いきなり理由を聞いてはいけない…突然「会社を辞めたい」と相談してきた若手にデキる上司がかける質問
■早期離職は3割台で推移
ここ最近、「若手が入社してすぐに辞めてしまう」という話をよく耳にします。
しかしデータを見ると、実際は急増しているわけではないようです。大学を卒業して就職してから3年以内に退職する人(早期離職)の割合を、厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」という調査結果で見てみると、1987年に大学を卒業した人だと28.4%、1995年以降は30%台で推移しており、直近のデータでは2021年の大卒者が34.9%です。最も高かったのは2004年の36.6%なので、急増しているとは言いにくい状況です。
■期待値と現実のギャップで起きる「リアリティショック」
ただ、昔と今とでは、早期離職の理由は変わってきているようです。最近の若手が退職する理由は、大きく3つ考えられます。
1つ目は、「リアリティショック」です。入社する前に描いていたイメージと、現実が異なっていたことに対してショックを受けてしまうことを指します。希望していた配属先や勤務先、部署と、実際の配属先が違っていたということも含まれます。いきなり辞めるわけではなく、「少しやってみたけれど、やはり当初思い描いていたのとは違う」ということを受け入れられず、辞めてしまうケースが多いようです。
また、就職活動中は、アットホームで温かい会社だと思っていたけれど、入社してみると、確かに、そういった面はあるけれど、それ以上に同調圧力が強く、自分の意見を持つことすら許されない雰囲気だった、など、社風にギャップを感じたことが原因というケースもあります。
2つ目は、仕事内容に関するリアリティショックに該当しますが、やりたい仕事、好きな仕事をやらせてもらえないというものです。たとえば、人と接するのが好きなので、営業担当として入社したものの、実際は営業活動以外にも、提案書づくりや経費精算、会社の規模によっては商品の発注や在庫確認も自分がしなければならず、マルチタスクが求められる。そのことに嫌気がさして辞めてしまうというものです。
■やりたい仕事「だけ」ができるわけではない
最近は「好きなことを仕事にしよう」という風潮も強いですが、その「好きな仕事」に幻想を抱いてしまうことも、原因の一つになっていると感じます。「好きな仕事」の魅力的な面ばかりに目が行って、それに付随する地味なところや自分が魅力を感じない部分に、目が行かなくなってしまうのです。
例えば一見華やかに見えるYouTuberの仕事も、実際は動画に出ている時以外に、下準備やデータ分析などの大変な作業がたくさんあります。営業も、人と接するという営業活動以外にも、関連する準備や事務作業などの仕事は数多くあります。そのために、たとえ「好きな仕事」に就いたとしても、今まで見えていなかったこうした作業のために仕事への意欲や熱意が下がってしまい、離職してしまうのです。
■成長実感が持てない
3点目は、「この会社にいても、自分が成長しているかどうかがわからない」と、成長の実感が持てないことを理由に離職するケースです。
最近は「人生100年時代」といわれ、定年の年齢も上がっています。いつまで働かなくてはいけないのかわからず、先が見えにくくなり、不安を抱える人が増えています。また、「AIに仕事を取られる」「国際競争が激化する」などといわれており、特に若手は不安感を強くしています。さらに、SNSなどで同年代の人が活躍している姿を目にすることも多く、自分の現状と比べてあせりを感じたり、不安になったりしやすいのです。
そして、こうした不安を背景に、会社に対して「どれだけ自分を成長させてくれるのか」を求めてしまうのです。しかし、会社は一個人の成長のためだけに存在しているわけではありませんし、自分の成長というのはそう簡単に自分で実感できるものではありません。前述のようなあせりや不安、「成長機会や成長実感を与えてほしい」という会社への過度な期待とのギャップから、離職を考えてしまうわけです。
■「理想の職場」は存在するのか
ただ、こうした理由で今の会社を辞めたとしても、今後、理想の職場に出合えるかどうかはわかりません。
転職エージェントなどは、CMなどでさかんに「今よりも、もっとあなたにぴったりな会社を探しましょう」と、不安やあせりを抱える若者の転職を誘います。そして、こうした誘い文句にあおられて、「今働いている会社以外に、もっと自分に合った会社があるかもしれない」と、“青い鳥”を探して転職サイトに登録してしまうわけです。ある意味、周りに踊らされてしまっているところがあるといえます。しかし、同世代の友人たちは、なかなかそれを指摘したりしないでしょうし、上の世代の人が指摘したとしても、耳に入らないかもしれません。
■中間管理職の働き方がカギ
こうした若手は、ベテランから見ると「堪え性がない」「甘い」と映るかもしれません。しかし視点を変えると、非常に真面目で理想が高いともいえます。先のことを考えており、成長したいという気持ちも強い。伸びしろも大きいので、会社の将来を担う存在にもなりえます。簡単に手放すのは惜しい人材かもしれません。
