スペインでは内閣不信任案が可決され、政権は国民党からサンチェス書記長(左)率いる社会労働党へ。しかし、選挙を経ておらず政権基盤は弱い。写真はフェリペ国王への宣誓式( 写真:Fernando Alvarado/REUTERS)

南欧の政治危機によって再び金融市場に激震が走った。3月の総選挙後に政権発足が難航してきたイタリアでは、「五つ星運動」と「同盟」の反体制派2党による連立政権が発足。スペインでは汚職問題をきっかけに国民党政権が倒れ、中道左派の社会労働党が率いる非多数派政権が誕生した。

政局不透明感が比較的短期間で終息したことや、イタリアでユーロ離脱の是非を事実上の争点とする再選挙が回避されたこと、スペインの新政権が極端な政策を主張しているわけではないとの認識が広がったことで、金融市場は冷静さを取り戻しつつある。

だが、今回の危機再燃により、過去数年の間に立て続けに欧州を襲った債務危機や難民危機の余波、第二次大戦後の欧州政治を引っ張ってきた二大政党制の綻びと政治の地殻変動、各国で台頭するポピュリズムの脅威が、まだ消え去っていなかったことが改めて浮き彫りとなった。

債務危機後の束の間の回復を謳歌してきた欧州景気には、年明け以降、急ブレーキが掛かっている。好景気の影に隠れていた危機の火種は、そこかしこに広がる景気減速の兆し、金融政策の転換点が近づいているとの不安、新興国市場の動揺、貿易戦争への警戒などをきっかけに、再び噴出しやすくなっている。では、南欧発のリスク再燃にどのように備えたらよいのだろうか。リスクの所在を確認しておきたい。

イタリアで法定通貨によらない借用証書発行計画

イタリアの新政権がユーロ離脱に突き進む可能性はさすがに低い。政権を率いる2党は、過去にユーロ離脱の是非を問う国民投票の実施方針を掲げていたが、今回の選挙戦ではこうした主張を封印し、選挙公約からも除外した。

ユーロ離脱につながりかねないとして、セルジョ・マッタレッラ大統領が欧州懐疑派の経済学者パオロ・サボーナ氏の経済・財務相への任命を拒否した際、両党は選挙戦でユーロ離脱を主張した覚えはないと反発した。そのサボーナ氏に代わって経済・財務相に就いた経済学者ジョバンニ・トリア氏は、やはりEU(欧州連合)に懐疑的な主張が目立つものの、ユーロ離脱には消極的とみられている。

1999年のユーロ圏発足後のイタリア経済は長期停滞が続き、イタリアの政治家や国民の多くは、経済停滞と生活困窮の責任を単一通貨ユーロに押し付けてきた。イタリアは債務危機の震源となったギリシャと並んで、ユーロ導入国の中で最もユーロに対する信頼が低い国だ。それでも多くの国民は、ユーロ圏からの離脱を望んでいるわけではない。最近発表されたいくつかの世論調査でも、「残留に投票する」との回答割合は6割程度と、離脱希望者の2割前後という数字を大きく上回っている。

表向きはユーロ離脱の主張を封印している両党だが、関係者の一部から不気味な言動が散見されるのも事実だ。両党所属の欧州議会議員の多くは先週、ユーロ離脱が必要となった国が直面する経済的な打撃を緩和する財政支援の枠組みを整備すべき、との法案に賛成票を投じた。

同盟の経済アドバイザーは最近、政府の未払い債務の返済に借用証書を発行する計画を明かした。借用証書は法定通貨ではなく、政府債務に計上する必要はないと説明。こうした計画が現実となれば、事実上の並行通貨制につながり、ユーロ離脱への第一歩と受け止められかねない。銀行からユーロ建て預金を引き出す動きが広がるおそれがあり、脆弱な銀行システムとあいまって不安が増幅し、経済は大混乱に陥るリスクがある。

大統領が経済・財務相への任命を拒否したサボーナ氏は、同盟の強い働きかけにより、EU担当相として入閣を果たした。同氏は2015年に執筆した論考で、イタリアがユーロを離脱する「プランB」を主張した人物であり、政権内でどの程度の影響力を持つのかも気がかりだ。

