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サッカープロフェッショナル超観戦術

10月にカンゼンから出版された「サッカープロフェッショナル超観戦術」は発売およそ1ヶ月で最初の増刷が決まった。同書は、オランダでUEFA公認A級ライセンスを取得した林雅人氏の戦術理論と観戦術をライターの川本梅花氏がまとめたものだ。

その出版を記念して、林雅人氏、川本梅花氏とサポティスタ・岡田康宏がサッカー戦術の言語化を主なテーマとして鼎談を行った。今回はその鼎談の第2部。

[鼎談]サッカー戦術を言語化する(1)

【ザックジャパンに変化はあったのか?】

川本 
ところで、この間のザックジャパンはどう見えた? あまり変わっていないか。

林 
変わっていないですね。最終ラインが多少高めになっただけですよね。高めになってコンパクトになったので、ボールを配りやすくなったということはあります。次は、カウンターをやる時にどうやって整備してやるかですね。言い方はなんですが、ちゃんとしたFWを起用したことは評価できることだと思います。本田ではなくて、森本や前田などを入れて、カウンターの時、前にパワーをかけられるようにした。W杯の時と違った点は、カウンターにパワーをかけるために、どういう選手を選んでどうやるのかに意識を置いた点だと思いますけど。

川本 
人と人との距離を短くしてコンパクトにというのは見られたね。

林 
ディフェンスの時ですよね。最終ラインが自陣のセンターサークルの末端まで上がってきていました。そういう方法でコンパクトにしているなと。W杯の時はもっとDFラインが後ろでしたからね。DFラインを上げることで、前の選手も余裕をもって対処できる。ラインをコンパクトにすることで、MFが必要以上に下がらなくてもよくなった。そうしないとW杯の時のようにFW役の本田が孤立してしまいますから。カウンターする時に前に人数がたりていない状態になる。そこはラインを上げることによって解決したな、と。

川本
これからの展望とか見えた?

林 
守備のコンセプトが固まっているので、そう簡単には試合に負けなくなるのかなと。守備の時に、全体が少し引いてコンパクトにして複数人で入ってきたボールを囲むというやり方が浸透したんだと思います。課題としては、カウンターの整備と、韓国のようにブロックを引いて守ってきた時にどうするのか、ということですね。そうすると、個の力というのが必要になってきます。

川本 
個の力とは具体的には?

林 
DFラインを高くしたことで、狭いスペースでの戦いになりますよね。ただ動いても相手は動かないじゃないですか? そうすると、どうやって相手を動かすのかということがでてくる。そこで、個人のドリブルとか、一瞬のターンとかで、状況に変化を与えるような個のプレーが必要になってくる。相手のCBとCHのあいだの狭いスペースにドリブルで入っていくとか。常にワンタッチプレーでいかないと状況を打開できません。

【攻撃の際の優先順位の一番は「サイドアタック」でいいのか?】

川本 
選択というのがあると思うんですよ。ゴールを目指すために、どういうところが優先順位で一番高いのか、という。

まずは、「裏」「真ん中」「サイド」。サイドは攻撃の際の3番目の選択だということ(p.101-105)をはっきりさせたかった。サイドを制するものが、試合を制するみたいな印象を与える言い方があったりして。

岡田 
それはおそらく杉山茂樹さんのことですよね? これはあえて名前を出して言うんですけど、杉山さんの戦術論はネタとしては面白いけど、僕が読んでも「あれっ」と思う部分があるわけで、まともにサッカーをやっている人からすれば「なんじゃこれ」となると思うんですよ。それを取り上げるサッカーメディアも、おもしろければなんでもいいのかなと。

彼なんかはフォーメーションやシステムで試合が決まるというけれど、実際は全然そうじゃないわけじゃないですか。試合の流れの中で状況は刻一刻と変わっていくわけで、そこを見て語らないといけないと思うんですよ。

