20代の8割は「飲酒習慣なし」

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居酒屋大手のワタミが、1996年の上場以来、初めての赤字に転落した。主力の外食事業の既存店売上高は前期比で7%減で、連結最終損益は49億円の赤字。今期は同社の居酒屋の1割にあたる60店を閉店すると発表している。このほか「甘太郎」などを運営するコロワイドは前期比で3%減、「はなの舞」などを運営するチムニーも4%減となるなど、居酒屋チェーンは総じて苦戦している。

居酒屋にとって、かねてからの経営課題は「若者の酒離れ」だ。国民健康・栄養調査によると、20代の8割は飲酒習慣(1日に1合以上飲む日が週3日以上)をもっておらず、飲まない人は徐々に増えている。

居酒屋に活路はないのか。若者の消費分析を専門とする博報堂のマーケッター・原田曜平氏に聞いた。

■「さとり世代」はビールで乾杯しない

現代の若者は「さとり世代」と呼ばれます。消費をしない、上昇志向がない、恋愛に淡白。そんな消極的な性格を、さとりをひらいた僧に喩えた表現です。ネット掲示板の「2ちゃんねる」が発祥で、2013年の流行語大賞にもノミネートされました。

この世代は、誕生したときにはバブル経済が崩壊、成長期は常に不景気だといわれていました。不景気しか知らずに育ったために消費には慎重です。

学校では「ゆとり教育」が行われ、個性の尊重が謳われる一方で、競争を煽られることは減りました。運動会の徒競走では、順位がつかないように、ゴールの手前で後続を待ち、手を繋いで一緒にテープを切ります。

また中高生のころから携帯電話を持ち、「ネットいじめ」を経験しているため、人間関係に敏感で、「空気を読む」ことに気をつかいます。目立つ行動をして「イタイ」と言われることが何よりも怖い。ネットを使えば情報が簡単に手に入るため、無駄に思えることやリスクを伴う行動はしません。

現状への満足度が高く、無駄な消費と無駄な努力を拒否する。こうした傾向は、かつての「バブル世代」が、猛烈な上昇志向を持ち、散財に明け暮れたのとは真逆といえます。

具体例を紹介しましょう。乾杯のとき、いまどきの若者には「とりあえずビール」は通用しません。博報堂の「若者研究所」では、約100人の大学生に研究員を務めてもらっています。調査の打ち上げで、私が「まずはビール」と全員分の飲み物を注文しようとすると、空気がざわつきます。理由を尋ねると、「どうして他人の飲み物を勝手に決めちゃうんですか」と憮然とした表情でいわれました。

いち早く乾杯をしようと、率先して動くのは「意識が高い」「イタイ」として、若者には嫌われます。時間がかかっても、それぞれに注文を確認するのが、彼らのやり方。これは若者の酒離れの一因になっているはずです。

若者は、アルコールのなかでも、特にビールを飲まなくなっています。飲酒には「なれ」の要素がありますが、特にビールはそれが顕著ではないでしょうか。私は初めてビールを飲んだとき、「うまい」よりも「苦い」と感じたことをよく覚えています。宴席などで繰り返し飲むうちに、独特の風味の虜になりました。

酒類全般についても同じことがいえます。かつては酒の味をおぼえる前に、半ば強制的に飲まされることがありました。いまは飲みたくない人に強要することはありません。ましてや未成年の飲酒は御法度です。大学のサークルでも、1年生が多い「新歓コンパ」は居酒屋ではなく、カフェなどに場所を移し始めています。居酒屋側も、全員に身分証明書を提示させるなど、未成年の飲酒を厳しく取り締まるようになりました。以前にはあった居酒屋との接触機会が失われているのです。

また「空気を読む」という特徴があるため、人を酔わせたり、自らが泥酔状態になったりすることを避ける傾向があります。周囲に迷惑をかけたくないという気持ちが強いからです。このため彼らにとっては、「ほろ酔い状態が長時間持続する」という飲み方が理想的。飲み放題といった居酒屋のサービスには、あまり魅力を感じません。

