医療現場の労働環境こそ、女性医師が働く機会を阻害しているのかもしれない(写真:primagefactory/PIXTA)

東京医科大学が今年2月に行った医学部医学科の一般入試で、女子受験者の得点を一律に減点して合格者数を抑えていたことが、読売新聞の報道で明らかになった。このような問題が起きてしまう背景には、性差以上に労働環境が影響しているのではないか――。小倉加奈子医師はこう問題提起する。

「先生はどう思いますか?」

ある日、筆者の元に女性研修医が相談にやってきた。聞けば、交際相手との将来についてであった。

結婚予定の恋人は外科医。研修中の彼女自身も外科系を希望し、将来バリバリ働きたいと考えている。ところが、恋人に相談すると、思わぬ反応が返ってきたという。

「ちょっと嫌そうでした。もっと楽な診療科に行ってほしいみたいです」

外科は最も忙しい診療科として知られる。女性研修医はため息混じりにこう言った。

「たしかにこれから結婚して、もし子どもができたら子育てはやはり母親がかかわらなければならないことが多いし、そうなると外科系は厳しいかなと思っています」

筆者が小学生と高校生の子ども2人を育てながら大病院に勤務しているためか、このたぐいの相談が絶えない。時には恋愛相談まで持ちかけられる。筆者が働く病理検査室が病棟からやや離れていることも、相談しやすい雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

多くの女性研修医が悩みを抱えて筆者の元を訪れる。そして、その相談内容は共通している。女性医師が活躍するには体制も環境も不十分な医療現場において、どうやってキャリアを継続していくか――。これに尽きる。

研修医は何かと悩みの多い存在

医学生は卒業後2年間、初期臨床研修医として勤務することが義務づけられている。医学部は6年制となり、ストレートで合格して卒業した頃には24歳を迎える。研修医2年目になると20代後半にさしかかる。

多くの研修医は研修終了までに将来の専門科を決め、キャリア形成を考えるようになる。

自分が卒業した大学に残るか、研修終了後に働く別の病院へ行くか。まずこの2択を迫られる。大学に残る場合は、所属する医局を決めたり、大学院へ進んだりする。別の病院へ行く場合は、一般学生と同じように就職先を見つけなければならない。

加えて、今交際している人と結婚するのかどうか。結婚するならいつ結婚するのか。そのあとに妊娠・出産をどう計画していくか。このようなことをキャリアプランと併せて考えなくてはならない。

研修医とは実に悩みの多い存在なのである。さらに女性研修医は出産にキャリアを左右されがちだ。実際、研修期間中に妊娠し、今後どうすればいいのか、相談を受けたこともある。

筆者自身は多分、ラッキーな医師だと思う。

上司にも職場環境にも恵まれ、女性であることを不利に感じる機会はあまりなかった。幸い、子ども2人も健康で元気でいてくれ、それほど手がかからない。子育てをサポートしてくれる実の母親は「しっかり働きなさいよ」と言って背中を押してくれる。

だから、「子育てしながら仕事を継続してきて偉い!」というような評価を受けると、戸惑いを覚えたり、なんとなく申し訳ない気持ちになったりする。

常に医師であることを求められる

現在、医療現場においても、各専門医が所属する学会においても、女性医師のキャリアを支援する活動が活発になってきている。昨今、外科系に進む医師自体が少なくなっていることもあり、外科系の診療科では子育て中の女性医師を積極的に支援する動きもある。

しかし、なぜ「女性医師の」とわざわざ枕詞を置く必要があるのだろうか。男性医師のキャリア支援は別のことなのだろうか、と思う。

男性医師だって子育てに参加したい人もいるだろうし、育休だって取りたいかもしれない。「子育て中だから」というある種の言い訳も使って、休んだり早退したりすることもできない。「ストイックに医師というキャリアを邁進していかなければいけない男性医師も大変だよなぁ」と思う。

つまり、医師を取り巻く職場環境の問題点は、男性、女性というジェンダーをめぐる問題以外にさまざまあるということだ。

たとえば、いまだに医師は長く病院で働いていることで評価されるような風土が根強く残る。

業務が順調に終わって夕方の勤務終了時間にやることがなくなっても、「お先に失礼します」と帰宅することはなんとなくはばかられる。あるいは、帰ろうと思った矢先、担当患者が急変すれば、患者の命を預かる医師として帰ることは許されない雰囲気もある。

海外では引き継ぎさえすれば、医師は時間通りに帰れる。一方で、日本の医療現場ではそれが許されない風潮がある。

そして、患者自身の立場に立って考えても、自分が具合の悪いときに、休日であろうと深夜であろうと駆けつけてくれる医師を「すばらしい先生」と思うようなところもあるだろう。

日本の医師たちは、24時間医師であることを求められている。女性医師の数も少なく、多くの医師が病院に寝泊まりしていた時代にキャリアを積んできた医師の世代は、これを当然視する傾向が特に強いと感じる。

そういう医療現場の風土において、子育てしながらのキャリアアップは、やはり大変である。

保育園のお迎えの時間があるから帰宅しなければならないときに患者が急変し、緊急手術となったとしよう。当然、その女性医師は手術に立ち会えず、同期の男性医師が代わりにその手術で執刀することになった。そういった状況が日常業務の中で頻繁に起こりうる。

そうなると、子育て中の女性医師としては、当然、その男性医師のほうが職場では評価されるのが当たり前だと思ってしまう。実際に評価されることが多いだろうし、男性医師のほうが医師としての経験を早く重ねていき、キャリアにも差が出てくる。

こういった状況の中、女性医師の復帰をしっかりサポートしてくれる体制がなければ、育休取得後に職場に復帰することや子育てしながら勤務し続けることが困難になり、離職してしまうこともある。

女性医師のキャリアアップを考えるうえでは、現在の医療現場にはびこる風土を変える必要がある。とはいうものの、残念ながらこの問題を根本的に解決するのは容易ではないだろう。

医師が疲弊していたら良い医療は実現できない

理想を言えば、医師の多様な生き方が許容され、男性、女性に限らず、そのキャリアの継続がサポートされるようになってほしい。

患者説明(インフォームド・コンセント)が上手な医師もいれば、手術の腕が抜群の医師もいる。優れた研究を進めていく発想力や企画力を有する医師もいれば、後輩の教育に情熱を注ぐ医師だっている。子育てとの両立を喜びとする男性医師や、結婚よりも仕事一筋に生きたいと思う女性医師がいてもいい。

それぞれの医師が特性を伸ばしていける医療現場を構築していくことが大切ではないだろうか。

患者の命を預かる医師が疲弊していては、より良い医療は実現できない。より良い医療のためには男性、女性、あるいは診療科に限らず、医師たちが生きがいを感じて活躍できる環境が不可欠である。