団地の主婦たちが、奇妙な雨に降られた話【ささや怪談】
「え、これで終わりかい?」
五郎さんが、ストレートな質問をぶつけてきた。
わたしの友人に、五郎さんという医者がいる。彼は、幽霊というものを信じていない。
彼にとっての幽霊とは、脳が見せるエラーやバグのようなものだという。
そのわりに、彼は、怪談を聞くのが好きだ。
真夜中の長電話も。
時々、わたしは彼に、取材したばかりの怪談を聞かせている。
今夜みたいに。
ある団地でのことだ。
主婦たちが五人で、井戸端会議をしていたのだという。
話題は、その団地で相次いだ事故と自殺についてだった。
「この団地、変なことばっかり起こるね」
誰かがそう言った途端に、いきなり大雨が降ってきた。
驚くのも忘れるほどの土砂降りだった。
主婦たちの一人が、「わっ、雨」と小走りに逃げ出すと、他の四人も散り散りに走った。
大雨は、主婦たちがバラバラになったのを見図ったかのように、降りやんだ。
午後の青空には、雲ひとつ無かった。
ただ、アスファルトの上には、黒く濡れた円がひとつ。
大雨は、直径一メートルの円を描くようにして、降り注いでいたのだった。
主婦たちだけを、囲い込むように。
「この話したら、あかんねんやろか」
それっきり、主婦たちは疎遠になったのだという。
Photo by AlmazUK, on Flickr\
「え、これで終わりかい?」
五郎さんの質問に、わたしは淡々と答えた。
「基本的には、そう」
「そうか。ちょっと思ったのは、ずいぶん日本人らしい話だな」
「どういう意味?」
「亡くなられた方が、雨を通じて怒っていたか、もしくは泣いていた。風流だね......」
わたしは、ある怪談作家とフリーライターの名前を挙げた。どちらも、死者と雨が関係した怪談実話を書いている。
五郎さんも、フリーライターの名前は知っていた。
「ただ」
「ただ?」
「事故と自殺の詳細を、あえて省いたな」
「その通り」
わたしは、マッチと煙草の燃える音を耳にしつつ、大まかなことを話した。
「クリスマスだったか元旦に、どこかの棟で爆発事故が起きて、そこの住人が窓から落っこちて亡くなられたそうだよ。自殺は、飛び降り」
「二件とも、落下だねぇ」
「そう。もうひとつ、何かがあったそうだよ」
「そうかい。前ちゃんさ、怖くする気がないだろ。死体をガンガン転がして行こうぜ。怪談って、ボディ・カウントや内臓が多いほうが怖いとか、そういうものじゃない?」
「べつに、そういうものとは限らないし。あと、作り話は、苦手なんだよ」
「やってみたらいいじゃん」
「嫌だ。ひとつでも、そういうことをしたら。真面目に話してくれた人を、傷つけることになるから」
「相変わらず、優しいねぇ」
「それに、こういうぼんやりとした話のほうが、わたしは好きだよ」
「ぼんやりなぁ......。でも、この話だと、二人も死んでるぜ?」
「ああ」
「どこが、ぼんやりなんだよ!」
「ふわふわした話だろ」
電話越しに、ビール缶のプルタブを開ける音がした。
「前ちゃんさ、他にも何か伏せてない?」
「いいや」
「ほんとうは、これってもっと怖い話なんじゃないの?」
「ただの悲しい通り雨」
「なあ、何があったんだよ」
「雨だよ、雨」
こんなふうに書いてしまわないと、わたしも怖いのだ。