■店選びの基準は「いいね」が集まるか

もう一つの傾向は「イベント化」です。アルコールという「モノ」から、仲間と飲むという「コト」に関心が移っていることから、「コト消費」ともいわれます。酒離れによって、飲酒は特別なことに変わりました。定期的に飲酒する機会は減っているのですが、その代わり、飲むことは不定期に「非日常」を演出してくれるイベントに変わっています。

たとえばビール全体の消費は減っていますが、若者の間でも、価格が高いプレミアムビールは消費が伸びています。いつも飲むなら手頃な発泡酒を選びますが、たまに飲むなら贅沢をしたい、と考えているようです。

また、この数年、全国ではラーメンやご当地グルメといった「食」をテーマにしたイベントが人気を集めていますが、このうちドイツビールをテーマにした「オクトーバーフェスト」にも大勢の若者が参加しています。お台場や駒沢公園、横浜港などに数十万人が押し寄せ、一杯1000円程度のドイツビールを楽しそうに飲んでいます。私の身近にも、「飲み会には絶対に参加しません」と宣言していた大学生がいましたが、あるときフェイスブックに「オクトーバーフェストに来ています!」と写真を載せているのをみて、仰天しました。

ソーシャルメディアを意識して生活しているというのも、「さとり世代」の特徴でしょう。友人と連れだって遊びに行くときには、「このネタはどれだけ『いいね』を集められるか」が、大きな動機になります。たとえば「かわいいカフェで話題のパンケーキを食べている」は自慢できますが、「居酒屋でビールを飲んでいる」ではネタになりません。

これまで居酒屋は、手頃な価格で日常的に飲める場所として人気がありました。しかし、飲酒習慣のない若者にとっては、縁遠い場所になってしまった。これは若者の数が絶対的に少ないことを考えれば、仕方がないことす。2013年の新成人は約122万人。

「団塊世代」(1970年)の約246万人、「バブル世代」(1994年)の207万人に比べれば、圧倒的に少ない。企業としては、将来の投資として若者向けのマーケティングが重要なことは理解しつつも、より人数の多い団塊世代やバブル世代に向けた施策を優先させてしまうのです。

しかし、このまま中高年向けの店づくりを続けていればジリ貧でしょう。私からいくつか提案があります。

ひとつは、酒好きの若者を狙うこと。全体としては酒離れが進んでいても、飲む人はいます。大人数ではなく、小人数で集まるようになっているので、彼らが過ごしやすい店をつくる。たくさん飲んで大騒ぎができるように個室を用意する、酔いすぎてしまってもいいように「ゲロ歓迎居酒屋」をつくる、といった戦略もあり得るでしょう。

もうひとつは、長時間滞在に対応した店づくりです。ファストフード店などでは「長時間の占有はご遠慮ください」といった掲示がありますが、これは食事が済んだ後も(ときには注文もせずに)、居座る若者に向けた注意書きです。こうした様子を、社会学者の宮台真司氏は「仲間以外はみな風景」と評しました。仲間には気を遣っても、それ以外の人には無関心。「居座ることは悪い」という感覚すらない。こうした若者に厳しく対応する店も増えつつあります。彼らの居場所として、時間ごとに課金するマンガ喫茶のような居酒屋がウケるかもしれません。

イベント性を高めるという手もあるでしょう。同じく若者離れに喘いでいたスキー業界では、「19歳はリフト券無料」というキャンペーンを展開して注目を集めました。「いまだけ」という特別感を演出することで、将来の顧客の獲得に成功しています。

若者に限らず、これからの居酒屋は「全国に同じ店をチェーン展開する」という手法では難しいでしょう。年齢や飲み方に応じて、個性のある店づくりを進める必要があるはずです。

※1:総務省「家計調査通信 472号(平成25年6月15日発行)」によれば、ビールや発泡酒などについて40〜49歳では年間54.3リットルを購入しているのに対し、29歳以下は27.1リットルだった。
※2:総務省:統計トピックスNo.66「『巳(み)年生まれ』と『新成人』の人口―平成25年 新年にちなんで―(「人口推計」から)」(平成24年12月31日)より抜粋。

(答える人=原田曜平(マーケッター) 構成=三浦愛美)