるのではないかという気もします。
赤松:本当に身勝手な人間ですよね。ここにいますが。
――すみません、ご本人でしたね…。とはいえ小説を書くにあたって多少はキャラクターを脚色したりしたのはないですか?
赤松:いえ、本当にゲスな自分をありのまま書いただけなんです。
――これまでに書かれた作品はいずれもフィクションでした。なぜ今回実体験を書こうと思ったのでしょうか。
赤松:質問の答えになっているかわからないのですが、当初はここまでさらけ出すつもりではなかったんです。
東日本大震災の被災地で土木作業員として働いていましたから、その時の体験を基にして「土木作業員から見た被災地」を書きたかった。実際初稿の段階ではその話が9割以上を占めていました。
――完成した作品とはややテイストが違いますね。
赤松:初稿を読んだ編集者から「土木以外の話も知りたい」と。例えば、「被災地に行った理由」として少しだけ入れていた、境界性パーソナリティー障害を持った娘さんのことが気になる、と言われました。
本当は、娘についての話をするのは、今こうして取材でお話しするだけでも体が震えるくらい辛いことなんです。当然書くのも痛みを伴うのですが、そういう意見をいただいたので、もうこれ以上は何も出ないというくらい書いたつもりです。
――結果としてご自身の人生を恥の部分までさらけ出すことになってしまったと。
赤松:そうですね。ただ、後日談がありまして、自分としてはすべて書き尽くしたつもりでいたのですが、読んでくださった作家の寮美千子さんが丁寧な感想文を送ってくださったので、お礼に電話をしたんです。
そうしたら「あんた、書いてないことがあるでしょう」と。
――まだ何かあるだろうと。
赤松:私としては「えっ?」という感じです。ただ、この小説の中でいうと、境界性パーソナリティー障害で入院していた娘が、強制退院させられてから二年ほど、神戸のワンルームマンションに父親の大西と閉じこもって暮らすことになるのですが、寮さんがいうにはその期間ことが全然書いていないと。実は寮さんとは私が作家デビューする前から親交があったのです。いろいろなことがあったでしょうと。他人は何とでも言えますよね(笑)。
――それは次回以降のテーマになるのでしょうか。
赤松:どうでしょう。ただ、この小説を書いたことで私自身の書きたいテーマが変わってきたのを感じています。
――どのように変わったのでしょうか。
赤松:これまで受けた取材では、平成になってから生まれた社会構造の変化、具体的には「格差社会」や「非正規雇用」などをテーマにしていきたいと言っていたんです。
昔は会社を経営していたのですが、その会社が立ち行かなくなってからは、東日本大震災の被災地で土木作業員や除染作業員。それもあかんようになったら東京で風俗店の呼び込みとかバスの誘導員をやって、格差社会の実情や非正規雇用者がどんな目にあっているかを嫌というほど見てきたので、それを書こうと思っていた。
でも、それって私じゃなくても色々な方が書くと思うんです。だから私はそこから降りて、今後は色と欲に狂った人間を書こうと思いました。この小説でいう大西のような。
――「色と欲に狂った人間」というところで、病院に運び込まれた娘が、大西がすぐに駆けつけなかったことを非難する場面で、大西は自身が愛用する勃起薬の効能を知人に説いていたために到着が遅れたのを、「仕事をしていて遅れた」と嘘をつくのが滑稽で印象的でした。
赤松:私自身の体験をそのまま書いているだけなので、滑稽さを意識したわけではないんです。滑稽だというなら、それは私の生き方が滑稽だということでしょう。
――娘の「ボダ子」についてですが、大西は彼女が境界性パーソナリティー障害を持つことになった原因が自分にあると考えているところがありますが、それは自分を責めすぎなのではないかという気もします。
赤松:いや、100%私(大西)でしょう。お金を渡してさえいればいいという親でしたから。
――娘の母親にもだいぶ問題があるのではないかと。
赤松:それ何て答えたらええの…(笑)
(後編につづく)
著者プロフィール
赤松利市さん
1956年、香川県生まれ。2018年、「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞。他の著書に『鯖』『らんちう』『藻屑蟹』。『ボダ子』が四作目となる。
【関連記事】
エース社員を育てるために上司がすべきこととは?
業界を変えたいという想いからプロの講演家に “炎の講演家”の半生