プレミア12に向けて侍ジャパンが10月末から行なった宮崎合宿中、ブルペンで投球練習を横から見ていて最も角度のある球を投げていたのが才木浩人(阪神)だった。189センチの長身からボールが投じられると、キャッチャーミットから「ズバーン」という轟音が鳴り響く。

 SOKKENスタジアムのバックネット裏から投球フォームを見ていて、打者方向に最も迫ってくる感覚を覚えたのも才木だった。

 強い球を投げるために、どんなことを意識しているのだろうか。

「体の連動はすごく意識します。感覚の話になりますけど、リリースの時にちゃんと体幹周りを使えて、リリースまで力が伝わっているかどうかは自分のなかで感じながら投げています」


今季13勝をマークし、侍ジャパンに初招集された才木浩人 photo by Sankei Visual

【パフォーマンスにまだ不満がある】

 2016年ドラフト3位で神戸市立須磨翔風高校からプロ入りして8年目の今季、才木は大輪の花を咲かせた。25試合に先発してリーグ2位タイの13勝(3敗)、同3位の防御率1.83、同3位の137奪三振。最速157キロの速球と落差のあるフォークを武器に、リーグトップクラスの成績を残した。

「でも、ふたりとも合致しているんですけど、パフォーマンスにかなりまだ不満があるんです。『結果だけ先に出すぎているよな』という話になって......」

 そう明かすのが、2022年8月から才木を見ている中野崇トレーナーだ。SNSを通じて才木から初めて連絡をもらったのは、トミー・ジョン手術(側副靱帯再建術)から復帰する少し前だった。中野トレーナーが続ける。

「かなり前からインスタをフォローしてくれていました。(2020年12月に)トミー・ジョンで育成契約になる前から、おそらくマークしてくれていたんだと思います。初めて連絡が来た時は、『同じケガをもう二度としたくない』と言っていました」

 中野トレーナーは大阪を拠点に、身体操作を磨く『JARTA』を主宰している。自身はもともと投手で、中学生の頃からヒジの痛みに悩まされた。それでも大学まで野球を続けられたのは、インナーマッスルの本に出会ったことが大きかった。

 理学療法士の資格を取得して身体操作指導をメインで行なうようになり、イタリアのセリエAのクラブとも通じるなどサッカー界で特に名を馳せている。才木はその存在を知り、トミー・ジョン手術から本格復帰を目指す2022年シーズン中にコンタクトをとった。

「本人が最初に言ってきたのが、『下半身の力が腕までつながらない』『お腹らへんに何もないです』『上半身だけで投げている感じがして、それを何とかしたい』と」

 中野トレーナーが見ると、明らかに腹圧が弱かった。そのためにまず伝授したのが呼吸法だ。

「最初に来た時、体幹がペラペラだったんです。今は大きくなってきたけど、まだまだ。外側の筋肉量が足りてないというより、体幹を膨らませていない。山本由伸投手(ドジャース)は寸胴(ずんどう)じゃないですか。あの感じを目指したいところです。腹圧を使えないと寸胴にならないですからね」

【トレーナーが語る脱力の重要性】

 故障予防とパフォーマンスアップは、一直線上にある。そう考える中野トレーナーは、アスリートに「脱力」の重要性を伝えている。

 ピッチングでもよく「力を抜け」と言われるが、なぜ大事になるのか。中野トレーナーは3つのポイントを挙げる。

「力を抜いた状態から、力を入れるから大きなパワーになるというか、ボールに伝えられる。要は力を入れた状態から力を出してもギャップが少ないので、力感ほど大きな力になっていないのがまずひとつです。大枠として」

 2つ目は、上記のメカニズムに関わるものだ。

「伸張反射です。ピッチャーの高速の腕振りは、ほとんど筋肉の反射でされています。力んでいると、それが出ません」

 伸長反射は脊髄反射のひとつで、筋肉が受動的に引き伸ばされると、その筋肉が収縮する現象のことだ。

 3つ目は、マウンドの傾斜から投げることに関係する。

「力んでいると、重力が使いにくくなります。いいピッチャーって、並進運動の時に"落ちている感覚"をすごく大事にするんですね。それが力んでいると得られないので、勢いがつかない」

