目黒 蓮

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 23日に最終回を迎えたフジ月9ドラマ「海のはじまり」。ライターの冨士海ネコ氏は、「海のはじまり」と平成の名作ドラマには「ある共通点」があると指摘する。

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 鳴り物入りで始まった月9「海のはじまり」は、男性にとってはファンタジーであり、女性にとってはホラーだったのではないだろうか。昭和生まれの男性作家が女性を描くと、「昔の女」か「夢の女」ばかり、と聞いたことがあるが、新進気鋭の脚本家・生方美久さんはその両方を主人公・月岡 夏(目黒 蓮)に与えた。死んだ元カノ・南雲水季(古川琴音)と美人で物分かりのいい今カノ(※「物分かりのいい人間を演じずに」という水季の手紙を読んだのに最終的には物分かりのいいポジションに身を置いたように見えてしまう)・百瀬弥生(有村架純)。さらには元カノがこっそり生んでいた自分の娘・海(泉谷星奈)という「第三の女」を加え、「俺のことを大好きな女たち」トライアングル状態に。真ん中にいる男性にとっては悩みつつも気持ちいいだろうが、女性からしたらイライラすることこの上ないだろう。

目黒 蓮

 しかし、最もイライラしていたのは視聴者なのかもしれない。印象的なセリフ運びや映像の美しさは多くのファンを生む一方で、最初から最後まで夏を振り回し続けた水季の振る舞いは賛否両論を呼んだ。死んだ女には勝てない、というのは鉄則だが、夏に黙って子どもを産んでいたことや、明確な非はないのに別れを選ばざるを得なかった弥生の心情を思うと、「ヤバい女」という印象を持った視聴者も多かったとみえる。放送のたびに水季の言動やその影響についてSNSは盛り上がり、「水季のせい」がトレンド入り。ただただ悶々としている夏に対しても喝を入れたくなるというコメントも見受けられた。

 結果、全12回を通しての平均視聴率は世帯9.5%、個人5.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今年度の月9「君が心をくれたから」「366日」のどちらも上回った。2023年までは月9の恋愛離れが進み、「ラジエーションハウスII〜放射線科の診断レポート〜」「風間公親-教場0-」など専門職系お仕事ドラマで気を吐いていただけに、月9の原点回帰年となった2024年のなかでは、広義のラブストーリーとはいえ、唯一の成功例といってもいいのではないだろうか。

 振り返れば「君が心をくれたから」「366日」はいずれも健気なヒロイン。度重なる悲劇にもめげず、相手のためにわが身を投げ出すような献身性が特徴で、「ヤバい女」感はほとんどない。けれどもその姿は「月9にしては暗い」「展開が重い」という感想にもつながってしまった。一方で「海のはじまり」における水季のヤバさには、死者なのに生者を上回るエネルギーを感じる。だからこそ多くの視聴者が文句言いたさに引きつけられた。そして、その点においてかつての月9黄金期を築いた王道ヒロインに通じるところがあると思うのである。

東京ラブストーリー」も「ロンバケ」も「ラブジェネ」も……「イライラさせるヤバいヒロイン」こそ月9の王道

 歴代の月9作品の世帯視聴率トップ3は、「HERO」「ラブジェネレーション」「ロングバケーション」だという。まさに月9黄金期であり、この3作すべてに木村拓哉さんと松たか子さんが出演。特に木村さんが演じるキャラクターの職業や服装は、一大ブームを巻き起こすほどだった。

 月9の黄金期にキムタクあり。それは誰もが認めるところのはず。けれども私は、「視聴者をイライラさせるヤバいヒロイン」というのも実は大事な要素ではないかと思っている。

 例えば「ラブジェネ」。松たか子さん演じる理子は、上司にロン毛を注意された木村さん演じる広告マン・哲平の髪を「わたしが代わりに切ってあげたよ」と断りもなしに切るという暴挙に初回から出る。余計なおせっかいを超えて今だったら大問題である。「ロンバケ」では山口智子さん演じる南が、木村さん演じる瀬名と恋敵のお嬢様(演じたのは松さん)にホテルの券を渡すセクハラをかます。いずれも「サバサバしてマイペース、だけど本命の前では乙女な一面も」な女性像が受けたが、令和の感覚に照らし合わせるとどちらも「ヤバい」ヒロインに映るのではないだろうか。

 もっとさかのぼれば恋愛ドラマの金字塔「東京ラブストーリー」も「ヤバい女」だらけだ。ヒロイン・リカと交際中のカンチのもとをおでんを持って訪れるさとみのヤバさは当時も話題となり、演じた有森也実さんは石を投げられたという。でも鈴木保奈美さん演じるリカだって、さとみとカンチを応援すると言いながらカンチに抱きついたり、「かまってちゃん」ぶりがすごい。美男美女だらけの俳優陣というのはもちろん、「どっちのヒロイン派?」と話し合いたくなるような強烈な「ヤバいヒロイン」造形が、日本ドラマ史に残る視聴率と影響を残したといえるように思うのである。個人的には、昔の夢の女の影がチラついて今カノを大事にできないカンチが進化した姿が、夏くんになったのかなと感じた。

がん検診啓発よりも「ハマってはいけない男女のタイプ」が分かった月9

「silent」「いちばん好きな花」でもそうだったが、生方脚本に分かりやすい悪役は登場しない。それはおそらくフレーム外にいて、繊細な感受性を持て余す登場人物たちは絶えず傷つき苦しんでいる。「海のはじまり」でも夏に理不尽な言葉を投げつける人物はいるが、最後は大団円だ。そこにはラブストーリーにはつきものの、「選ばれなかった誰か」という分かりやすい敗者は存在しない。

 おそらくそうした描き方もまた、視聴者を「イライラさせる」のかもしれない。周囲を振り回したり傷つけたりする人物が、なんのおとがめもなしに「勝ち逃げ」している、反省がない、というように。人間には多様な面があり、誰しも暗い部分や欠けた部分があるのは理解している。他者に寛容であらねばというのも分かる。でも他人の生活まで浸食する影や破れはどうにかしてほしい。そう思ってしまうのもまた、人間として当然の心の動きだが、生方さんはそこには焦点を当て過ぎない。それが彼女の脚本の魅力であり新しさであり、「モヤモヤする」「イライラする」というキャラ批判にもつながっているのだろう。

 なお脚本家の生方さんが今作で伝えたかったことは、「がん検診に行ってほしいということ」「避妊具の避妊率は100%ではないということ」だそう。ただそれよりも、こういうタイプにハマったら苦労する、という男女の類型のほうが伝わったのではないかと思ってしまう。死してなお、生者を振り回すような「かまってちゃん」な女性。自分の不始末を省みず、あたふたとうろたえて現在の恋人を結果的に蔑ろにする男性。

 ドラマ史に残るラブストーリーを見せるのが月9というなら、また、こういう恋愛はしたくない、というラブストーリーを提示するのも月9にしかできないことだったのかもしれない。「海のはじまり」は「イライラヒロイン」という王道ヒロインを見せたことで、月9復活の「はじまり」を作ったのではないだろうか。

冨士海ネコ(ライター)

デイリー新潮編集部