稲川素子社長

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 今やテレビで外国人タレントを見ない日はないだろう。バラエティー、ドラマ、クイズなどのテレビ番組を始め、CM、映画というメディアにおいてもその役割は大きい。彼らをひとくくりにした、いわゆる「外国人タレント」の先駆け的な芸能事務所として、国内でいち早く始めたのが「稲川素子事務所」社長・稲川素子さんだ。今回は、どのようにしてその礎を築いてきたのか、そしてなぜ84歳になった今でも現役で最前線に立ち続けているのかをインタビューした。

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50歳で芸能事務所立ち上げ

――意外にも芸能事務所を立ち上げたのは50歳だということですが、きっかけは何だったのですか?

「きっかけは、私の娘がピアニストとして『天まであがれ!』(日本テレビ系)というドラマに出演したことです。

 このドラマの監督が“フランス人を探しているんだけど、なかなか見つからないんだよ。大きな役なんだけど、誰かいないかね”というようなことをスタッフさんと話していたのがたまたま聞こえたんです。

 それで、私には紹介できるフランス人がいたので『紹介できますよ』と伝えたんです。そしたら『すぐ紹介してくれ』って言われたので、そのフランス人に連絡をとったら、なんと帰国していたんです。さすがに約束してしまったので、日仏学園に行って文化庁から派遣された舞台監督をなんとか紹介してもらったんです」

――すごい行動力ですね。

「何をするにも信頼が一番ですから、とにかく必死でしたよ。しかも、彼は元舞台俳優だったので、監督のところに連れて行ったら大抜擢されました」

――それは先方も感謝したんじゃないですか?

「そうなんですよ。それで、そのフランス人の撮影には、私が通訳として京都の太秦まで帯同することになって。現場ではメガホンを握って通訳していました(笑)」

――撮影スタッフの一員ですね。

「それがきっかけで、業界内で『外国人なら稲川さんのところだ』と評判が広まっていったんです。それが、事務所立ち上げのきっかけになりました」

――それにしてもそれまでは専業主婦だったということで、50歳から事務所を立ち上げるのはかなりのパワーが必要だったのでは?

「もちろん夫に相談したら、当然怒られるし、相手にされませんでしたよ。でも、お姑さんからは、『あなたは今まで多くの言語を学んできたから、天職よ。やってみなさい』って後押しされたんです」

六本木のディスコのお立ち台でスカウトも!

 ドラマ監督の一言に端を発し、意外にもお姑さんの一言が事務所設立という一大決心につながった。こうして外国人専門の芸能事務所『稲川素子事務所』が立ち上がることになる。当初は苦労の連続だったそうだ。

「とにかく忙しくて飛び回っていたので、法人化するまでに1年もかかってしまったんです。それでいざ設立してみたら、所属タレントがひとりもいない状態で。でも、依頼は殺到する。これはマズいと思い、私自身がスカウトしに街に繰り出しました」

――社長自らがスカウトに?どんなところへスカウトに行ったのですか?

「たとえば、外国人が出入りする六本木のディスコに行って、お立ち台で踊るふりをしながら探したり(笑)。六本木の交差点には毎晩のように足を運んでいましたよ。あとは歌舞伎町や大使館のパーティーなど、とにかく、あらゆる場所に出向いたんです」

――すごい行動ですね。なぜそこまで出来るんですか?

「やはり責任感ですね。実績が何よりの世界ですから、とにかくクライアントの依頼に応えることだけを考えていました」

 寸暇を惜しんでスカウトしてきた外国人の数は計り知れない。

――今まで相当な数の外国人をスカウトしてきたと思うのですが、コツのようなものはあるのですか?

「私は人の顔は履歴書だと思っています」

――履歴書ですか。

「その人の人生は、なんとなく顔に滲み出てくるんです。だから、顔を見ればその人がどういう人間かが大体わかるんです」

――具体的なエピソードがあれば教えていただきたいのですが。

「弁護士役の外国人を探していたときに、たまたまエレベーターに乗り合わせた人をじっと見ていたら、弁護士役にピッタリだと思ったんです。それで声を掛けたらその人、本当の弁護士だったんです。あとで外に出て、そのビルを見たら弁護士事務所が入っていました」

――本物を見抜く眼力が備わっているんですか?

