在日30年、日本を愛する「伝説のアナリスト」による日本経済再興への提言をご紹介します(撮影:尾形文繁)

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。
人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本連載では、アトキンソン氏の分析を紹介していく。

日本には「永遠の賃上げ」が必要不可欠だ

日本経済を成長させるためには、賃金を永遠に上げ続ける」しかない。これが、約30年間の日本経済研究を経て、私がたどり着いた結論です。


シンプルすぎると思われるかもしれません。しかし一般論として、分析は深めれば深めるほどロジックと焦点が整理されて、結論がシンプルになる傾向があります。私の結論も、さまざまな仮説を立てては潰していった結果、非常にシンプルなものになりました。

「永遠に賃上げを続ける」と言うと、「ばかなことを言っている」という反応を受けることがあります。しかし、人類の歴史を長いスパンで見ると、賃金はずっと増え続けてきました。たとえば、平安時代と比べれば、今の日本人がもらっている給料は天文学的な水準です。「団塊の世代」と呼ばれる世代の人たちの初任給は、せいぜい数万円だったそうです。

歴史的に見れば、賃金が減っているこの数十年のほうが「異常事態」なのです。平安時代から続く本来のトレンドに戻るべきなのは明らかです。

最近よく聞く「生産性向上」や「技術革新」などは、よくよく考えればただの方法論で、最も本質的・根本的な視点は給料を引き上げることです。生産性向上など、ただ単に給料を上げるための道具にすぎないのです。

もちろん、これを実行するのは決して容易なことではありません。実現のためにはさまざまな複雑な問題を解決しなくてはいけません。

しかし、これは日本に課せられた使命であって、決して避けて通ることの許されない道であると理解すべきです。そうしなければ、日本経済を成長軌道に乗せることはできないのです。

この連載ではいくつかの問題と解決策を紹介しますが、一つひとつを解決していかないと、経済は成長しません。一つひとつに、「いや、それは日本では難しいでしょう」というのであれば、賃上げはできず、経済が縮小して、国家は破綻します。日本にはもはや、「日本型資本主義」などと言って、非現実的・非合理的な歪みを正当化する余裕はないのです。

改革を断行しないといけない理由は明確です。人口減少と高齢化です。実は人口減少と高齢化の悪影響が日本経済に本格的に襲いかかってくるのは、これからなのです。


構造的に需要が減少するという大問題

資本主義の歴史は人口増加の歴史でもあります。要するに、今の資本主義は人口増加を前提とした経済モデルなのです。これからその基礎となる人口増加が減少に転じますので、「人口増加資本主義」というパラダイムを、人口減少にふさわしい資本主義に作り変える必要があります。

今後、日本では、どの先進国より早いスピードで、かつ大規模に人口が減ります。人口が減るということは、消費者という需要者が減ることを意味します。有効な対策を打たなければ、消費の総額が減ります。需要が減れば、物もサービスも需要と供給のバランスが崩れ、供給過多になります。このことに異を唱える方はいないでしょう。

さらに、日本では他国よりも早いスピードで、高齢化がますます進展します。総人口に占める高齢者の割合がこれから数十年間、ずっと増え続けるのです。

人間は年を取ると、若いころに比べて消費する金額が減ります。この現象は、日本のみならず、どこの国でも確認されている疑う余地のない事実です。

老人も若者も同じ1人の国民ですが、先ほども説明したように若い人と高齢者の消費額は違うので、仮に総人口が減らないとしても、高齢化が進んで高齢者が総人口に占める割合が増えれば増えるほど、総需要は減るのです。

日本銀行は需要を喚起するために、かつてない規模で量的緩和を続け、銀行に資金を提供し、流動性を高めようとしています。しかし、日本ではなかなか期待していたような成果につながっていません。

日本では人口が減少しているうえ、高齢化が進むので、お金を借りる人は減る一方です。お金を使う人の数も減っていますので、構造的な減少要因が拡大しています。量的緩和は、しないよりはしたほうがいいのですが、日銀の狙いであるインフレを引き起こせるほどの効果は期待できません。

実は、人口が増加し、若い世代が多い経済でないと、量的緩和では需要が喚起されづらく、効果が出づらいのです。この傾向は全世界で確認されて、いくつかの論文も発表されています。


さて、こんな状況におかれている日本ですが、経済を成長させるためには、どうしたらいいのでしょうか?

