大学講師:年収100万円〜(週3コマ勤務) 松村比奈子●1962年生まれ。駒澤大学大学院公法学研究科後期博士課程修了。専門は憲法学。現在5大学で非常勤講師。首都圏大学非常勤講師組合の委員長も務める。

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これまでの経験を活かして、働き続けることはできるか──。キャリアを変えた人の経験談から、雇用市場の実態が見えてきた。

※第1回はこちら(http://president.jp/articles/-/13430)

■年収100万円以下「大学講師」の現実

自分のキャリアを生かして大学で教えたい──。そう考える人は少なくないが、現実はなかなか厳しい。とくに「非常勤講師」は、薄給だ。

東京理科大学など5つの大学で教鞭を執っている松村比奈子さん(50歳)は、「年収200万円以下の人がほとんど。そのうえ、レポートやテストの採点もあるなど大変な重労働。非常勤講師の収入だけで生活を支えるのは不可能に近い」と話す。

報酬は大学によって異なるが、首都圏の大学での平均的な金額は1週間に1回(1コマ)90分の授業で1万円。1科目の講義は1期(半年間)で15回のため、前・後期の合計で年間30万円となる。

松村さんは現在5つの大学で12コマの講義を担当しているが、「体力的には限界に近い」と話す。2013年度は前・後期平均で10コマ。つまり週に10回の講義を担当したが、それでも年収は約300万円だ。

「週4日間、それぞれの大学に出講し、担当する学生は全部で2000人。レポートやテストの採点は重労働です。また勤務先はその都度ばらばら。いまは自宅の神奈川から千葉や埼玉の大学に通っているのですが、遠いからといって断るわけにはいきません」

ちなみに専任教員の担当講義は平均で松村さんの半分の6コマ。教授クラスの年収が1000万円を超えることを考えれば、雲泥の差だ。

非常勤講師の待遇が悪い背景には、「専任教員への採用をほのめかしつつ、薄給を我慢させる」という大学特有の構造がある。

たしかに非常勤講師の経験はキャリア形成のひとつだろう。だが専任教員の枠は限られている。大学院進学率の上昇とともに、40歳を過ぎても専任教員になれず、非常勤講師を続けざるをえない人が増えている。とくに男性のケースは深刻だ。松村さんはいう。「『女性には結婚がある』という考え方なのか、これまで専任教員の採用では男性が優先されるケースもありました。しかし大学側も余裕がなくなり、非常勤講師のままの男性が増えています。なにか問題があれば、すぐに『雇い止め』となるので、なかには病気を隠して働き続けているような人もいます。大学は非常勤講師を一種の調整弁に使っていますが、それはおかしい」

脱サラして大学院に通い、将来的には大学教授に──。そういう考え方は、現実的ではない。研究に没頭できるような蓄えがあるなら別だが、払った学費を、講師になって取り返そうというのは甘すぎるようだ。

■フリーター生活から突然「事務局長」へ

金儲けから離れた仕事がしたい──。そう考えて、リタイア後にボランティアや社会貢献活動に取り組もうと考える人もいるだろう。だが、「NPOで働く」と決めて、早期退職を選ぶのは早計だ。

長野県NPOセンターの菊池明弘さん(47歳)は、「最初から一生懸命にやろうと思わないで、気楽に自分でできるところから始めたほうがいいですよ」とアドバイスする。

長野県NPOセンターは、主に県内のNPO団体の支援活動をしている。菊池さんは、いまNPOセンターの事務局長を務めているが、関わりができたのは偶然だった。

長野県出身の菊池さんは工業高校の建築学科を卒業後、大学に進学するも中退。専門学校で情報工学を学びソフトウエア会社に就職するも、4年で退社。その後、建設会社など様々な職業を転々とするなど「フラフラしている時代が何年かあった」(菊池さん)。フリーランスのプログラマーとして過ごす中で、長野県社会福祉協議会の「IT技術者派遣事業」でNPOセンターに出向くことになった。

「月額25万円、半年間の期限付きで、ホームページの製作や会員管理システムの開発などをやりました。半年間の派遣期間が満了したあとは、元のソフト開発屋の生活に戻っていたのですが、NPOセンターの活動には関心があって、事務所に寄ったり、たまに相談を受けたりすることもありました。そんな中、事務局長が家庭の事情で突然辞めることになり、06年7月から事務局次長として有償で活動を手伝うことになりました。当初は翌年3月までの約束だったのですが、人材不足ということもあり、08年からは事務局長として本格的に取り組むことになったんです」

数奇な巡り合わせだが、結果として菊池さんは国や県などの委託事業を通じてNPOセンターの活動に関わることになった。

多くのNPOはボランティアで運営されている。有償スタッフも、薄給であることが多い。すこしデータは古いが、経済産業研究所の06年度の調査によれば、常勤職員の給与は平均166万円に留まっている。

菊池さんのいまの月給は20万円。ボーナスはなく、年収はそのまま240万円となる。菊池さんは「事務局長となるより、派遣事業で仕事を請け負っていたときのほうが給与は高かった」と自嘲するが、自身の給与額を決め、それを理事会に諮るのも、事務局長である菊池さんの仕事だ。なぜNPOで働き続けているのだろうか。

「フリーター生活など職業を転々としてきたので、もう途中で投げ出さないように、意地になっている部分はあります(笑)。それに加えて、県内のNPOはまだまだ問題を抱えています。09年に県内600超のNPO団体を訪問調査したところ、NPOの抱える悩みを肌で感じました。様々な相談も受けたのですが、簡単なアドバイスであっても、必要とされていると感じました。

翌年、菊池さんはNPOで活動する人に少しでも役立ててもらおうと、運営対策などをまとめたマニュアルを作成し、配布した。菊池さんはいう。

「年功序列で給与が上がる世界がうらやましいと思うことも、たまにありますよ。でも、そういう生き方は楽しいのかな。生活は苦しいですけど、型にはまって一生を過ごすのは、イヤだと思っちゃうんですよね」

(溝上憲文=文 プレジデント編集部=撮影)