「投資」と「投機」、「株式」と「債券」の違い、わかりますか?
お金のことを考えるのはめんどくさい。
将来のプランを立てるのが苦手だし、勘案すべきなのかどうかの判断もつかない不確定要素が多いし……。
小生はそういうダメ人間ではなるが、大江英樹『知らないと損する経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社/Kindle)を読んでみた。
帯文〈わかりやすいにもホドがある!〉に挑発されたのだ。
本書にも書いてあるとおり、経済学が「冷たい」感じを与えるとしたら、それは人間のいろんな行動を数字、とりわけ金額の面からとらえるからだろう。
しかし考えてみれば、人間がやっていることの多くには、働くとか消費するとか、基本的にそういう経済活動という側面がある。
大江さんによれば、「経済学は冷たい感じ」はあくまで一面的なイメージがひとり歩きしているにすぎない。
本書でまず、経済学という学問を、以下のように定義している。
〈社会において、限られた資源を有効に活用することで、人々がしあわせになるにはどうすればよいかを研究する学問〉
資源が限られているのは当然の事実なので、そこをはしょって言うと、経済学も幸福追求の学問、ということになる。
そういうわけで、経済の基本をわかっていないと、いろんな勘違いをしてしまう。
・お金は使わないほうがいい
・買い物は選択肢が多いほうがいい
・投資で儲けるのは不労所得だ
とか、お金まわりのそういった「なんとなくの感じ」は、基本的な勘違いの例、ということになる。
また「経済評論家は経済学部出身である」というのもそういう勘違いのひとつのようだ。
お金音痴だと、いろんなことが頭のなかで曖昧になる。
たとえば「投資」と「投機」の違い。
企業の成長性に注目し、比較的長期の継続性を前提に「資」(キャピタル)を投じるのが投資、そして、
リスクはさて措いて短期の(ときには偶然的な)価格変動に注目し、短期の売買益を狙って「機」(チャンス)に投じるのが投機だという。
また「株式」も「債券」もいずれも、お金を出した人に会社がくれるものだが、この違いも、
・「株式」は出資。会社が儲ければ配当金が出る。株主が他人に譲渡するか会社が解散するかしないと原資は戻らない。
・「債券」は貸付。満期までは一定の利子がつく。満期になれば原資が返ってくる。
・まとめると株式は「出資証明書」、債券は「借金証書」。
このざっくりした言いかた(笑)。
当方の頭の悪さを見透かされているようで癪だが、こう言われると違いが見えてくるのだからしかたがない。
このほかにも、
・為替レートで「うまい話」ってあるの?
・日本は〈国民一人当たり830万円の借金がある〉ってどういうこと? どうしたら返せるの?
・日銀がアベノミクス下の2013年におこなった「異次元緩和」は「金余り」「インフレ」を狙ったはずなのに、「俺んちにお金が回ってこない」のはなぜ?