 要は、大きな力をどう生み出すかということだ。極論すれば、「コモドドラゴン」などで知られるJARTAのトレーニングは、「脱力スキル」を高めるために行なわれる(※脱力スキルの詳細を知りたい人は、中野トレーナーの著書『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』を参照)。

「力を伝えないといけないのに力を抜くという、矛盾することをやります。力を抜いた結果、力が出る。そこが真髄と言うか。格闘技の世界では、『力を盲信しているヤツのやってくることは単純だ』とよく言われます。だから、崩しやすい。ピッチャーに置き換えると、どういう球が来るのかわかりやすい。力んで投げると、バッターはタイミングを予測しやすいという問題が出ます。投手と打者は"崩し合い"ですからね」

 投手が力を抜く重要性は、自分自身、そして対バッターにも関わるのだ。

 中野トレーナーによると、脱力がうまい人には共通点がある。それは「もも裏、みぞおち、脇」をうまく使っていることだ。才木はみぞおちに加え、股関節に課題があるという。

「股関節は硬いところと柔らかいところが混在していて、アンバランスな感じでした。ベースの柔軟性は大幅に改善してきましたが、まだまだ。『数年かけて上げていこう』という話をしているくらい、あのデカい体をまだ使いこなせていません。みぞおちも腹圧と関係しているので、それも影響しています。内の脇はけっこううまく使えるようになって、上半身のなかで力を伝えられるようになっているけど、股関節とみぞおちに関してはまだ波が大きいです」

 以上が、冒頭の「結果だけ先に出すぎている」という解釈につながるわけだ。中野トレーナーによると、才木は今季「自分のストレートにずっと文句を言っていた」という。

 それでも球界屈指の強い球を投げて、最高峰の成績を残したところに高いポテンシャルを見てとれる。

【目標は球界ナンバーワン投手】

 一方、出力の高さがトミー・ジョン手術という結果につながった。長身や長い手足を上半身中心にうまく扱って投げているが、右ヒジへの負荷がそれほどかかっているのだ。

 才木は自分の武器、それを扱う難しさを同時に感じている。

「たぶん僕、手足が長いなかではけっこう器用なほうなので、ある程度コントロールできていると思います。でも扱いづらさというか、投げているなかで動きの効率の悪さみたいなものは感じたりしますね」

 たとえるなら、短い竿より長い竿のほうが扱いにくい。慣性モーメントが大きくなるからだ。投手はリリースポイントを1cm単位で合わせるなか、そのズレを体幹の中心部で直すには極めて細かい調整が必要になる。おそらくミリ単位の話だ。

 これが才木の言う長い手足の「扱いづらさ」である。

 だからこそ、才木は身体操作を向上させる必要性にたどりついたのだろう。脱力スキルを身につければ、故障予防とパフォーマンスアップにつながる。『JARTA』の門をたたいたのは、才木のアンテナの鋭さだ。中野トレーナーが代弁する。

「体格に恵まれた人って、やっぱり力とかフィジカルに頼ろうとすると思います。そこで真逆に行ったというか。彼のコメントによると、『ケガの経験が大きかった』と。そう向かって行けるのも彼の才能のひとつだと思います」

 宮崎合宿中、才木のスケールを感じるシーンがあった。囲み取材でテレビ局から「3〜10年後の目標」を聞かれると、堂々と語ったのだ。

「もちろん僕は『球界で一番の投手は誰だ?』って言われたら、『才木じゃね?』みたいに言ってもらえるレベルの投手になるのが目標なので。本当に3年後、5年後にはそれぐらいのレベルになれるように頑張りたいと思います」

 着実にその道を進むなか、3年後、球界ナンバーワン投手を目指して地道にトレーニングを重ねている。今はまだ発展途上だが、途中経過を示したのが今季の成績とパフォーマンスだ。

 初めて侍ジャパンに選ばれたプレミア12で、世界の強豪相手にどんな投球を見せるのか。国際大会で知れる現在地を、楽しみにしたい。