外食・小売りが苦悩、「軽減税率」導入の波紋
来年秋から導入される軽減税率で、店内飲食と持ち帰り・宅配で税率が異なることになる(記者撮影)
6月中旬、ある大手外食チェーン本社の会議室に十数人の幹部が集まった。「レジの改修にいくらかかるのか」「現場のオペレーションをどのように変えたらいいのか」。議題となっていたのは、2019年10月に導入される軽減税率制度の影響についてだ。
来年秋に控える消費増税。税率が8%から10%に引き上げられるが、それと同時に導入されるのが軽減税率だ。今年6月に閣議決定された「骨太の方針」にも明記された同制度は、生活必需品の消費税率を低く抑える低所得者対策という位置づけ。今回は生活必需品とされた飲食料品の税率を8%に据え置く反面、外食や酒類は10%に引き上げられる。軽減税率の実施まで1年余りとなり、いよいよ準備に動きだした外食・小売り各社だが、聞こえてくるのは不安の声ばかりだ。
包材コスト増の懸念
「食事のシーンによって分ける税制というのは無理がある。お客様対応の負担も増え、生産性は明らかに落ちる」。外食の業界団体である日本フードサービス協会の郄岡慎一郎会長はそう不満を漏らす。
外食企業にとって問題なのは、店内飲食であれば税率10%、持ち帰りであれば8%というように、同じ商品に二つの税率が存在する点だ。今回の税制改正では、外食に該当しない持ち帰りや宅配、出前などは軽減税率が適用されることになっている。
ある牛丼チェーン関係者は、「軽減税率で(割安となる)持ち帰り販売の比率が高まれば、包材などの関連コスト増が想定される」と語る。具体的な試算はこれからだが、年間数千万〜数億円のコスト増になるおそれがあるという。
接客時の混乱を懸念する声も多い。別の外食チェーン幹部は「フードコートで(税率の低い)持ち帰り注文をした客が、テーブルに座って飲食することがありうる」と話す。接客時に店内飲食か持ち帰りかを確認する必要が生じ、接客の手間が増える。「クレームの原因にもなりそうだ。面倒な接客を嫌って、これまで以上に人手を集めることが難しくなる」(同)。
券売機対応も課題
人手不足対策や現場の負担軽減の観点から導入が進む券売機についても、問題が指摘されている。現在、外食チェーンなどで使われる券売機は10円単位のものが主流で、1円玉や5円玉に対応できていないものが多い。ただ、同じ本体価格で税率8%と10%に対応する場合、ほぼ確実に1円単位の金額が発生する。
そのため、業界内からは「本体価格を持ち帰りと店内飲食で別々に設定して、税込み価格を統一する選択肢もある」(前出の牛丼チェーン関係者)という声も聞こえてくる。仮に持ち帰りの本体価格を306円、店内飲食を300円とした場合、税込み価格はいずれも330円となる。10円単位の券売機でも対応が可能というわけだ。
こうした価格設定は国税庁も容認している。税制に詳しい東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹は「価格設定は本来店の自由であるべき」と前置きしたうえで、「税込み価格を同じにしても、不正は生じうる」と指摘する。軽減税率を導入しているドイツでは、税率の低い持ち帰りの割合を店側が実際より過大に申告することで、納税額を抑える問題が発生している。
懸念を示すのは外食企業だけではない。スーパーなどの小売り事業者は8%と10%の商品を分別できるよう受発注システムやレジの改修を進める必要がある。中でも不安視されるのがイートインコーナーの扱いだ。
軽減税率の導入で、スーパー各社はセルフレジのシステム対応を迫られる(編集部撮影)
近年、スーパー各社は購入した弁当などを店内の客席で食べられる、イートインコーナー併設店の充実に力を入れる。同コーナーでの飲食については、今回の税制改正では外食と見なされ、10%の標準税率が適用されることになる。
ただ国税庁によると、「イートインコーナーをご利用する場合、お申し出ください」などの掲示で済ませればよいという。「適用税率の判定時期は商品を売ったとき。客が申し出ない時点で軽減税率と判定されるので、気が変わって店内で食べても、税率は変わらない」(国税庁の担当者)。
「低所得者対策なのか」
つまり、商品購入時に「イートインコーナーを利用する」と利用者自らが申し出ないかぎり、税率は8%のままとなる。小売り事業者で構成される日本チェーンストア協会の小茺裕正会長は「申告によって不公平感が出るおそれがある。そもそもイートインコーナーは交流の場を提供する社会貢献の意味合いもある」と憤りを隠さない。
当記事は「週刊東洋経済」8月4日号 <7月30日発売>からの転載記事です
現場の作業負担軽減を目的としたセルフレジの導入も増える中、「店内飲食するかを確認するため、対応するシステムを入れる必要が出てくると、大きなコスト増になりかねない」(スーパー関係者)。
ある外食企業首脳は「1000円以上の高級弁当が税率8%で、300円台の牛丼は店内飲食だと10%。どこが低所得者対策なのか」と首をかしげる。いずれにせよ、外食・小売り各社に残された準備時間はそう多くない。