井上尚弥でさらに大注目。米国リングで日本人ボクサーの評価が急上昇
日本が生んだ”モンスター”の米国デビューは大成功に終わった。9月9日、WBO世界スーパーフライ級王者・井上尚弥(大橋)が、ロサンゼルスでアントニオ・ニエベス(プエルトリコ)を6ラウンド終了TKOで下して、6度目の防衛を果たした。
米国デビュー戦を圧勝で飾った井上
ここしばらくのうちに、米リングで存在感を示した日本人ボクサーは井上だけではない。7月には元WBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司(帝拳)、8月にはスーパーウェルター級の亀海喜寛(かめがい よしひろ/帝拳)が、同じくLAのリングに登場している。彼らの試合はすべて、プレミアケーブル局の『HBO』によって米国内でも生中継された。
アメリカでは”最大級のブランド”として確立しているHBO に試合を中継されることは、ボクサーにとってのステイタスだ。そんな大舞台に、先日の井上を含め、3カ月連続で日本人が立ったことになる。
また、スポーツチャンネルとして絶大な影響力を持つ『ESPN』は、日本で行なわれる村田諒太(帝拳)の試合中継に興味を持っているという。8月下旬、アメリカでの村田のプロモーターを務めるトップランク社のボブ・アラム氏はこう語った。
「10月22日のアッサン・エンダム(フランス)vs村田戦が、アメリカ国内でもESPNのチャンネルのうちのどれかで放送されることを願っています。村田が勝った場合、アメリカで防衛戦を行ないたい。その試合は、ESPNで全米中継となるでしょう」
筆者の知る限り、日本人ボクサーたちがアメリカのテレビ局からこれほどまでに注目されたことは過去にはない。その理由はいったいどこにあるのか。
HBOに関しては、まず同局のボクシング予算の縮小が影響していることは記しておきたい。親会社であるタイムワーナーがAT&Tに買収される話が進んでいるため、HBOスポーツ部の先行きも不透明。それゆえに、今年度に限っては、ボクシング中継に多くの予算を費やすことが難しくなった。
中量級以上と比べると、軽量級はやはりファイトマネーの相場も下がり、先日の井上の報酬は約19万ドル(約2090万円)。8月26日にスーパースターのミゲール・コット(プエルトリコ)を相手にタイトルを争った亀海、7月にWBC世界スーパーフェザー級王者のミゲール・ベルチェル(メキシコ)に挑んだ三浦のファイトマネーも、ほぼ同額だった。
一方で、7月29日に『Showtime』で放送されたスーパーライト級のエイドリアン・ブローナー(アメリカ)vsマイキー・ガルシア(アメリカ)戦では両選手に100万ドル(約1億1000万円)前後の高報酬が与えられている。このように現状では、米国系選手に比べてアメリカ国内で知名度の低い日本人選手の試合中継は安価で済む。それゆえ、予算の締めつけが厳しいテレビ局にとって”オイシイ存在”なのだろう。
もちろん、日本人起用の理由は”安いから”というだけではない。2011年の西岡利晃(帝拳)、石田順裕(金沢)のラスベガスでの勝利がきっかけとなり、以降は三浦、亀海、村田、亀田和毅(協栄)、小原佳太(三迫)、荒川仁人(ワタナベ)といった実力派たちがアメリカで優れたパフォーマンスを見せてきた。その結果、日本人ボクサーの実力と魅力は、徐々にではあるが正当に評価され始めている。
「日本から来るボクサーは総じて献身的で、強靭なハートを備えているというのが真っ先に思い浮かびます。最近はパンチングパワーを持った選手も多いですね。何より印象的なのは、彼らはとても規律正しく、コンディション調整に秀でていること。これは素晴らしい特徴であり、世界の舞台で活躍できているのはそのような姿勢による面も大きいでしょう。私は”ジャパニーズ・ファイター”に多大なリスペクトを抱いています」
今年の1月、現役時代に5階級制覇を達成し、現在はゴールデンボーイ・プロモーションズのプロモーターを務めるオスカー・デラホーヤが、筆者にそう語ってくれた。日本人記者へのリップサービスも多少はあっただろうが、けっしてそれだけではあるまい。実際にデラホーヤは、一昨年と今年に、自前の興行で三浦と亀海を起用している。
「日本人選手は常にトップコンディション、闘志満々で、最後まで試合を捨てない」という姿は、アメリカのボクシングマーケットにおける共通のイメージとなっている。亀海はそんな”日本人ファイター”の典型で、勝つにせよ、負けるにせよ、好試合の連続でファンを魅了してきた。
それに加え、井上、三浦は本場のリングを震撼させるほどのパンチングパワーも誇っている。視聴者を喜ばせる要素をこれほど多く備えているとなれば、日本人ボクサーが米国のテレビ局から重宝され始めたのは当然にも思えてくる。
ここ数カ月の、三浦、亀海、井上の戦いぶりも、関係者の間では好評だった。特に、井上への評価は極めて高く、適切なライバルさえ見つけることができれば(軽量級はそれが難しいのだが)、米リングでスターになることも不可能ではない。
そんな彼らの後に続き、さらに多くの日本人が海を渡っていくことも十分に考えられる。2017年は、日本人が世界ボクシング・ビジネスの地図に本格的に名前を載せた、記念すべき1年として記憶されることになるかもしれない。
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