カーリングの女子日本代表(北海道銀行フォルティウス)は、ソチ五輪で過去最高の出場10チーム中5位(4勝5敗)という成績を残した。

 カーリングが五輪の正式種目に採用された1998年長野大会が5位(出場8チーム/2勝5敗)、2002年ソルトレークシティ大会が8位(出場10チーム/2勝7敗)、2006年トリノ大会が7位(出場10チーム/4勝5敗)、そして2010年バンクーバー大会が8位(出場10チーム/3勝6敗)という戦績を考えれば、大健闘と言っても過言ではないだろう。優勝したカナダと接戦を演じて、4位スイスからは勝ち星を挙げた。他にも、日本(9位)より世界ランキング上位の中国(5位)、デンマーク(6位)、ロシア(8位)を撃破。世界トップレベル相手にも引けをとらない戦いぶりは、間違いなく称賛に値する。

 2013年12月の世界最終予選に臨んでソチ五輪への10番目の切符を手にした日本。まして、チームの中心である小笠原歩(旧姓・小野寺)と船山弓枝(旧姓・林)は、2006年から休養に入って、およそ3年前の2011年に現役復帰したばかりである。にもかかわらず、なぜここまで健闘できたのだろうか。理由は、ふたつある。

 ひとつは、まさしくチームをけん引する、小笠原と船山の"成熟"だ。

 カーリングは、緻密な戦術の上に成り立つゲームで「氷上のチェス」と称されている。同時に「年齢を重ねるごとに強くなる競技」とも言われる。一投ごとに変わるゲーム展開を読むには、知識と経験が不可欠だ。プレッシャーのかかる中でのショットは確かな技術はもちろん、人生経験の中で培ってきた強いメンタルが求められる。

 かつて2度の五輪(2002年ソルトレークシティ、2006年トリノ)に出場している小笠原と船山は、その後、結婚して出産も経験した。そこで、競技の中だけでは得られない、さまざまなことを体験してきた。たくさんの苦労や困難もあっただろうが、それを乗り越えてきた。人間として、ひと回りもふた回りも大きくなって戻ってきたのだ。「それが、競技者としてのレベルも上げた」と、代表コーチのフジ・ロイ・ミキ氏は言う。

「カーリングで結果を出すためには、競技者としても、人間としても"成熟"が不可欠。そういう意味では、以前は『20代の女の子』に過ぎなかった歩と弓枝も、結婚と出産を経験して、間違いなく"成熟"していた。それが、アイスの上でもしっかりと生かされていた。そして今回、3度目となるソチ五輪を経験。彼女たちはこれから、ますます良くなる可能性がある」

 ふたつ目は、日本女子代表の北海道銀行が活動する北海道・札幌の、カーリングを行なう環境が整備されたことにある。

 まず、2011年に北海道銀行カーリング部が創部し、翌2012年の秋には、通年の『どうぎんカーリングスタジアム』が完成。夏場などシーズンオフの間でも、アイス上でのトレーニングが可能になったのだ。

 そして2013年の夏には、北海道のカーリング女子選手の強化を目的とした『北海道女子カーリングアカデミー』が開校。それにともなって、カナダのジュニア代表を率いて世界王者となったジェームス・ダグラス・リンド氏が、指導者として招聘された。北海道銀行の面々も彼の指導を受けて、個人練習を強化。それが、チームの戦術の幅を広げた。

 そうした中で、数多くの実戦もこなしてきた。特に札幌の男子チームとは年間十数試合も消化して、ゲーム感を常に保つことができた。トリノ五輪では代表チームのコーチを務め、現在は北海道銀行と頻繁に練習試合を行なう男子チームの一員である阿部晋也氏が、間近で見てきた「カーママ」の成長を語る。

「(北海道銀行の選手は)J・D(リンドコーチ)とアイスの上でコミュニケーションをとるようになってから、試合中のオプションが増えました。また、以前(2006年に休養に入る前)の小笠原さんは『それが決まったら大きいけど、ちょっと無理なんじゃないかな』という厳しいショットセレクトもあったけど、復帰後、特にここ2年くらいは、それぞれの選手の特性に合わせたショットを要求するようになった」

 そもそも、北海道銀行の目標は「ソチ五輪出場」ではなかった。小笠原は、チーム発足時に「1、2年で強くなれる競技ではないので、長いスパンでチームを作っていきたい」と言って、「2018年の平昌(ピョンチャン)五輪出場を目指す」と語っている。しかし、若い選手で構成された他の日本トップチームにはない"成熟"という武器を持ち、環境が整ったことで、小笠原ら北海道銀行は急成長した。

 そして、ソチ五輪で新たな経験と成熟を身につけた彼女たちは、休む間もなく、4年後の平昌五輪に向かって動き出した。「全員が高いレベルでショットをつなげないと世界では勝てない」(小笠原)という課題を持って、3月2日から始まった日本選手権に挑んでいる。すでに世界を見据えた「カーママ」たちが、このまま4年後まで突き進んでいっても不思議ではない。

竹田聡一郎●文 text by Takeda Soichiro