拡張的な財政をめぐり秋にはEUと対立再燃

新政権が公約に掲げている貧困世帯への所得保障、減税、付加価値税率の引き上げ撤回、年金支給開始年齢の引き下げなどの政策を実現しようとすれば、財政赤字が大幅に拡大し、EUの財政規律に抵触する。来年度の予算審議が本格化する秋に向けて、財政運営をめぐるEUとの対立が表面化することは避けられない。新政権の要求が通らない場合、EUに対する批判がエスカレートすることや、交渉材料にしようとユーロ離脱の可能性や借用証書の発行計画を持ち出すおそれがある。

金融市場の混乱が広がれば、そのツケは政権に跳ね返ってくる。新政権はEUとの全面衝突を避け、いずれかの段階で現実路線に転換していくことが予想される。ただ、2015年に誕生したギリシャの急進左派連合政権がそうであったように、イタリアの新政権が政治経験の未熟さを露呈し、市場の緊迫が極限に近づくまで政策要求を貫き通す不安もある。両党の連立基盤は脆弱なうえ、政治経験のないジュゼッペ・コンテ首相の調整能力も未知数で、妥協の過程で政権が崩壊するリスクもある。そうなれば、市場が不安視する再選挙の足音が近づいてくる。

一方、スペインでは政権交代を実現した社会労働党のペドロ・サンチェス新首相が、他党と連立を組むことなく非多数派政権を率いる方針を明らかにしている。

社会労働党が提案した国民党政権に対する不信任案には、反緊縮を訴える新興左派政党のポデモス連合、カタルーニャの独立を主張する同州の地域政党に加えて、自治州への手厚い予算配分と引き換えに前政権の予算審議に協力してきたバスクの地域政党も賛同した。社会労働党の現有議席は定数350の下院でわずか84にとどまり、これはスペインの歴代政権で最も少ない。政権運営には不信任票に賛同した全政党の協力が不可欠な状況にあり、連立を組まないまでも、法案審議での協力の見返りに他党の要求をのまざるを得ない。

新政権はすでにバスクの地域政党に配慮して前政権が策定した予算を引き継ぐことを明らかにしている。だが、秋に控える来年度の予算審議では、自らの有権者を意識して教育やインフラ投資に手厚い予算配分をすることや、ポデモス連合や地域政党からも財政拡大を求める声が相次ぐことが予想される。イタリアほどではないにせよ、スペインの新政権も拡張的な財政運営に舵を切る可能性がある。

スペイン新政権はカタルーニャ州に譲歩も

カタルーニャ問題にどう対処するかも政権の命運を握る。サンチェス首相はこれまでカタルーニャの独立に明確に反対してきたが、国民党政権と異なり、対話の必要性を訴えてきた。折しも、サンチェス首相が就任したのと同日、カタルーニャでは昨年12月の州議会選後に空白が続いた新議会が召集された。先月に就任した独立賛成派のクィム・トラ新州首相は、同州の独立に向けた歩みを続けることを宣言し、住民投票の断行により国民党政権下で停止された州の自治権復活に向け、サンチェス首相に対話を呼び掛けた。同州議会を率いる独立派の2政党は、先の内閣不信任案で社会労働党に協力したカタルーニャの地域政党。議会運営での協力の見返りに、カタルーニャ州からさらなる譲歩を要求される懸念がある。

政権を追われた国民党は今も議会の最大勢力で、世論調査でリードする新興リベラル政党・シウダダノス(市民)も議会の解散・総選挙をにらんで社会労働党政権への協力を拒否することが予想される。両党と国民党に近い地域政党が反対・棄権に回った不信任案は、残りの全政党の議席をかき集めてようやく議会の過半数を上回った。社会労働党の政権運営は早晩行き詰まるとみられ、2020年の議会任期前の解散・総選挙の可能性が高い。

国民党と社会労働党の二大政党を柱としてきたスペインの政権運営は現在、ポデモス連合とシウダダノスの新興勢力を加えた4頭体制となっている。いずれの政党も単独での政権運営は困難な情勢で、選挙後の政権発足は難航が予想され、その後の政権運営も停滞しがちだ。ユーロ圏内でも最も高い成長が続いてきた近年、スペインの政治停滞が金融市場で不安視されることはなかったが、今後景気が減速局面に転じた際には、財政拡張や政策停滞がにわかにクローズアップされるおそれがある。