川本 
まあ、僕が言っているのは杉山さんだけではないんですが。バルサの試合を見ていると、確かにサイドからの攻撃はされているんですよ。でも、よく見てると、裏を狙うために真ん中を崩してゴールを目指したいから、サイドから攻撃しているのがわかるんです。最初の選択肢がサイドじゃないんですよ。相手が真ん中をケアするので、必然的に真ん中に人がいっぱい集まっているから、サイドから攻撃してという。そうすると相手がサイドをケアしようとして真ん中が薄くなるとか。そのためのサイド攻撃であって、サイドは3番目の選択だよ、というのをはっきりさせたかったんですよね。

岡田 
その選択の順序をはっきり書いているのは、わかりやすくてよかったですね。まず、裏を狙うのが1番。次が中に入れてクサビなど。3番目がサイドアタック。中が空かないから、サイドに行くわけで、逆に言うと強いチームは簡単に中を空けないからサイドの攻防が多くなるということですよね。

川本 
W杯を見ていても、リーガやブンデスの試合を見ていても、「裏」「真ん中」「サイド」という原理原則をもってゴールを目指すチームは、強豪チームがそういう選択肢をしているんですよ。目的はあくまでゴールを奪うことで、サイドアタックはその選択肢の1つでしかなくて、それも優先順位としては3番目なんだよ、と。

岡田 
岡田前監督もそういう話をしてましたよね。「日本の選手はサイドから行け、というと、真ん中が空いていてもサイドからしか攻めなくなってしまう」と。

川本 
林くんはどう思う?

林 
いやー、日本人は特に、「こうやれ」と言ったら、そればかりをしてしまう傾向はありますね。だから、僕は常に、「状況を見ろ!」と言います。自分の置かれている立場に気づかないといけない。当然、サッカーはチームプレーが基本なので、チームの中に自分という存在があるんですけど、状況を理解できていれば、試合の流れで自分はどうやって関わっていけばいいのかといった、そうした判断は個人になるんですよね。その判断を意識してやっている、もしくは無意識にやれている選手もいるんですけど。そういうことができる選手がいいサッカー選手だと言えのだと思います。

岡田 
それはやっぱり、子どもの頃から育てていかないといけないんですかね。

林 
そうですね。子どもの頃から教わらないと、サッカーが上手い選手にはならないですね。たとえばボールを扱うのが上手い選手を育てるのは、簡単ではないですけど、育てやすい。ドリル的なトレーニングをさせればいい。ものすごくオーソドックスなものを言えば、リフティングが何回できるかとかですね。10回できるより、1000回できる方がいいという。

【監督の声は試合中、どこまで届くのか?】

岡田 
話を聞いていて村松(尚登)さんの『テクニックはあるが、サッカーが下手な日本人』(武田ランダムハウスジャパン)と近い部分があると思ったのだけど、共感する部分はありますか?

 
村松さんが言っていることは、難しい言葉を使って話しているだけで、言っている内容はすごくシンプルなことですよね。

岡田 
一つ訊きたいことがあって、日本の選手は「考えること」が得意ではないという前提があったとして、そういった時に、選手の考える力を伸ばす方法と、逆に考えなくても監督の力で勝ちにいく方法と両方のアプローチがあると思うんですけど……。

林 
たとえば、試合中に監督がフィールドにいる選手に指示を出したとしても、世界の舞台で、監督の声は試合中にほとんど聞こえないです。最終的にアクションを起こさないといけないのは、選手なんですよ。オランダでやったワールドユース(2005FIFA U-20世界選手権 オランダ大会)なんかでも、当時の監督の大熊さんでさえ選手に何か言おうとしても、全然、選手に聞こえないですもの(林は日本代表のコーディネイトと通訳をやっている)。すごい歓声で、選手を呼んでも、選手に聞こえないので、彼らは呼ばれていることさえわからないんです。「相手についていけ」ということを言っているんですが、全然、届かない。だから、選手が意図したように動けない。そうすると、選手同士のコーチングしかなくなるんですよ。

岡田 
下のレベルだったら、監督のコーチングでどうにかなる部分はあるけれど、上のレベルでの試合では、最終的には選手自身が考えるようにならない、ということですよね。まあ、大熊さんの声で届かないんだったら、日本人では誰の声も届きませんよね(笑)。

川本 
フィテッセのユースでコーチをしていて、オランダ人の監督は試合中に声を出してどんなコーチングをするの?