「本物と言えば、ヤクザ役の人を探していたら、その筋の本物に声をかけてしまったこともありましたよ。でも、さすがに『俺は出演できないけど、代わりの人を紹介するよ』って言われて、深夜に事務所に行って、エキストラ役を紹介してもらったこともありましたね(笑)」

「ここがヘンだよ外国人」

 現在、142か国5200人の外国人タレントとのコネクションを持つ稲川素子事務所。外国人を扱うならではの、大変さもあるのでは?

ーー海外は文化も違います。日本で外国人をビジネスとして扱うのは相当大変だと思うのですが。

「当然、日本人のようにはいきませんね。経験上、まず外国人タレントさんは自己主張が強い。自分が一番だという考えの人も多い。だからたとえば、遅刻しても罪悪感がないから、こちらは困るんですよ(笑)。

 それに、台本が変わると『聞いてないよ』と言って怒り出すわ、しまいには帰ってしまうこともあるくらいです。だから、『台本が変わることもあるので、肝に銘じておいて』と事前に話し合っておくんです。日本人とはまったく感覚が違いますよ」

――日本人の感覚では考えられないですね。

「それにすごい現実的。外国人は共演者が高倉健さんであろうが吉永小百合さんであろうが、そんなことよりギャラが高い方を選ぶんです。すごい合理的。日本人なら大物俳優と共演できることのほうが勝るじゃないですか」

――役者さんは作品や監督で選ぶみたいなところがありますよね。

「だから、仕事で彼らのことを一か月間ほど拘束するとなると、その分、お金の保証が必要になるんです。そういう意味では、管理が大変です。

 それに外国人タレントは、待つことに慣れていない。エキストラの仕事のときは、待つのも仕事なんですが、何時間も待たされると、どこかに行ってしまったり……」

――過去に数えきれない困難を乗り越えてきているんですね。

「現場に迷惑かけてしまったことも沢山ありましたが、その分、必ず結果を出す。だから、とにかく毎日を必死で生きてきました。『精一杯は万策に勝る』。これが、私の座右の銘です」

 専業主婦から50歳で芸能事務所を立ち上げ、65歳で一度中退した慶應義塾大学に再入学。そして74歳でナント東京大学大学院に入学。高齢でありながらも、社長業と学業を両立させている。

 多忙でも、出演を控えたタレントのために5日間つきっきりで日本語を指導したこともあった。すべては責任感。この言葉が彼女を支えている。

――最近の外国人専門事務所の芸能界における状況についてはどうお考えですか?

「昨今はドラマが減り、バラエティー番組では芸人さんを扱った“ひな壇”の仕事が多くなってきています。それに外国人を扱う競合他社も増えてきて、昔のようにはいかなくなっているのが現状です。

 ですから、国際裁判の通訳の仕事で派遣したり。あとは、空港や税関のセキュリティー強化のためや企業情報データ向上のために、顔認証として2000人以上のタレントを紹介したこともありました。

 今後は、外国人タレントの需要が減っていくこともあると思います。だからこそ、人がやらないことにも裾野を広げていかないと。まだまだ、頑張りますよ!」

 今年84歳。今でも、大使館やレストランで外国人をスカウトしているという健在ぶりだ。「人の顔は履歴書」という彼女の顔からは、到底「引退」という文字は見えてこないーー。

稲川さんがイチオシの外国人タレントは?

「リナ・カーフィザデーちゃんという女の子が、いま売り出し中です。父がイラン、母がドイツ。でも本人は日本で育つという生い立ちなんです。

 『メイドインジャパン!』(TBS系)という番組に出演したことで、人気に火がつきました。彼女が出演したときは、弊社のホームページがダウンしたほど話題になったみたいです。日本語ペラペラですし、日本人らしい顔立ちでもあって本当に可愛い。

 それと日本人タレントになるのですが(笑)、ラルバボーチェという6人組男性合唱団です。本当に素晴らしいユニットです。来年の紅白歌合戦出演を目指しますから、ぜひ注目してください!」

<取材・文/新津勇樹>