「戦争の危機」巡る北朝鮮国民のホンネとタテマエ…金正恩氏が世論操作
米朝対立の激化で「戦争の危機」も指摘される中、一部の北朝鮮国民から意外な声が聞こえてきた。
北朝鮮は、米国や韓国との間でなんらかの対立が起きると、官営メディアを総動員して緊張感を高める。国外からの危機を煽って国内の統制を強めるのは北朝鮮の常套手段だ。
ただし、北朝鮮国内においても海外情報に敏感な一部の人々は、情勢に鋭く反応することが少なくない。
(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音)
弾圧と虐殺
それがここ最近になり、中国に駐在する北朝鮮の貿易関係者たちから意外な声が聞かれるようになったとデイリーNKの対北朝鮮情報筋は語る。北朝鮮が7月に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」型について、雄弁に語る人が増えたというのだ。
情報筋によると、貿易関係者らは「経済難に苦しんでいる中でも、米帝と堂々と立ち向かえるようになった」「これで経済さえ発展させれば、いかなる問題でも解決できるだろう」などと語っている。
また、「米国と対等な核、ミサイル強国となった今、労働党は武器開発よりも経済再生に力を入れるのではないか」「中国は制裁に同調しているが、まもなく解除するだろう」との期待感を表しているという。
通常、北朝鮮の貿易関係者は、自国と関連する事象について積極的には語ろうとしない。
理由は、下手に政治的な意見を漏らせば、「舌禍事件」に発展しかねないからだ。
外国にいるとはいえ、貿易関係者の言動には北朝鮮の秘密警察である国家保衛省(保衛省)などが目を光らせている。保衛省は取り締まりで残酷な拷問を厭わないばかりか、恐喝まがいの行為をするだけに、目をつけられたら一巻の終わりだ。
また彼らは、自国が国際社会でどのように見られているかを駐在国のメディアなどを通じて十二分に知っている。
自分たちの最大の目的は外貨を稼ぐことであるため、外国人との間で無用な議論が起きぬよう、慎重で控えめな言動を心がけているようだ。
そんな彼らが突然態度を一変させ、雄弁に語るようになったのは、北朝鮮本国の指示と教育によるものと思われる。
核・ミサイルなどを巡る北朝鮮の行動が国際的に問題となった時、北朝鮮の在外公館は貿易会社や外貨稼ぎ機関の駐在代表を集めて、自国の正当性をいかに説明すべきかを教育する「教育報道」と呼ばれるレクチャーを行なうという。
教育を受けた人々はそれを持ち帰り、部下を集めて内容を共有する。
注目すべきは、核やミサイル開発のせいで商売が苦しいと言っていた人まで、火星14型の発射を自慢し、北朝鮮は制裁なんかではびくともしないなどと言い出したことだと情報筋は指摘する。
一方で、北朝鮮国内の生の声は異なる。先月、北朝鮮を訪問したある中国人は、国境地域に住む北朝鮮国民にミサイル発射について聞いてみたところ、一様に「興味がない」との答えが返ってきたと述べた。
また、「核を作れば国が豊かになる」という当局の説明を信じる人は誰もいないという。
日々、市場での商売で忙しい人々にとっては核もミサイルも興味の対象外であり、「制裁がさらに強化されることが国内にも伝わりつつある中で、何億ドルもかけたミサイル開発を誰が喜ぶのか」とこの中国人は語った。
その一方で、「国民は戦争が始まるのではないかとたいへんな緊張感の中にある。米国と核戦争になれば、誰も生き残れないだろうと心配している」と、米朝対立の激化に対する憂慮の声も聞こえてくる。
日本でも金正恩体制が核やミサイルで危機を煽るたびに、不安と同時に「いい加減にしてほしい」という声が聞こえてくる。
しかし、北朝鮮国民のこうした本音はなかなか聞こえてこない。その理由は金正恩体制が、自国民が自由な声を挙げることを徹底的に抑えつけているからだ。北朝鮮で体制批判のデモなど行えば、たちまち弾圧され首謀者は虐殺されてしまう。
金正恩党委員長は、このように民意を無視できるからこそ、好き勝手に暴走する。こうした独裁体制が存続することは日朝両国民、そして周辺国にとっても「百害あって一利なし」であることは言うまでもなかろう。