林 
質問形式ですよね。たとえば、具体的なことを指示します。「FWがボールをキープするにはどうすればいいんだ」と。試合中でも「スペースはどうやって作るんだ」という感じで。

岡田 
ここがポイントだよ、というのを知らせる感じですね。

川本 
じゃあ、「キープしろ!」とか「こうしろ!」とか「頑張れ!」いうのはないの?

 
ないですね。ジュニアユースでも「頑張れ!」とかはないですよ。この間、日本のA級ライセンスを取った時の講習会で、ある人が試合の講習の時に「頑張れ!」と言ったら、講師の方が、「何を頑張れなの?」と具体的に訊いていました。

【日本のライセンスとオランダのライセンス】

川本
日本のライセンスを受講して、オランダとは違うことがある?

林 
まあ、違いますね。オランダは受講者の自分たちはプレーしないんです。受講者が選手役をやらない。必ず、ユースなどのリーグ戦を見て、そのレポートを書くというやり方です。たとえばアヤックス対フェイエノールトのユースの試合を見て、それを分析して問題点を出したなら、その問題点が本当かどうか、どうやってその問題点を改善するのかを、実際にアヤックスの練習場に行って、試合に出ていた選手に受講者が考えたトレーニングをさせるんです。

戦術トレーニングの中身は、オランダと質は同じものでした。具体的にはシンクロとフリーのうまい作り方とか、配給とか。トレーニングの組み立てとかですね。日本も中身は世界基準を追求しています。

ただ、前段階というか、戦術トレーニングをやる前の実戦分析という段階では、ほぼゼロなんですよ。筆記テストの時に、試合の映像を10分くらい見せて、「そこから問題点を修正しなさい」というのがあって、それだけなんです。オランダの場合は、実際に何十試合も分析させられるんです。これはオランダの1級の場合ですね。さっきも話をしたように、自分が分析したことを元に、「それが本当に分析通りになるのか」を分析したチームに行ってトレーニングさせるんです。正しければ、その通りになるし、間違っていたら、何も起こらない。そこで、分析能力が問われるわけです。そこが日本にはない。すべてテーマが決まっていて、たとえば「カウンターの向上」というテーマがあります。ゲームの中では、カウンターをする場面がでてきて、「それを向上すれば」いいという考えなんです。

川本 
じゃあ、想定される中で、答えを導き出すというのが日本のやり方なんだね。

林 
オランダでは、「この選手はこういう特長がある」という細かいところまで見ます。リーグ戦を見て、レポートを書く。そして、アヤックスに行って、実際にトレーニングさせて修正する。その反復をさせます。

岡田 
分析して問題点を洗い出すというのが重要な作業なんですね。問題があったときにどう対処するか、というのを日本では教えてくれるけど、肝心の洗い出す部分がない。

林 
なんらかのテーマがあってトレーニングしたとしても、試合が見られていなければ、本来はトレーニングのしようもないんですけども。

岡田 
どこに問題があって、どこを修正すればいい、という根本がわかっていないと、どのトレーニングをするのかという選択を間違ってしまう場合もありますよね。

林 
日本は受講生を監督役とコーチ役の2人にして、残りの受講者がピッチでプレーをします。ちょうど同じ受講生に元日本代表の斉藤さんがいましたね。僕としては、指導実践を誰かに見られるという機会が少ないので、その点はよかったです。

(3)に続く

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