村山由佳さん、カレとの日常を作品に「あぁ、本当にバカで恥ずかしい(笑)」
主人公は南房総の海の近くの日本家屋で暮らす50歳の小説家ハナ。2度の離婚を経験後、残りの人生をひとりで生きようとしていたハナは、大阪を拠点とする5歳年下の大工トキヲと恋に落ちた。
離れていても互いを思いあい、ハナは季節の景色や香りや味覚を楽しみながら、穏やかな日々を過ごしている。初々しい大人の恋愛を描いた『はつ恋』は、著者のデビュー25周年の記念作品だ。
日常を描く難しさ
「旧知の担当編集者から、“小津安二郎映画のような、なんでもない日常を書いてほしい”とお話をいただいたんです。
物語のなかで何か事件を起こせばそれについて書けるのですが、たわいのない日常を描くというのは、実はとても難しいことなんですよね。そういった作品は書いたことがなかったので、チャレンジ精神を刺激されました」
本作は50代以上向けの女性誌『ハルメク』の初の連載小説でもある。
「何しろ何も起きないので(笑)、連載中は、はたして小説として成り立っているだろうかと気にかかっていました。
連載後、寄せられた感想を読ませていただいたのですが、そのほとんどが60代以上からのものだったんですね。人生の大先輩の方々から“ドキドキしながら読んでいて、自分のなかにこんな気持ちがあったことにびっくりしています”といった感想をいただけて、すごくうれしかったです。
私自身、作品のなかにある時間を閉じ込めたような感覚があり、自分でも驚くほどの愛(いと)おしさを感じています」
村山さんは2度の離婚を経験し、現在は幼い時期をともに過ごした男性とともに軽井沢で暮らしている。実は、ハナとトキヲの原型は村山さんと、そのカレなのだという。
本当の恋愛は降ってこないんだろうな
「私もハナと同じように“もう本当の恋愛は降ってこないんだろうな”と思っていたんです。でも、ひょんなことから、今までにない関係性を築けるパートナーがそばにいてくれるようになりました。
くだんの担当さんは、今のパートナーのことも前の夫のことも知っているんですね。私の変化を目の当たりにしていることもあり、“今の幸せそうな由佳さんのことを書いてください”と言われたんです。
恥ずかしいのですが、『週刊女性』さんということで、包み隠さずお話ししました(笑)」
物語には、実際のエピソードをもとにした場面が随所に登場しているという。例えば、ハナがとあるモノをぶん投げたりトキヲにつかみかかったりするケンカの場面もそのひとつだ。
「あのときの“リアルハナ”はかなり派手に荒れまして。小説には書かなかったのですが、壁をガンガンと蹴り、その壁のことを気にする“リアルトキヲ”に腹が立ってさらに怒りがこみ上げてくる、という。
その後、ふたりで“あのときはおかしかったよね”と将棋の感想戦のようなことをして、あ、それは書きました。……あぁ、本当にバカで恥ずかしい(笑)」
冒頭部分にはハナの次のようなセリフがある。
《―親や友だちにも、本音でぶつかった例しはなかった。だけどトキヲにだけは、どんな自分を見せても大丈夫って思える。どうしてかな。トキヲが私を本気で嫌いになることなんかあるはずないっていう、おかしな確信があるの―》
「私はこれまで、人間関係というものはいつか終わるものだと思っていて、どこか雑に生きている部分があったような気がします。
どうせ終わると思っているから、相手への不満をためにためて、最後の最後に爆発して全部が終わるということを繰り返してきたのかもしれません。でも、本当に相手を大切に思うならば、終わらせないための努力をするものなんですよね」
年を重ねることは悪くないもの
トキヲと同じ時間を過ごすうちに、ハナのなかには新たな感情が芽生えていく。
「相手との間に信頼関係があったとしても、おろそかにしていたらいつかは壊れてしまいますから。全身全霊で甘えられる、信頼できるということとは別に、その信頼をくれた相手のためにも、自分の人生をきちんと大事にしてこたえていかないといけない。
ハナと同じように、私も物事の考え方が根本的に変わったような気がします」
村山さんは、“リアルトキヲ”との出会いを恩寵(おんちょう)のようなものだととらえているそうだ。
「カレのような存在を求めていた意識はありませんから、出会えたことは本当にラッキーだったと思っています。
それこそ、猫1匹でも、趣味でも友人でも、人生にはちゃんと、その人のための僥倖(ぎょうこう)がどこかで待っているものなのかもしれないですね」
加齢にマイナスのイメージがつきまとう今、村山さんは次のような実感を持っているという。
「おそらく、30代、40代で今の相手と出会っていたとしても、その価値がよくわからなくて途中で放り出していたような気がします。50歳を越えた年齢だからこそ、カレとの関係によって得られることのありがたみがわかるのだと思います。
私くらいの年代になると、夫婦関係とかセックスレスとか、いろいろな問題にぶつかっている方が多いと思うのですが、それでも年を重ねることは悪くないものですから。『はつ恋』を読むことで元気になり、未来の自分に希望を持ってもらえたらと思っています」
ライターは見た!著者の素顔
この1年、計6冊の作品を上梓(じょうし)し、作家デビュー25年目にしていちばん忙しい年になったという村山さん。元気の秘訣を教えてもらいました。
「おいしいものを“おいしいね”って言い合いながら食べることかな。
パワーフードは肉で、風邪をひこうが熱があろうが平気で食べられるんです。そういえば、昨年92歳で他界した父はとんかつ定食をペロリと平らげていました。私も朝からステーキを食べられますし、丈夫に生んでもらえて本当にありがたいです」
(取材・文/熊谷あづさ)