■フロントとチームは常に競争

最近地方小クラブの社長を取材する機会に恵まれているが、継続的な努力をされていて、ぜひ成功してほしいなと好感を抱いた社長たちに共通して言えることがある。自ら現場に出て、クラブスタッフやボランティアとともに汗水を垂らして積極的に現場で動いているということだ。親会社があり比較的お金に恵まれているクラブは別としても、有力な資金源を持たない地方小クラブのトップのあるべき姿と言えるではないだろうか。

昨年のJリーグの観戦者調査によれば、ロイヤルティ、情報、アクセス、雰囲気、演出、サービスといった項目でJ38チーム中総合1位に輝いたクラブはJ2ファジアーノ岡山だった。岡山の社長は木村正明氏。東京大学を卒業し、外資系金融大手ゴールドマンサックスに入社。その後36歳のときに旧友から助けを求められ地元岡山に戻った。2006年の社長就任からわずか3年でクラブをJ2昇格させ、今に至る。いまや、サッカー界の“やり手”社長として注目の人物だ。

昨年11月にサッカー批評54で木村社長を取材したのだが、当日はファジアーノ岡山のホームゲーム開催日でもあった。試合は見事な逆転勝ち。その記者会見中、ふと窓ガラスの外を見ると、木村社長が数人のボールボーイを先導するように会場の後片づけに奔走する姿があった。聞けば、そうやって動くことは「相当意識している」という。

■3期連続で観客動員数を伸ばしている岡山

「選手は後戻りできない世界に入ってきて、彼らは本当に戦っているわけで、そこでナチュラルなコンフリクト(争い)が起こる。選手は『フロントは何をやっているんだ』となる。フロントも『給料を回しているんだから、もっと勝ってくれ』と。僕はこのナチュラルなコンフリクトがスポーツチームには常に発生すると思っていて、そのとき選手に『うちのフロントはすごい』『清貧だけどすごい』と思ってもらいたいんです。だから僕も必死に動く。フロントとチームは常に競争なんですよ」

社長自ら現場で動けばクラブスタッフも必死に動かざるを得ないだろう。クラブトップのそんな姿を目撃すればサポーターは無意識に好感を抱くというもの。“フロントの顔が見える”ことは情報公開そのものでもある。小クラブだからこそ、地域やサポーターとの距離の近さ、クラブの風通しの良さは生命線であり、逆に命取りにもなる。

J全体が観客動員を減少させる中、岡山は3季連続で動員数を伸ばしている。来年早々にはクラブハウスと専用練習場が完成する。これはクラブスタッフ主導で行った署名活動により、わずか3ヵ月で30万人の署名を集めて行政を突き動かしたのだ。J参入4年目のJ1未経験クラブで、親会社を持たない地方小クラブのハード面の整備としては異例の速さ。いまJ2は停滞感に包まれているが、岡山には情熱と勢いを感じる。木村社長を中心に着々と力を蓄えている岡山というクラブの未来が今から楽しみだ。

■商人は馬鹿にされているくらいがちょうどいい

水戸の沼田邦郎社長にも木村社長と同様の姿勢を感じる。水戸のホームゲーム開催日にケーズデンキスタジアムに足を運べば、沼田社長が会場の案内係をしている姿が目に飛び込んでくる。試合後にはゴール裏のサポーターに駆け寄って何やら会話を交わす姿がある。沼田社長の水戸市内にある実家は卸売のかばん屋だという。商人気質が溢れる沼田社長は「商人は馬鹿にされているくらいがちょうどいいんだよ」と笑って話す。

サポーターはクラブにとってのお客様、という当たり前のことを当たり前のように心得ている。実際この点をまったく心得ず、地域内でサッカーというメジャースポーツの優位性にあぐらをかき、殿様商売を続ける地方小クラブのトップも存在するから、沼田社長には必要以上に好感を抱くというもの。前出のJリーグの観戦者調査によれば、水戸は38チーム中総合9位。クラブスタッフやボランティアの接客態度などが評価されるサービス部門では3位だった。