自分を大変がるわけではないが、ポーランドとウクライナで共催されたユーロ2012取材はこれまでになく疲れる旅だった。旅行を大変にしていた一番の原因は、両国の国土面積の広さと、交通網の整備が不十分だったことだ。列車は日本の30年前といった古さで、スピードは遅い。本数も少ない。移動は簡単ではなかった。
 
 それに輪を掛けたのが、ポーランドとウクライナの交通の脆弱な関係性になる。両国は隣国ながら、普段行き来する人は多くないのだろう。例えば両首都間を列車で移動しようと思えば、たっぷり24時間かかる。しかも1日2本。飛行機の本数も少ない。それぞれの首都であるワルシャワとキエフを往復する便でさえ数えるほど。地方都市間に至っては直行便さえ飛んでいない。
 
 ポーランドのグダンスクというバルト海に面した都市から、ウクライナの首都キエフへ移動した際に、僕が飛んだルートはドイツのドルトムント経由。また、キエフからワルシャワに飛んだ際は、ラトビアのリガ経由だった。それは、東京からソウルに向かうとき、香港や上海を経由するのと同じ話になる。
 
 それとて満席。料金も決して安くない。便乗値上げが激しいのだ。ホテルもまた便乗値上げをしているので、旅費は異様に高くつくことになる。
 
 それで試合の内容が大外れだと報われないが、試合は幸いにも当たりが多かった。苦労して訪れただけのことはあった。
 
 もっといえば、スタジアムに到着した瞬間、旅のストレスは解消されていた。スタジアムがいずれも素晴らしかったからだ。内部施設はもちろんのこと、サッカーを観戦する上でもっともこだわりたくなる視角が、なにより鋭かった。ピッチに描かれる両軍の攻防を抜群の眺望から、まさに上から目線でとくと堪能させてもらった。至福の瞬間とはこのことだ。1人のサッカーファンとしてこれほど幸せなことはない。僕は記者席に着いた瞬間から感激に浸っていた。
 
 感激は、試合が始まるとさらに増幅していくわけだが、日本に伝わるのはここから先の出来事だ。試合内容と結果。ほぼこれに限られた情報が流れていくことになる。
 
 実際、日本に帰国してお茶の間観戦していた人と話をすれば、全員が全員、スペインのサッカーについて、ドイツのサッカーについて、イタリアのサッカーについて語ろうとする。ピッチの上で起きたサッカーの話をダイレクトにしてくる。
 
 そうなると僕は、もう一方のユーロ話をしたくなる。大変だった旅行の話、素晴らしかったスタジアムの話等々、こちらサイドの話を伝える必要性をいっそう感じてしまう。最も急傾斜だったワルシャワのスタジアムで試合を見れば、大抵の人が感動、感激することは間違いないのだから。おそらく試合の中身以上に。
 
 ところが、その手の話、すなわち紀行系の原稿を頼まれることはほとんどない。特に最近その傾向は増している。
 
 それには、内向きになっているファンの傾向と大きな関係がある。欧州サッカーや日本代表のアウェー戦など、海外の試合を現地で観戦しようとするファンは、ここ何年かの間にめっきり減ってしまった。今回のユーロでも、現地で日本人観戦者の姿を見かける機会は少なかった。
 
 その一方で、ネットを通して情報を得ようとする人の数は爆発的に増えている。ある種の情報について、ファンは目茶苦茶詳しくなっている。もちろんその中に、旅行の話やスタジアムの話は含まれていない。
 
 というわけで、情報の送り手(メディア)も、読者のライフスタイルに則したニュースを流そうとする。悪くいえば、迎合してヒット数を伸ばそうとしているわけだ。それと、伝えるべきニュース、伝えなければならないニュースが一致していればなにも問題ないが、必ずしもそうならない現実がある。