など、素朴な疑問に答えてくれる。
最初に書いた「経済学も幸福追求の学問」、ということで思い出すのは、『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫上巻・下巻/Kindle上巻・下巻)の著者でノーベル賞を受けた行動経済学者ダニエル・カーネマンが、心理学をベースにした研究をおこなっていること、また「幸福学」の分野でも注目されている存在だということだ(「年収1000万円を超えると、年収アップは幸福感アップではなくなる」)。
大江さんは本書まえがきで、
〈行動経済学の観点から、誰もが気づいていない心のクセを知ることで間違った選択による損を防ぐようにすることができるようにしたいと思っています〉
と書いている。
そして心理学の実験結果をもとに、
〈何かを選ぶ時に、あまりにも「損をしたくない」という気持ちが強すぎてかえって間違った判断をしてしまい、結果としては損をしてしまうということが世の中にはたくさんあります〉
と書く。
この〈“損をしたくない“と思う気持ちが”損を呼び込む”〉というテーゼは、
「幸福とは蝶である。つかもうとして追えば逃げる。じっとしてれば寄ってくる」
という米国の格言を裏焼きしているかのようだ。
(ちなみに蝶の格言はホーソーンやソローといった文学者の言とされることが多いが、じつは新聞の無署名記事がルーツだという。ねづっちが「整いました!」と言いそうな謎かけだよね)
上記引用で〈心のクセ〉という4文字は原文でも太字強調。しかもちょい大きめの字で組んである。
〈心のクセ〉とか「思考のクセ」という言いかたでぴんとくる人もいるだろう。
この言いかたは、認知心理学や進化心理学、脳科学、失敗研究などで言われるようになってきたフレーズ。
仏教研究でも「煩悩」や「無明」「業」を説明するときにこのフレーズを使うことがある。
人はなぜ不合理な選択をするのか。
その背後に、人間の脳が進化の過程で生き残りをかけて組み上げたシステムが、いまだに残存しているせいだ、とみなす意見がある。
〈有機体としての人間が有する、多数の遺伝的に決定された特徴は、もう消滅してしまった環境の特徴、あるいは大きく変化した環境の特徴への適応と見なすのがふさわしい〉
(ダン・スペルベル『表象は感染する 文化への自然主義的アプローチ』第6章、菅野盾樹訳)
いま僕らは氷河期を生きているのではない。
にもかかわらず、人間の脳は氷河期(や、農耕や食料蓄積の文化がなかった時代)を生きのびる仕様のままだ。
冒頭に書いた「お金のことを考えるのはめんどくさい」という感情も、脳の氷河期仕様の古い部分が言わせてるのかもしれない。
脳の古い部分の仕組みや傾向を直視して賢く生きる方策を、行動経済学も模索しているのだ。
最後に、この本のなかで紹介されて気になった2冊も書いておきます。
前野彩『家計のプロ直伝!ふるさと納税新活用術 上限額が今までの2倍!確定申告も不要になった!』(マキノ出版)。
そして井戸美枝『知らないと損をする国からもらえるお金の本』(角川SSC新書/Kindle)。
(千野帽子)
将来のプランを立てるのが苦手だし、勘案すべきなのかどうかの判断もつかない不確定要素が多いし……。
小生はそういうダメ人間ではなるが、大江英樹『知らないと損する経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社/Kindle)を読んでみた。
帯文〈わかりやすいにもホドがある!〉に挑発されたのだ。
限られた資源でしあわせになるには?
本書にも書いてあるとおり、経済学が「冷たい」感じを与えるとしたら、それは人間のいろんな行動を数字、とりわけ金額の面からとらえるからだろう。
大江さんによれば、「経済学は冷たい感じ」はあくまで一面的なイメージがひとり歩きしているにすぎない。
本書でまず、経済学という学問を、以下のように定義している。
〈社会において、限られた資源を有効に活用することで、人々がしあわせになるにはどうすればよいかを研究する学問〉
資源が限られているのは当然の事実なので、そこをはしょって言うと、経済学も幸福追求の学問、ということになる。
投資で儲けるのは「不労所得」ではない
そういうわけで、経済の基本をわかっていないと、いろんな勘違いをしてしまう。
・お金は使わないほうがいい
・買い物は選択肢が多いほうがいい
・投資で儲けるのは不労所得だ
とか、お金まわりのそういった「なんとなくの感じ」は、基本的な勘違いの例、ということになる。
また「経済評論家は経済学部出身である」というのもそういう勘違いのひとつのようだ。
「投資」と「投機」の違い、「株式」と「債券」の違い
お金音痴だと、いろんなことが頭のなかで曖昧になる。
たとえば「投資」と「投機」の違い。
企業の成長性に注目し、比較的長期の継続性を前提に「資」(キャピタル)を投じるのが投資、そして、
リスクはさて措いて短期の(ときには偶然的な)価格変動に注目し、短期の売買益を狙って「機」(チャンス)に投じるのが投機だという。
また「株式」も「債券」もいずれも、お金を出した人に会社がくれるものだが、この違いも、
・「株式」は出資。会社が儲ければ配当金が出る。株主が他人に譲渡するか会社が解散するかしないと原資は戻らない。
・「債券」は貸付。満期までは一定の利子がつく。満期になれば原資が返ってくる。
・まとめると株式は「出資証明書」、債券は「借金証書」。
このざっくりした言いかた(笑)。
当方の頭の悪さを見透かされているようで癪だが、こう言われると違いが見えてくるのだからしかたがない。
このほかにも、
・為替レートで「うまい話」ってあるの?