人口が減る以上、賃金を上げないと経済は縮小する

日本経済、すなわち日本のGDPの半分以上は個人消費で構成されているので、個人消費を刺激するのが、経済を成長させるのに最も効果的なのは明らかでしょう。

しかし、日本ではすでに人口が減少し始めており、今後も数十年にわたって減り続けると予想されています。人口が減る以上に消費を刺激するには、どうしたらいいか。一人ひとりが受け取る賃金を増やすしか方法はありません。

少し極端な例ですが、人口が2人しかいない国があるとしましょう。2人の収入はそれぞれ年間100万円で、2人とも全額を消費するとします。この場合、200万がこの国の個人消費総額になります。

この国にも人口減少の波が押し寄せ、1人減り、総人口が1人になってしまいました。この状況で何もしなければ、個人消費総額は200万円から100万円に減ります。

こうならないようにするためには、残されている1人の年収を200万円にする、つまり賃上げするしか方法はありません。

もちろん、現実の世界では、ここまで極端な例は存在しませんし、対策もここまで簡単な話で済むわけではありません。しかし、究極的な本質は、この例と同じです。

実は今のGDP規模を維持するためには、生産年齢人口1人当たりのGDPを現行の724万円から、2060年には1258万円に上げていく必要があるのです。


冒頭でも説明したとおり、人類の歴史を長いスパンで見ると、人々が受け取る賃金は右肩上がりで大きく増えてきました。一方、短いスパンで見ると、日本では1990年代に入って以降、次第に給料が減っているのがわかります。ちょうどその頃から、日本では消費者物価の上昇率がマイナスに転じるなど、デフレの様相を呈し始めました。

私は、日本経済をデフレに陥れ、抜け出せなくしている最大の原因が、給料の低下であると分析しています。日本の失われた25年は、給料低下がもたらした不況の結果だと言っても過言ではないのです。要するに、「労働分配率の低下」がもたらした不況でした。

経済成長には、大きく2つの要因があります。1つは人口増加要因で、もう1つが生産性向上の要因です。今まで50年間における世界の経済成長の半分は、人口増加要因によりもたらされたものです。生産性向上要因の一部も、実は人口増加に依存していることがわかっていますので、人口増加要因の影響はより大きかったと判断することができます。

これから日本では人口が減ります。そのため、日本では人口増加要因が経済成長にマイナスに働きます。ですので、何もしなければ、日本経済はどんどん縮小していきます。

人口が減少するのであれば、生産性を高めなければ、経済成長を果たすことができません。しかも、生産性向上要因が人口減少のマイナス要因を上回ってはじめて、経済は成長するので、日本はどの先進国よりも生産性を向上させなくてはいけないのです。

生産性の水準と所得水準の間には、極めて強い相関関係があります。生産性が上がれば、給料も上がるのが道理です。逆に考えると、所得が増えなければ、生産性は継続的に上がらないはずです。つまり、給料が上がらなければ、日本経済は絶対に成長しないのです。

ですので、冒頭でも書いた通り、日本経済の成長は賃上げにかかっているのです。この件に関しては、議論の余地はありません。残る問題は、「どうやって賃上げするか」だけです。

具体的にどうやって賃上げを実行すべきか、また、実現するためには何をするべきかの説明は、追って別の記事で紹介することにして、ここでは1つ重要なポイントがあります。それは、「最低賃金を上げ続けなければならない」ということです。

継続的な最低賃金の引き上げが日本を救う

計算上、日本経済を継続的に1%成長させるには、日本人の最低賃金を毎年4〜6%、継続的に上げる必要があります。これを実現することができたら、日本にはこれまでとは違うまったく新しい時代が訪れます。そうなってこそ、ようやく失われた25年からの脱却が果たせるのです。


上記の場合、2040年の最低賃金は2059円となります。政府の一部には最低賃金を1000円にするという人がいますが、それでは到底足りません。


ここまで上げないといけない理由は、社会保障です。労働者1人・1時間あたりの社会保障費負担額は2020年に約824円ですが、今の制度が変わらないと仮定すると、これが2060年には2100円を超えてしまうのです。

国が主導し、賃上げ政策を実現させれば、税収が増え、年金と医療の問題も次第に解決されます。また、国の借金問題も解決に向かい、少子化問題も解決されます。同時に、女性活躍も進むことでしょう。

最後に、「最低賃金を上げるべきだ」と言うと、必ず「韓国では最低賃金を上げた結果、雇用と経済に悪影響を及ぼした」という批判の声が上がります。この比較がいかに不適切かも、後の連載で明らかにしていこうと思います。