悪夢ばかり見るのはうつの前兆かもしれない「悪夢障害」を知っていますか

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悪夢障害』(幻冬社新書Kindle)を読んで、そういう障害があることを知った。


著者は、スタンフォード大医学部の睡眠・生体リズム研究所の西多昌規(にしだまさき)客員教授。

ひどい悪夢をよく見て、しかもよく記憶していたり、それによって疲れや日中の眠気が強かったりといった問題を抱えている人は、「悪夢障害」の可能性がある。正確な診断基準は当該書籍に当たられたい。

悪夢は睡眠の質を落とすので、やっぱり鬱と相関関係にあるようだ。
本書でも、悪夢の頻発はストレスによる鬱の前兆という可能性があるという。また、鬱病患者の脳はじっさいに、睡眠中に休息をとれていないそうだ。

なお、不眠と鬱病・抑鬱状態との強い相関関係については、清水徹男『不眠とうつ病』(岩波新書/Kindle)がわかりやすい(レヴュー→「うつに自分を追い込みがちなひとは悪人の行動を目指せ。手を抜け、愚痴をこぼせ」)。


イヤだ! 脳内にホラー映画の監督が!


脳が意図的に考えたりなにかを感じたりといった活動をとくにやってないとき、つまりボーっとしてるときに働く脳の回路を、デフォルトモードネットワーク(DMN)という。
DMNは特定の部位ではなく、ボーっとしてるときに複数の脳部位どうしが作るシステムだ。

最近ではこのDMNが、睡眠中に夢を作り、また睡眠中の記憶の固定・忘却にタッチしているのではないかと言われている。
ある研究によれば、ストレスがかかるとリラックスできず、つまりDMNがうまく機能せず、悪夢を見るのではないかという。

またジュリオ・トノーニ(ウィスコンシン大学)は、覚醒時の意識は現実世界でニュースを見るようなもの、そして夢は想像力に富む監督が作った映画を観るようなものだ、と言う。
これを受けて西多さんは、
〈悪夢障害とは、さしずめ脳にホラー映画を得意とする映画監督が居座っているようなものなのである〉
という。

困るね。脳でジョージ・A・ロメロとかダリオ・アルジェント、ジョン・カーペンター、中田秀夫なんかにメガホン執ってられちゃ。


さまざまな悪夢


心的外傷後ストレス障害(PTSD)を持つ人は、悪夢を見ることが多い。米国精神医学会の『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』(医学書院)によれば、PTSDの主訴は悪夢とフラッシュバック(心的外傷を受けたときの記憶が、突然くっきりと思い出される現象)だ。
西多さんは、PTSDの診断基準を満たさないのが悪夢障害である可能性を指摘する。


本書によれば、睡眠薬や認知症の薬の副作用としての悪夢を見ることもあれば、アルコール依存の病像のひとつとして悪夢が出ることもある。
禁煙開始直後の離脱症状にも悪夢があるし、また夜型の人のほうが悪夢を見やすいともいう。

さらに、ADHDの人が、社会との適応においてストレスを感じた結果、二次的な症状として抑鬱状態になるケースがあるが、その出かたのひとつとしての悪夢も多い。非常に現実的な悪夢を見るとされる。

悪夢を見る人で、最近体重が増えたという人は、睡眠時無呼吸症候群を疑ってもいいという。そこから睡眠の質を上げる道が開けることもあるようだ。

悪夢とつきあう


本書では、また対処法的な薬剤(プラゾシン、レボメプロマジン)も紹介しているが、著者自身は夢を薬で制御することには抵抗を示している。

それよりも著者は、悪夢と「つきあっていく」ことを推奨する。
そのためのいくつかの方法も紹介されている。夢日記をつける方法、金縛りから抜け出すコツなど。
金縛りにあったら目を動かして、室内のちょっと離れたものを見る動作を繰り返すと、レム睡眠中の睡眠麻痺が解けやすくなる。

悪夢の効用?


そのいっぽうで、よく眠ればいいというものでもないらしい。
被災直後の被災者に眠れない・眠りが浅い・うなされる、などの症状が出たことは常識的にも納得できるが、それはそれで生体を守る側面があるという説もあるようだ。

というのも、ある実験で、ストレスを受けたあと眠らせた被験者より、徹夜した被験者のほうが、トラウマ体験を思い出すときの恐怖感や発汗が和らぐという結果が出たのだ。
睡眠が記憶を固定するというと望ましいことのように思うけれど、悪い記憶も固定してしまうことがあるようだ。

また統合失調症の人が回復に向かう途上に悪夢を見ることも多いそうだ。妄想・幻覚が覚醒時から睡眠時に移動してゆくと考えられるとのこと。

さらに著者は、ラカン派の京大教授・新宮一成の説を紹介している。
新宮さんによると、人間の意識はストレスをストレスとして自覚できているとはかぎらない。知らずに傷つき続けていると、あとでひどいことになる。
悪夢は昼間にあった厭なことを変換して表現し、ストレスのありかをクリアにしてくれるのではないかというのだ。

悪夢にも効用があるという見かたはおもしろい。どんなものも、こちらの都合で「意味がある」とか「ない」とか、簡単には決められない。

ところで本書でとくに印象に残ったのは、実験でテトリスを7時間やらせたら、被験者の6割が寝入りばなのノンレム睡眠時にテトリスの夢(入眠幻覚)を見た、という話。7時間やれば、やっぱり見るよね。
(千野帽子)