50m四方の巨大探査機は木星軌道へ向かうか-宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)は2016年7月13日、次世代小惑星探査機の公開実験を行った。


公開されたのはISASが2020年代前半の探査計画候補として検討している「木星トロヤ群小惑星探査」に必要な「ソーラー電力セイル」の試作品だ。ソーラー電力セイルは1辺が50mの正方形。この巨大セイルを対角線で切った1/4を試作した。


実験の目的は2つ。長辺50mもの三角形は、帯状のフィルムを張り合わせては畳んで作られた。これを大きく広げて、正確な寸法でできているか確認すること。もうひとつは、電線などの貼り付け作業をすることだ。そのため、50m以上の大きさがある相模原市立総合体育館を借用したのだが、多目的の市民施設では一般利用者の出入りを禁止することもできず、いっそ公開してしまおうということになったようだ。


「イトカワ」よりはるかに遠い、木星トロヤ群への旅



木星トロヤ群(単にトロヤ群と呼ぶ場合もある)小惑星とは、太陽系最大の惑星、木星と同じくらいの軌道で太陽を回っている、たくさんの小惑星だ。以前に小惑星探査機「はやぶさ」が訪れた小惑星「イトカワ」は地球と同じくらいの軌道を回る、地球近傍小惑星と呼ばれる天体だった。このためトロヤ群を探査すれば地球近傍とは違う科学的成果が期待できるが、「はやぶさ」の能力ではトロヤ群まで飛ぶことはできない。そこでISASが長年研究を進めてきたのが、ソーラー電力セイルだった。


「イカロス」の倍以上、巨大セイルのド迫力



ISASは2010年に、ソーラー電力セイル実証機「イカロス」を打ち上げた。「イカロス」は金星探査機「あかつき」との相乗りで地球を脱出、太陽を回りながらセイルの展開に成功している。「イカロス」は1辺が14mの正方形だったが、今回の実験は50mで、はるかに巨大だ。



実際に拡げてみるとそのサイズは圧倒的だ。筆者はいろいろなロケットや衛星などを見て「大きい」と感じたことがあるが、「広い」と感じたのは今回が初めてだ。実験では「イカロス」のセイルも並べて広げられた(上写真の手前側がイカロス)が、その差はすさまじい。これでも正方形のソーラー電力セイルの1/4だというのだ。


イカロスのような「光子帆船」ではない



さて、これまで「イカロス」について聞いたことがある方なら、この巨大セイルの目的は「光子帆船」だと考えるだろう。太陽の光の粒、光子は物体に反射する時、ごくわずかだが圧力がある。「イカロス」は銀色のセイルで太陽光を反射し、その推進力で加速することに成功した。風を帆に受けて走る帆船のように、太陽光で走る「光子帆船」だ。


しかし、この新しいセイルの目的は光子の圧力を受けることではない。実際、フィルムは「イカロス」のような銀色ではなく透明(少し黄色いので、写真では金色に見える)で、太陽光を素通りさせてしまう。実はこのセイルの目的は、巨大な太陽電池を広げることだ。


「イトカワ」の5倍、太陽から遠いトロヤ群を目指す「巨大はやぶさ」


小惑星探査機「はやぶさ」は太陽電池の電力でイオンエンジンを駆動して、小惑星へ往復した。「はやぶさ」が目指した小惑星「イトカワ」は地球とほぼ同じ距離で太陽を回っているから、太陽光の強さは地球と変わりない。ところがトロヤ群小惑星の太陽からの距離は、地球の5倍にもなる。太陽光は1/25という弱さだ。となると、単純に「はやぶさ」でトロヤ群を目指すには太陽電池を25倍の大きさにしなければならないが、そんなに大きくしたら太陽電池の方が本体より重くなってしまう。



そこで巨大で軽い太陽電池として考えられたのが、ソーラー電力セイルだった。探査機は50m四方の巨大なフィルムに広大な極薄太陽電池を張ることで、大電力を確保してトロヤ群を目指すのだ。つまりこの巨大セイルは「光子帆船」ではなく「巨大はやぶさ」だったというわけだ。上記写真は、広げたフィルムに太陽電池の配線を張り付ける作業だ。


次期科学プロジェクトは2020年代、採択されるかは未定



このように研究が進められているトロヤ群探査機だが、実現は未定だ。ISASは2020年代前半に次の大型計画を実施する予算を与えられており、約300億円の開発費と大型ロケット(おそらく新型のH3ロケット)を使って何をするか、これから選考が行われる。トロヤ群探査機はその候補のひとつだが、他にも有力な候補はいくつもあり、どれが選定されるかは全くわからない。しかし、ソーラー電力セイルによる太陽系探査は世界にも類のないもので、たとえ次回の選考に漏れたとしてもその次を目指すことになるだろう。


子どもたちへ受け継ぐ、30年の旅路


今回の実験を指揮したISASプロジェクト研究員の松本純さんは27歳。5年前に学生としてISASで研究に加わり、修士号と博士号を得て今年4月からISASの研究員になったばかりだという。



彼のような若手がリーダーを任されていることには理由がある。探査機がトロヤ群小惑星に到達したあとサンプルを地球へ持ち帰るかは未定だが、持ち帰る場合は往復30年を要するからだ。2020年代前半の計画に採択されても、現在のISAS職員は松本さんですら、帰還までに定年を迎えてしまうだろう。開発着手前から、次世代の育成を意識しなければならないのだ。


そんな松本氏は、宇宙の仕事の魅力を問われて、こう答えた。


「ひとつは、世界一のことをしたいから。もうひとつは、世界一のことをしている大人の背中を、子どもたちに見せることができるから」


そう語る松本氏の周囲では、最先端の実験を見学に来た子どもたちも、同じように目を輝かせていた。彼らが、あるいはこれから生まれてくる子どもたちが宇宙を志し、この探査機を地球で迎えることになるのかもしれない。


Image Credit: JAXA、大貫剛