・日本は〈国民一人当たり830万円の借金がある〉ってどういうこと? どうしたら返せるの?
・日銀がアベノミクス下の2013年におこなった「異次元緩和」は「金余り」「インフレ」を狙ったはずなのに、「俺んちにお金が回ってこない」のはなぜ?
など、素朴な疑問に答えてくれる。
損をしたくないと思うと損をしてしまう
最初に書いた「経済学も幸福追求の学問」、ということで思い出すのは、『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫上巻・下巻/Kindle上巻・下巻)の著者でノーベル賞を受けた行動経済学者ダニエル・カーネマンが、心理学をベースにした研究をおこなっていること、また「幸福学」の分野でも注目されている存在だということだ(「年収1000万円を超えると、年収アップは幸福感アップではなくなる」)。
大江さんは本書まえがきで、
〈行動経済学の観点から、誰もが気づいていない心のクセを知ることで間違った選択による損を防ぐようにすることができるようにしたいと思っています〉
と書いている。
そして心理学の実験結果をもとに、
〈何かを選ぶ時に、あまりにも「損をしたくない」という気持ちが強すぎてかえって間違った判断をしてしまい、結果としては損をしてしまうということが世の中にはたくさんあります〉
と書く。
この〈“損をしたくない“と思う気持ちが”損を呼び込む”〉というテーゼは、
「幸福とは蝶である。つかもうとして追えば逃げる。じっとしてれば寄ってくる」
という米国の格言を裏焼きしているかのようだ。
(ちなみに蝶の格言はホーソーンやソローといった文学者の言とされることが多いが、じつは新聞の無署名記事がルーツだという。ねづっちが「整いました!」と言いそうな謎かけだよね)
行動経済学が心理学である理由
上記引用で〈心のクセ〉という4文字は原文でも太字強調。しかもちょい大きめの字で組んである。
〈心のクセ〉とか「思考のクセ」という言いかたでぴんとくる人もいるだろう。
この言いかたは、認知心理学や進化心理学、脳科学、失敗研究などで言われるようになってきたフレーズ。
仏教研究でも「煩悩」や「無明」「業」を説明するときにこのフレーズを使うことがある。
人はなぜ不合理な選択をするのか。
その背後に、人間の脳が進化の過程で生き残りをかけて組み上げたシステムが、いまだに残存しているせいだ、とみなす意見がある。
〈有機体としての人間が有する、多数の遺伝的に決定された特徴は、もう消滅してしまった環境の特徴、あるいは大きく変化した環境の特徴への適応と見なすのがふさわしい〉
(ダン・スペルベル『表象は感染する 文化への自然主義的アプローチ』第6章、菅野盾樹訳)
いま僕らは氷河期を生きているのではない。
にもかかわらず、人間の脳は氷河期(や、農耕や食料蓄積の文化がなかった時代)を生きのびる仕様のままだ。
冒頭に書いた「お金のことを考えるのはめんどくさい」という感情も、脳の氷河期仕様の古い部分が言わせてるのかもしれない。
脳の古い部分の仕組みや傾向を直視して賢く生きる方策を、行動経済学も模索しているのだ。
最後に、この本のなかで紹介されて気になった2冊も書いておきます。
前野彩『家計のプロ直伝!ふるさと納税新活用術 上限額が今までの2倍!確定申告も不要になった!』(マキノ出版)。
そして井戸美枝『知らないと損をする国からもらえるお金の本』(角川SSC新書/Kindle)。
(千野帽子)