今後も人手不足は深刻化していきますし、若手人材は貴重な存在です。会社としては、若手の不安を解消し、長く働きたいと思われるような職場を作らなくてはなりません。
最近は多くの会社が、若手社員の不満を解消しようと頑張っていて、昔に比べると残業も減って、働き方も“ホワイト”になってきています。ただ、「不満」は解消できているかもしれませんが、「不安」の解消にはもう一歩足りません。
必要なのは、若手が普段接することの多い、若手の「ちょっと上」の世代の社員や、中間管理職の働き方を見直すことです。
特に今の中間管理職は、管理業務や人材育成をしながら現場でプレイングマネジャーとして成果もあげなくてはならず、人手不足のしわ寄せを受けていることが多い大変な立場です。しかし、若手は中間管理職の姿を将来の自分と重ね合わせて見ることが多いので、この層が疲弊していると若手の不安がふくらみ、他に目が向いてしまいます。
■最初から“引き留めモード”にならない
ではもし若手の部下から「辞めたい」と言われたら、上司はどのように対応したらいいのでしょうか。
おそらく、部下がそういった相談をもちかけてきた場合、本人の心はかなり転職に傾いているでしょう。引き留めたいところではありますが、なかなか難しいかもしれません。それでも、上司は本人とじっくり話をしてほしいと思います。
つい最初から“引き留めモード”になって、本人が話す「辞めたい理由」の一つひとつを否定していきたくなるところですが、それは避けましょう。その代わりに、「そもそも、あなたが職場を選ぶときに大事だと思っていることは、どんなものがある?」「あなたが働きたい職場の条件は、どんなものがあるだろうか」などと促し、本人が「職場選びの条件」を整理する手伝いをしてあげてください。
職場に対して期待する条件は、「成長を促す研修がある」「副業ができる」「リモートワークができる」「仕事の自由度が高い」などたくさん挙がると思いますが、優先順位をしっかり考え、「ここだけは譲れない」という最低条件1つか2つを明確にするよう、アドバイスしてみてください。
■「ここだけは譲れない」条件は何か
そのうえで、もし今の会社を辞めたとしても、自分の理想にぴったり合う職場はなかなかないだろうということを伝えてほしいと思います。やりたい仕事ができても職場が遠かったり、リモート勤務が可能で働き方が柔軟でも人間関係が良くなかったり、やりがいのある仕事ができても給与などの待遇が良くなかったり……一長一短があることがほとんどです。
そして、100点満点の会社は存在しないのだということを前提に、もう一度「ここだけは譲れない」という1つか2つの条件について、一緒に考えてみてください。もしかしたら、今の職場で既に満たされている可能性もあります。また、一見満たされていないように思えても、見方を変えたり、何かの工夫(本人の工夫になる場合も、上司や会社側の工夫になる場合もあるでしょう)をすれば、満たすことができるかもしれません。
その場合は、抱えているほかの不安や不満を丁寧に聞き出しながら、「今、無理に辞めなくてもいいのではないか」「今の職場で、おもしろさを見つけ、成長できるやり方を考えてみてはどうか」と、説得してみてもいいと思います。
■雰囲気に踊らされていないか、“青い鳥”を求めていないか
最近の若手社員は、転職を考えている様子をまったく見せることなく、突然退職の意向を伝えてくることが多いようです。辞めそうだなという予兆がまったく捉えられないので、離職を防ぐのも非常に難しいようです。
最近話題になっている退職代行を利用するケースもよく耳にします。メディアでは、「ブラック企業なので辞めたいけど、なかなか辞めさせてもらえないから退職代行を利用する」などのケースが取り上げられていますが、実際は、退職を言い出す勇気がないから利用するというケースが多いように感じます。
転職は悪いことではありませんし、若手は「若い」というだけで市場価値も高い。しかも、今は売り手市場なので、少しでも今の職場で不満や不安があると、「ほかにもっといいところがあるのでは」と“青い鳥”を追い求めたくなる気持ちもわかります。ただ、そういった雰囲気に踊らされてはいないか、世の中に存在しないような100点満点の“青い鳥”を求めてさまようようなことにならないか、ちょっと立ち止まって考えてみた方がいいのではないか。そんなアドバイスを上司からしてあげてほしいと思います。
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井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医
産業医・精神科医・健診医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、精神科医としては外来でうつ病をはじめとする精神疾患の治療にあたっている。ブログやTwitterでも積極的に情報発信している。「プレジデントオンライン」で連載中。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)